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THIS IS シンガポール

そこは観光客の多い居酒屋で
スタッフも半分はベトナム人
すごく日本人が少ない場所
私はここの異国感が好きだった

英会話のスキルが必要かと思えば
そうでもなくて

ゼスチャーと単語でなんとかなる
とりわけthis(これ)はかなり便利で
指差して『this?』って言えば確認になるし
数字を入れて『this one?』みたいに聞けば『これは一個でいいの?』みたいに確認も出来る

店内にはスタッフ達の"this"は飛び交っていた

日本人に接客する時の
あとからクレーム入れてくる陰湿さもなく
ヤバめな客が来てもその場で解決する感じは
わりと爽快感すらあった

ただ良いことだけではなく
文化の違いから来る
『これ、注意しても良いのか?』
みたいな"奇行"には悩まされたこともある

中国系の客に多かった行動で
"灰皿にツバを吐く"というのがあった
「吐く」というよりは「入れる」という
ニュアンスが正しいかもしれない

これが汚くてイヤだった
掃除する時の不快感
灰と混ざってお灸みたいになる感じ
こびりつき、粘り

わりと潔癖症のベトナム人
トゥアン君(厨房)は
灰皿にツバを入れられたのが分かると
『キタネェ』と苦笑いながら
お湯を沸かす
灰皿を熱湯をかけて煮沸消毒をする為だ

それでも客に直接注意が出来ずにいた

指摘する時に感情的になってしまっては
揉め事になるかもしれないし
もし、中国に「灰皿ツバ入れ文化」があるのだとしたら国を否定することになってしまう

『こんな時こそジョークの出番じゃないか』

私は考えた

なんか上手いジョークみたいなこと言って
『灰皿にツバを入れるのは
日本ではマナー違反でよくないんだぜ』
的なニュアンスを伝えれば良いのでないか

しかし私は英語レベル中学1〜2年の
ニューホライズン挫折界隈なので
接客する時は"this"に頼りっきりだ

ん・・"this"・・・

閃いた

ちょうど中国系の客が来る
私は席に座るのを確認した後、
灰皿とお冷を持っていき
そして、テーブルに置いた灰皿を指差し

『THIS IS シンガポール』

そう言った
表情とゼスチャーは
ジム・キャリーが主演映画の冒頭で
ジョークいう時の感じをイメージした

中国系の客は『ん?』
といった表情だ

私はもう一度、灰皿を指差して
『THIS IS シンガポール
(ここはシンガポール)』
と言った

中国系の客は『・・OK』と言い
メニューを見出したので私は一旦その場を離れる

シンガポールって路上に
ツバ吐くと罰金8000円ぐらい取られるらしい

小学生の頃に新婚旅行でシンガポールに行った
担任の先生から聞いて衝撃を受けたことがある

『伝わんなかったな』

しばらくすると
厨房からお湯を沸かす音が聞こえてきた

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