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Martin 0-17NY  

神保町で友人と待ち合せた。飲み屋に行く前にギター弦を買いたいという友人に連れられて、イシバシ楽器店に入った。魅力的なギターが並んでいる。手頃な価格の 0-17NYに惹かれた。トップにひび割れがあるため安価だという。手に取って試してみると音に支障はなかった。ひび割れは注視しないと分からない程度だ。0-17NYはギター黎明期のクラシックで端正な姿をしている。最もマーチンらしいギターだという人もいる。私はマーチンを1台持っていたが、2台目は0-17が良いと思っていた。出会いは突然やってくるもの。衝動的に購入を決めた。突然のことで友人は驚いた様子だった。

0-17はいつでも手に取れるようリビングの端に置いた。小ぶりなパーラーギターはとても軽く、ソファーに座って抱えるのにちょうど良い。部屋弾きの気安さがある。私の悪い癖だが、TVを見ながらスケール練習などしてしまう。ある日、部屋を清掃する妻がギタースタンドの0-17を倒してしまった。ひび割れが少し目立つようになり、更にもう一つ隠れていたひび割れが表れた。ちょっとショックだったが、音には支障がなかった。ひび割れも経年変化のようなもの、歴戦の負傷跡と思えば悪くない。

それから数年後、ひび割れが部分が少し黒ずみはじめた。友人のギター工房に持って行き相談したが、傷跡が消えるわけではないが補修しておけば安心だということになった。2000年製作のマーチンは既製品ではなくカスタム品だった。当時マーチンカタログには0-17NYは無かった。私と同様に、このクラシックスタイルのマーチンが欲しくて、わざわざオーダーした人がいたのだ。おそらくオーダーしてから1年以上は待たされただろう。それだけ念願だったマーチンをどうして手放したのだろうか。トップのひび割れは何らかの事故によるものだろうか。知る由もないが、ともかく傷を負った0-17は私の処にやってきた。

購入から10年ほど経過、このギターがやけに鳴ることに気が付いた。普段は弦をエキストラライトしているが、たまにカスタムライトを張ると小ぶりなボディー全体を響かせて大きな音を出す。いわゆる箱鳴りだ。ボディーの響きが私の体に直接伝わり、背骨を通じて頭蓋骨にまで届く。これはなかな気持ちの良いギターマッサージだ。老人には指先運動がよいと言われるが、この響きというか振動伝導も体に良いのではと思った。私も歳をとった。小さな傷を負ったヤンチャな0-17はまだ20代だが、私は60代の後半だ。いろいろ世話してきたが、次は君が私を助けてくれると期待している。


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