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月の缶詰 スピンオフ5

美しく晴れた夜


「そろそろかなあ。」

だいぶ細くなった月を見上げて呟く。
月とひと月を過ごしてから5年が経った。
あまりにあっという間の出来事だったことと5年間も普通の生活を送ったことで、あのひと月が夢だったのか現実だったのかは曖昧になりつつある。
この5年で変化したことは大してないけれど、あの頃よりは大人になったし、仕事もほんの少しできるようになったと思う。
今の生活に不満はないけれど、ふとした瞬間、ドレッサーの上に目をやってしまうこと自分を自覚している。
またねと言えなかったあの日の代わりに、おかえりと言わせてほしい。
彼がいなくなって泣き尽くした後、またねを言わせてくれなかったのは月も寂しいと思ってくれたからだと気がついた。
優しすぎて、私を泣かせるのを最後まで嫌がったことにも。
どうせ、帰ってきてもこなくても泣くよ。
だからせめて早く帰ってきて。


5年。
長かったような気もするし、案外短かったような気もする。
これまで見上げてきた月には懐かしさと寂しさがあった。
彼の声すら聞こえるような気もした。
けれど、約束までの最後の三日月には恐れが入り交じる。
彼は本当に帰ってきてくれるだろうか。
これまで何度も頭をよぎった不安は今も燻ったまま。

「もうすぐ、帰ってくるよね?」

空を見上げて、胸元のペンダントを握り締めながらそれでも絶対に聞こえないように零した音は、吐息とともに掻き消えた。



おしまいの三日月


もうすぐ終わりが来る。
先日、月になって5回目の下弦を過ぎた。
次の朔の夜、月は役目を終え、次代の月にすべてを引き継いで好きなところへ行けるようになる。
歴代の月のほとんどは宙に残り、漂いながらその身が砕けるその日まで残りの長い永い時間を過ごしてきた。
けれど、月には帰りたい場所がある。

「思ったより長かったなあ。」

地上を見下ろしてぽろりと溢れた言葉は本心だった。
永い時を存在し続ける月にとっては5年などあっという間だと思っていたけれど、実際は美晴と過ごしたあの1ヶ月の方がずっと濃く長い時間だったように思える。
空からでも美晴の様子は伺えたけれど、直接声を聞くことも、不安にさせているときに声をかけることも叶わなかった。
これまではそれがもどかしくてたまらなかったけれど、それももう終わりだ。


今日も周囲には見慣れた景色が広がる。
星に囲まれたこの景色が月のお気に入りだった。
月として過ごす日々に未練はないけれど。

「これだけは惜しいなあ。持って行けたらいいのに。美晴に見せたら喜びそうやけん。」

しょうがない。
美晴に会ったら聞かせてあげよう。
月になって見た景色が綺麗だったことを。
誰と会い、何を見てきたかを。
でもまずは、あのとき言えなかったさよならの代わりに、ごめんとただいまを言いたい。
それからありがとうも。
きっと彼女は泣くだろうけれど。

「もうすぐ帰るからな。もうちょっとだけ待っといてな。」




明日は新月だ。