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「あの子のむかし話」③(こうちゃさん著)
こうちゃさんからいただいた小説連載の続きとなります。今までの話はこちらからどうぞ。
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3
「おねえさん、おとなりいい?」
「うん、いいよ」
おねえさんを元気づけると、わたしはそう言って、となりのブランコにぽんと座る。すこしだけ、ぎぃと音がした。
「お嬢ちゃん……じゃなくて、あなたはなんて言うの?」
「むーん、もう。わたしはね、みやおみやって言うの。名前はね、まだ漢字がむずかしくて書けないんだ〜」
ブランコでとなり合って、おねえさんの方を見る。
「そうなんだね。でも、かわいい名前だと思うよ」
「え〜そうかな?」
「そうだって。……よく似合ってる」
「むーん……」
わたしは、少し頭をひねる。名前がかわいいって、初めて言われたからだ。
「おねえさんは、なんて言うの?」
「私? ……私はね、栞って言うの」
「しおり?」
「うん」
「へぇ〜、かわいいね!」
「そ、そうなのかな……」
「うん!」
そうやって微笑むと、しおりさんは笑顔で返してくれた。そのはにかんだ姿は、先ほどまで涙でぐずぐずだった表情に対して、とても素敵な表情だった。
「ねえ、しおりさんはどうしてここにきたの?」
「それは……あ、公園のこと?」
「うん、そうだよ?」
「私、ちょっとだけ散歩しに来たの」
「なんと~……しおりさんは、さんぽが好きなの?」
「うーん……好きといえば、好きかな」
「ふむふむ……」
わたしはそれを聞くと、わざと訝しんで、
「実は、わたしもなんです」
と言った。するとしおりさんは、
「……そうなの」
と企むように返してくれた。
「むふふ〜……」
「……ぷふっ」
「ふふふ。しおりさん、美人さんなのに、おもしろい人だね!」
「それはちょっと、心外だよ~」
「ねぇねえ!しおりさん、ちょっと遊んでもいい?」
「え、いいの?」
「え〜?ぜんぜんいいもん」
「わかった。私も問題ないよ」
「わぁ〜い!」
しおりさんはそういうと、本当に遊んでくれた。ブランコを漕いでくれたり、ベンチで一緒に涼んだり。しおりさんはさすがに遊具で遊ばなかったけど、でもわたしはとても楽しかった。わたしは、お姉ちゃんができたような気分になった。
ゆうやけこんこんと鳴るまで遊ぶと、しおりさんは帰り際に、こんな話をした。
「みやちゃん、その……」
「なに?しおりさん」
「ひとりで帰れる? ……親御さん――じゃなくて、お母さんにはちゃんと門限は伝えている?」
「うん!だいじょうぶだよ」
「あのさ、帰り……、私が一緒に行ってあげよっか」
「え!いいの!」
「うん!」
わたしは内心、そう言われたのがすごく嬉しかった。
「その、ね?」
「なに?」
わたしは照れくさかったけど、言った。
「ありがとう、ございます〜」
「こちらこそ。本当に、ね」
そう言われると、なんだか、小っ恥ずかしくなってしまった。
「どうしたの、みやちゃん」
「……ふむふむ〜」
「うん?」
わたしは先生にも挨拶は得意だとよく言われるけど、この時はなぜか恥ずかしくなって、変な行動をしてしまった。しおりさんは不思議そうにわたしを見たけど、すぐに「じゃあ行こう、みやちゃん」と行って、わたしに付き添ってくれた。
帰り道、わたしはあれこれと自分のことをせいいっぱい話した。もう忘れちゃうくらい話しすぎて、だから何も憶えていない。だから、その日はあっという間に家に着いてしまった。
インターホンを鳴らすと、お母さんが出迎えてくれた。しおりさんは少しお母さんとお話を交えると、わたしの家族にまで顔を覚えられたようであった。
「少し家に上がってくださいな」
「いえいえ!もう夜遅いので、大丈夫です」
「むーん……。しおりさん、もうちょっと遊びたいな……」
「え!みやちゃん、えっとね、その……」
しおりさんは、なんだか困惑していた。すると、しおりさんは言った。
「じゃあ、また今度遊びに来るね!」
「やった〜!じゃあまた明日ね!」
「また明日……そうだね。また明日ね!」
わたしが元気よく手を振ると、しおりさんは大きく手を振り返してくれた。わたしの夏休みが、ことんと音を立てて始まったような気がした。
(続く)