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セーラの叔父さま 41話

叔父さまがいない・・・

部屋の中はガラクタばかりだった。
かつて叔父さまと一緒に一番最初に見た物置部屋だった。
叔父さまのベッドがない。
叔父さまの愛用していたマグカップがない。
叔父さまの大好きだったお菓子の入っていた箱もない。
それらがあった形跡すら一切ない。

「そんなバカな・・・」
セーラは呆然と立ちすくんでいた。
いつの間にか後ろにベッキーの姿があった。

「セーラお嬢様?何をなさっているのですか?」
最近、ベッキーの言葉遣いも当初の田舎言葉丸出しではなくなっている。
セーラは振り返ってベッキーに尋ねる。
「ここにいたフランソワーズは?」
ベッキーは訳が分からずにキョトンとしている。
「ふ・・・ふらんそわーず?どなたのことですか?」
「私の専属メイドだったフランソワーズよ。フランス語の先生をしていたフランソワーズ先生よ。お願いベッキー、隠さずに教えて!」
必死で訴えかけるセーラに驚くが、ベッキーには何を言っているのか分からない。
「お嬢様・・・」

ベッキーの様子を見てベッキーが嘘をついていないことを悟るセーラ。
無理に笑顔を作りベッキーににっこりと微笑みかける。
「いいえ何でもないわベッキー。明日、お隣に来てね。待ってるから」
「は・・・はい。本当に私がお嬢様の専属メイドになってよろしいんでしょうか?」
「もちろん。お願いね」
「はい。ありがとうございます」
ベッキーは本当に嬉しそうだ。

セーラは叔父さまがいないことに愕然としながらも、それをベッキーに悟られたくない。
「私、ミンチン先生に会いたくないから、屋根裏部屋の窓からお隣へ戻るわ。ベッキー明日楽しみにしているわね」
そう言うとセーラは何事もなかったように去って行った。

ベッキーは呟く。
「お嬢様は何をなさっていたんだろう?フランソワーズさんって誰だろう?」

それから数日セーラはずっと叔父さまのことを考え続けていた。
叔父さまがフランスに帰って行ったとしても誰も叔父さま(フランソワーズ)の存在を知らないってどういうことなのかしら?・・・わからない。・・・わからないわ。

セーラはカリスフォード氏の前では幸せそうな顔をして楽しそうにしていた。
でも・・・心の中では常に叔父さまのことを考えていた。
カリスフォード氏はセーラが時折見せる悲しそうな表情が気になって仕方がなかった。
父親のクルー大尉のことを思い出しているのだろうか?
心の中ではクルー大尉を死に追いやった私に対してやはり許せないと思っているのだろうか?
それを私に悟られたくないがために無理して明るくふるまっているのだろうか?
セーラもまた、時折見せるカリスフォード氏の悲しそうな顔が気になっていた。

カリスフォード氏はセーラが喜ぶことは何でもしてあげようと思っていた。
セーラの部屋に美しい花をいっぱい飾ったり、枕の下にちょっとしたプレゼントを忍ばせてみたり、見事なロシアン・ボアハウンドをプレゼントしたり、思いつく限りのことをしていた。
しかし、ある日とうとうカリスフォード氏はセーラに尋ねてみた。
「セーラ、何か心配事があるんじゃないのかね?私に出来ることなら何でもしてあげるから言ってみてくれないだろうか?」

セーラは少し考えていたが、思い切って叔父さまのことを話すことにした。
自分の母親の弟である叔父さま。ロンドンでの生活が辛いだろうとフランスから一緒に来てくれたこと。寒さや飢えや過酷な労働から助けてくれていたこと。・・・それが、何故か突然いなくなり、彼を知っていたはずの人たちがみんなその存在を知らないと言っていることなどを包み隠さず話した。
ただ・・・セーラは自分の中の人が本当は日本人なんだということだけはカリスフォード氏の理解の範疇を超えていると思って話さなかった。

長い長いセーラの話をじっくり聞いていたカリスフォード氏はしばらく何か考え込んでいた。
そして、おもむろにセーラに向かって重い口を開いた。
「セーラ・・・私は思うのだが・・・たぶん賢い君のことだ、本当はもう答えは出ているんだと思うのだがどうしてもそれを認めたくない自分がいるのではないのかね?」
セーラは黙ってカリスフォード氏の顔を見つめていた。

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