セーラの叔父さま 43話(最終回)
All’s right with the world!
フランスのとある田舎。
季節は春。広大なブドウ畑が広がっている。
空高くヒバリが舞い上がり鳴いている。
木の枝にはカタツムリがゆっくりと這っている。
瀟洒な邸宅・・・。
その庭にハンモックが揺れている。
ハンモックに誰かが乗っているようだ。
長い足が見える。金髪が輝いている。
どうやら男性のようだ。
「セバスチャン~!喉が渇いた~!何かない~!?干からびそうだよ~!」
少し甘えた様子で何か叫んでいる。
家から誰かが出てくる。坊主頭の大男のようだ。服装からして執事のようだ。彼の持つトレーの上にはどうやら何か飲み物がのっているようだ。
ハンモックから男性が起き上がる。
「ああ!ありがとうセバスチャン!!これで生き返ったよ」
ワインらしき飲み物をごくごくとうまそうに飲み干す。
「旦那様、春とはいえ、まだ肌寒うございます。お昼寝なら家の中でなさってください・・・って、まだ朝ですが」
「まあ、そう堅いこと言わないでくれよ。家の中でゴロゴロするのも飽きたし・・・何か面白いことがないかなあ・・・って思ってさ・・・。
ロンドンは面白かったなあ・・・セーラは楽しくやってるだろうか?」
「そんなにご心配でしたらセーラお嬢様のところに行かれたらどうですか」
「だって・・・僕はあそこでは<存在しなかった人間>ってことになってるからなあ・・・」
「では、『実は存在しているのです』って言えばいいじゃないですか」
「君も意地悪だなあ・・・だって、僕はセーラの叔父さまでもなんでもないからね。カリスフォード氏が現れたら姿を消すしかなかったんだから・・・仕方ないよ」
男性はどうやらかつてセーラに叔父さまと呼ばれていてセーラの専属メイドのフランソワーズと名乗っていた彼らしい。
「そう言えば旦那様、そもそも何故セーラお嬢様の叔父さまってことになってたんですか?」
「ああ、そのこと説明してなかったっけ?
話せば長くなるんだけどね、ほら、僕がインドで象から落ちて足を骨折したときがあっただろ」
「そう言えば、そんなことございましたね」
「その時、病院でセーラの父親であるクルー大尉と知り合って気があってさ、毎日退屈だっかからふたりでいろいろおしゃべりしてたんだよ。彼はその頃いろいろと悩み事があるようで僕と話をするのが気晴らしになって嬉しそうだったのさ。
・・・で、その頃彼の娘・・・つまりセーラから手紙が届いてね、母親の親戚がいたら長期休暇に遊びに行きたいっていうような事を書いてたから、僕がその親戚の叔父さまって事で長期休暇の間面倒を見てあげるってクルー大尉に約束をしたんだよ」
「ほほう、なるほど、そうでしたか」
「クルー大尉はその頃身体も弱っていたし『娘のことを宜しく頼む』ってすがるような目でお願いされたんだよ。もうあの時は近いうちに自分が死んでしまうかもしれないって思ってたのかもしれないね」
二杯目のワインをゆっくり飲みながらインドでの出来事に思いをはせている旦那様。
「僕は彼女を引き取ってもいいと思ってたんだけど、どうしてもロンドンに戻るって言うから仕方なく彼女に付いていったんだよ。クルー大尉との約束もあるしね」
「仕方なく?ご冗談を!面白いことになりそうだってるんるん気分でロンドンに行ったんじゃないですか」
「え?そ・・・そうだっけ?」
すっとぼける旦那様。
セバスチャンが真剣な顔をして尋ねる。
「旦那様、セーラお嬢様の件に対していくつか疑問な点が御座いますが、それに関して伺っても宜しいでしょうか?」
「ん~~~ん・・・そうだねえ、教えてあげてもいいけれど、世の中知らないことがある方が面白いと思わないかい?お話には<余白>っていうものがあるわけだし・・・」
「でも旦那様、私がロンドン中の不動産屋の情報を手に入れてある男性を某学校の隣に引っ越すことを画策したり、某パン屋の前に4ペンス銀貨を何枚も落としてみたり、何だか訳の分からないことをいろいろとさせられたのだから私には知る権利が御座います」
真顔で訴えるセバスチャンの顔を見て笑い出す旦那様。
「ははははは・・・やっぱりセバスチャンにはかなわないなあ。
そうだなあ・・・
The year’s at the spring,
And day’s at the morn;
Morning’s at seven;
The hill-side’s dew-pearl’d;
The lark’s on the wing;
The snail’s on the thorn;
God’s in His heaven–
All’s right with the world!
まあ、こういうことだよ、きっと」
「え、わかりませんよ、旦那様!はぐらかさないでくださいませ」
旦那様は空のワイングラスをセバスチャンの持つトレーの上に戻してこう言った。
「さて、朝食でも食べに行こうかな、行くよ、セバスチャン」
<補足>
英語の詩は
ロバート・ブラウニングの「春の朝(あした)」という詩です。
上田敏が和訳したものがこれ↓です。
時は春、
日は朝(あした)、
朝は七時(ななとき)、
片岡に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。
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