麺
今日は俺も家で一日仕事ができそうだったので、昼は家族でホットプレートを使って焼きそばを作ることになっていた。
焼きそばはお父さんの好きな食べ物、と娘も認識しているようで、昨日のうちから妻と娘は材料を買い出しに行って準備していてくれた。
我が家はリビングとキッチンの境目が無い、いわゆる〝アイランドキッチン〟であるため、ホットプレートもリビングの真ん中にある机の上に展開しないといけない。
豚肉を炒め、大量のもやしとキャベツを投下し、塩コショウと少しの焼肉のタレで味付けし、リビング中に良い香りが漂い始めた。
ブロックで遊んでいた娘も、美味そうな匂いをかいで本能的に上機嫌になったのか、いつもより口数が多くなっている。
プレートの中を覗くと、もう充分美味そうな野菜炒めがグツグツいっている。野菜の汁気が飛ぶまで少し娘と遊んであげようか、そう思った時だった。
「麺がない」
と妻が言った。昨日買った麺が冷蔵庫から消えたと言うのだ。落ち着け落ち着けと、俺も冷蔵庫の中を隅から隅まで探したが、確かに無い。買い忘れの多い妻なので…とも思ったが、レシートにも間違いなく印字してある。
「どうしてないのー?」と、悪気はないものの、しつこく何度も聞く娘。焼かれるのが嫌で逃げ出したんじゃないかな?と余裕を見せた返答をする俺。
しかし夫に美味い焼きそばを食べさせたかった妻は、必死の麺捜索中ということもあって、そんな我々に少しイラついているようだった。
たった一袋の麺が、終日の楽しい昼食を「気まずい空気漂う野菜炒めパーティー会場」に変えてしまった。最終的に娘は即席のおにぎりを食べ、妻と俺は、ホットプレートに盛られた大量の野菜炒めを箸でつつくことになった。
近所を散歩していて、時々、なんでこんなところに糸こんにゃくが落ちてるんだ?という状況に出くわしたことが誰しもあるだろう。糸こんにゃくじゃなくても、納豆の一パックとか、カット野菜一袋とか。
自分はそういう〝はぐれ食品〟を見かけるたび、ピクサーのアニメのように、なんらかの理由で仲間の食品たちとはぐれて自転車のカゴの中から落下してしまった主人公を想像していた。
多分今頃、妻が昨日買った焼きそばの麺は、スーパーと我が家を結ぶ道のどこかで道行く人たちに「なんで?」と思わせているだろう。
夫婦でそんなことを想像しながら食べた野菜炒めは、なんだかんだでそれなりに美味かった。