月の缶詰 〜図書館帰りの女の子〜
「かわいい子やったなあ。」
心の声が漏れたのかと思ってちょっと恥じらっていたら、手元から石、自称「月」の声がする。
「そう思わんかった?」
慌てて周囲を見回して誰もいないことを確かめ、肩を落とす。
自分の心の声が漏れ出ていたら恥ずかしいけれども、こちらの声の方がまずい。
他の誰かに聞かれたら困ってしまう。
「お隣さん、昨日はカレーだったみたい。」が話題となるような田舎だ。
喋る石の存在はもちろん、石と話す女もどちらも噂にするには十分すぎるほど話題性がある。
一瞬で街中に知られることになるだろう。
まあ、さっきの女の子には聞かれてしまったけれど。
「あの、あんまり外で話すのは・・・。」
「ああ、ごめんな。けど大丈夫やろ。誰もおらんし。」
「いや、さっきの子に聞かれ・・・。」
「細かいことは気にせんとき!そんなことより早よ帰ろ。」
「まだ連れて帰るとは言ってないんですけど・・・。」
一応、抵抗はしてみたけれど、おそらく無駄だということにはもう気が付いている。
溜息をつきながらも、静かだった日常が賑やかになりそうなことを嫌だと思ってはいない自分にはまだ知らないふりをした。
家路を急ぎながら、それにしてもあの子は呑み込みが早かったなと思い出して笑いそうになる。
月の缶詰も喋る石もどう考えてもあり得ない話だというのに、すんなりと受け入れてくれた。
最後に合わさった視線は戸惑いつつも笑みが滲んでいて、あのときの感情は、口にこそ出さなかったものの、あの子も私も同じだったに違いない。
一期一会だと思っていたあの女の子とは、それから毎週同じくらいの時間に、同じ道で出会った。
図書館帰りだという彼女はいつもたくさんの本を抱えている。
最初は会釈だけ、続けて挨拶ができるようになって、それから少しずつ世間話もできるようになった。お天気の話から彼女が好きな作家さんの話、もちろんおしゃべりな月の話も。
打ち解けて立ち話に満開の花が咲かせられるようになった先日、彼女は夢を追いかけてこの地域を離れるのだと喜びと寂しさが入り混じる顔で教えてくれた。
彼女が図書館に行く最後の日、いつもの道で初めて待ち合わせをして、頑張ってきてねと伝える。
用意していた心ばかりのプレゼントを手渡して、じゃあまたと手を振り合って歩き出した。
また来週も会うのだと錯覚しそうなほどにいつもどおりだった。
家にたどり着き、仕事着から楽な服に着替える。
行ってきますって言ってたよと彼女からの伝言を伝えると背中から月が話しかけてきた。
「連絡先くらいは聞いたん?」
「ううん。お互い名前も知らないままだよ。」
「え?仲よさそうやったのに。」
「うん、なんか不思議な関係だった。でもね、そのうちまたどこかで会える気がするんだよね。」
「そっか。そしたら、あの子にまた会うたときには、僕が月になったってちゃんと伝えといてな。」
彼女と出会ったころよりもずっと大人びた月の声は柔らかく、微笑んでいるように聞こえた。