都会のオーロラ 【#2000字のドラマ】
「それって所詮、遊びだろ?」
ケイタの言うことは正しい。
私の気持ちに寄り添っているかどうかは別として、事象だけを見たら、誰でもそう言うと思う。
好きになったのも、その好きな人に彼女がいたのも、彼女と結婚することになったのも、誰にもどうにもならないこと。
所詮。そう、所詮、なのだ。
「アヤノは遊ばれてただけだろ?」
「まあ、そうだね」
「だったらもう忘れろよ」
地上37階、ガラス張りのレストラン、濃紺の空に散らばるビルの明かり。
こんなラグジュアリーな夜なのに、私の隣にいるのは、高校からの腐れ縁のケイタ。
ワタルは今頃、入籍したばかりの彼女と飛行機の中。
新婚旅行の行き先はイエローナイフだと聞いていた。
繁忙期でチケット代が馬鹿にならないらしく、最後に会った日に一人でぼやいていたっけ。
「イエローナイフって知ってる?」
ルビー色のワインがケイタの口元に傾くのを眺めて言うと、ケイタはごくんと一口飲み込んだ後、不思議そうに私を見た。
「...黄色いナイフ?」
「言うと思った」
ワタルがその地名を口にしたとき、私も聞き覚えがある程度で、話が弾むほどの知識はなかった。
調べたら、カナダ北西部にある州都の名前だった。
オーロラが見られることで有名らしい。
「彼がね、新婚旅行で今向かってるの」
「へえ」
本当に好きな人と見るオーロラはきっと、今私が見ているたくさんのビルの明かりよりも、もっと貴重で、もっと綺麗なんだろうな。
「なんでこんな所に来ちゃったんだろ」
「高い所がいいって言ったの、おまえじゃん」
ガラス張りの高層ビルからなら、見えるかもしれないと思った。
ワタルと彼女が乗っている飛行機が。
最後に見た顔をもう忘れてしまったから、どんな顔だったか、飛行機に重ねて思い出してみたかった。
あたたかい涙が頬を走る。
ケイタの視線を感じて、慌てて指で拭った。
「無理すんなよ。泣けばいいじゃん」
「もういい歳した大人だよ?」
大人の恋愛をしているつもりだった。
そう思っていたのは、まだ子供だったからだろう。
作った笑顔も、脆い感情も、ワインと一緒に飲み下してしまいたい。
37階から見下ろすビルの明かりは、私には、充分綺麗だし。
「失恋して泣くのに、大人も子供もなくない?」
「でもさ...」
「大人が傷ついて何が悪いの?」
ぽん、と掌を私の頭に乗せてケイタは言う。
「アヤノは頑張ったよ」
眼下に広がる都会のオーロラが、苦い涙に滲む。
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