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私が先だった。


「どういうのがいいと思う?」
 
 
「うーん。バラの花束とか?ベタだけどね。」
 
 
「なるほど。」
 
 
「あとはほら、あのお城の前でとか憧れてる子もいたよ。」
 
 
「あれはちょっと恥ずかしいかもしれん。」
 
 
「ていうか、そもそもサプライズとか好きなの?」
 
 
「え、嫌いな人っていんの?」
 
 
「少なくとも、あの子はそういうの好きなタイプじゃない気もするけどね。」
 
 

やる気に満ち溢れていた眼前の男が目を泳がせ始めたところで溜息をつく。
あなたと二人になれるこの時間が少しでも長く続けばいいと、まるで彼女の代わりのような顔をしてわざと惑わせるようなことばかり言い、期待どおりに頭を悩ませるのを見ては、あなたがあの子をどれほど大切にしているかを思い知る。
あなたを悩ませる原因が私だったらよかった。
少し汗をかいたグラスを一息に呷って、濃い目のハイボールとともに飲み込んだ苦い気持ちを隠すように、私はメニュー表を開いて顔を俯けた。
 
 
 

 
軽い気持ちで恋を語るには頭の中に適齢期と言う言葉が散らつく年頃になって、誰かとそういう話をすることが億劫になった。
だから、私一人の胸にしまったままの気持ちだったけれど、それでも恋をすれば心は躍ったし、好きな人のために努力することも苦ではなくむしろ楽しいもので、LINEで毎日だらだらとなんという事のないやり取りをしたり、ときには遊びに出かけてみたり、距離が近づいている手応えもあって浮かれていたのだと思う。
だから、学生時代からの友人とランチに出かけたあの日、偶然出会った彼に声をかけたのだ。
 
 
「お、偶然じゃん。」
 
 
「おお。何してんの?」
 
 
「友達とご飯食べに来たの。」
 
 
「へえ。あ、初めまして。」
 
 
「ねえ、かわいいからって私の友達に馴れ馴れしく声かけないで。」
 
 
「挨拶しただけだろ!」
 
 
最初はそんな冗談交じりの会話で、彼らが連絡先を交換することもなかったし、そもそも会話らしい会話もなかったから、彼らがまさか恋仲になるなどとは思いもしなかった。
友人がはにかみながら付き合うことになったのだと教えてくれたときの記憶はあまりないけれど、笑っておめでとうと言えたと思う。
けれど、彼と出会えたのが私のおかげだと感謝されたときに一瞬動きが止まってしまったことは隠しきれただろうか。
鈍い自分を呪いながら、震える指先を握りこんで、何とか口角を上げる。
 
 
「ちょっと。全然知らなかった。話聞かせてよ。」
 
 

私は幸せそうな友人の話を聞きながら必死に相槌を打つ。
この優しくて可愛らしい自慢の友人を幸せにするのがあなた以外の誰かならよかった。
 
 
 

 
 
―私の方が先に好きだったのに。
 
 

その言葉が何の効力も持たないことを知らないほどもう子どもではなくなってしまったし、その言葉を発するとき支払う代償の数を数えられるくらいにはずいぶんと大人になってしまった。
だから私は、彼にも彼女にも何も打ち明けない代わりにこの恋以外のすべてにしがみつき、私の恋は密やかに、何も起こさないままに、燻る気持ちだけを抱えて、私自身が幕を引いた。
 
 
 
 
 
 
「お前もさ、いい人作れよ。俺も相談乗るからさ。」
 
 
帰り際、駅に向かって歩きながら彼が言う。
返す言葉に詰まって、でも不自然ではないはずの時間でなんとか応える。
 
 
「まずは自分のこと心配した方がいいんじゃない?あんまりうだうだしてたら、あの子にうっかり口が滑っちゃうかも。」
 
 
心の底からの善意だと分かってしまうからこそ、無理やり瘡蓋にしたはずの傷は新しく切りつけられ、またざっくりと開いた。
もう何度も同じことを繰り返して、傷はどんどん大きくなり続けている。
じんわりと熱くなってきた目を伏せ、溢れかけた感情には気合で蓋をして、コンビニに寄りたいからと嘘をつき、駅の少し手前で別れを告げた。
帰宅を急ぐ人並みに消えていく背中を見送って、歩き出す。
今日は歩いて帰ろう。
家で一人で泣かなくて済むように、少し遠回りしてゆっくり帰ろう。
 
 
「とうとうプロポーズだってさ。上手くいくといいよね。」
 
 
自分に言い聞かせるように小さく呟く。


ー恋愛相談もね、私もいつかしたいと思ってるよ。まだもう少しの間は無理そうだけど。
だから、あなたたちが幸せそうに笑っているのを見て胸が痛まなくなるまで待って。
 
 

 
でも、本当はね。
あなたのものになりたかったんです。
あなたの隣にいたかったんです。







こちらはPJさまの企画に参加させていただくものです。
両片思いな幸せの話にしようと思ったけれど、一番初めに思いついたお話に。