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御殿場高原より 51 衣食足りて礼節を知る

衣食足りて礼節を知る  一人住まいの私を心配して,アメリカにいる姪からメッセージが入った.「ネットで集められた若者たちが犯罪に関わるニュースを見て,悲しくなりなります.どうして物事の善悪がわからないのでしょうか.何かが狂っている.今の社会はあまりにも荒んでいると感じます.オオ僕は森の中の生活で,人を疑うことなく生活をされてきたと思いますが,世の中には常識では考えられないおバカさんがいっぱいいます.どうぞ,つまらないことに巻き込まれように気をつけてください.」  私が窓も玄関

    • 御殿場高原より 50 私のnote:現代の「いしぶみ」

      私のnote:現代の「いしぶみ」  noteの創設者は編集者だったと何かで知った.「ああ,言葉とか文字とかが好きな人だったのか」と思った.算数は「丙」だが国語はいつも「甲」だったという母親の影響を受けたのか,私も言葉や文字が好きであった.百人一首は母から小学生のころ教わった.当時の女性には珍しく,若い頃日本中の山に登っていた母は大きな景色が好きらしく,「わたの原こぎ出でてみれば久方の雲ゐにまがふ沖つ白波」が雄大でいいと言っていた.母の影響で,私は発話と同時に消えていく言葉,

      • 御殿場高原より 49 浮いたか瓢箪,極楽蜻蛉

        浮いたか瓢箪,極楽蜻蛉  この前の月曜日,看護師と昼食のとき,お産のときには仕事を辞めて「貯金を下ろしながら生活した」という話が出た.ああ,貯金といういう言葉があったと思った.しかし,イクも私も「貯金」という言葉を生涯使ったことがなかったし,実際「貯金する」など考えたこともなかった.二人とも健康であったし,贅沢をしたいなどと思ったことがない.入ってくるお金を上手に使い切ればいいという生活であった.たとえば,私が買うワインは一本千円から2千円くらいである.ワイン専門店のカタロ

        • 御殿場高原より 48 英語の歌を歌う

          英語の歌を歌う  息子の足火が死んだときには泣けなかった.妻のイクが死んだときには涙が流れた.しかし,どちらも胸の中には塊りができたように息苦しい.本当は「わー」と大声を出して叫びたい.が,それもできない.それで歌を歌うことで発散させようと思った.  足火の死んだ時には,声楽の先生のところに出かけた.中学・高校では,選択科目はずっと「書道」だったのだが,高校2年の時に気まぐれをおこして「音楽」にした.「音楽」は好きなものが一年生の時からとっていて,それぞれパートはもう決まっ

          御殿場高原より 47 独居老人の「食」

          独居老人の「食」  明け方,足がつりだして目が覚めた.急いでベッドから足を垂らして床を踏む.なんとか収まった.そのまま階下の書斎に降りて,イクが買った一人掛けのソファに座る.  ソファはイクのベッドが置いてあった書棚の前に移した.ベッドは昼寝と腰伸ばし用に東側の窓のそばに置いてある.書斎には東と北と西に窓がある.窓はすべて同じ寸法の一間ほどの広さで,どの窓からも外の緑が見えるが,美しい緑は北側の窓である.目の前には,事務机と両脇に引き出しの付いている大きな机と,その脇にもう

          御殿場高原より 47 独居老人の「食」

          御殿場高原より 46 国家不信という戦争の傷

          国家不信という戦争の傷  毎年8月15日になるとテレビや新聞に「終戦記念日」という言葉が現れるので,太平洋戦争のことが思い出される.私には,敗戦を終戦と言い換えて責任を回避する政治家にあきれると同時に,そのユーヒズムで国民が打ちひしがれるのを避けた巧みさに感心している,が,「敗戦」を「記念日」とする国はないのではないかなと思う.何か「節操の無さ」を感じる.  私の父は,私や上の妹が生まれた後,シナ事変の時に兵役義務で出征した.大学出なので少尉で任官し,中尉になって帰ってきた

          御殿場高原より 46 国家不信という戦争の傷

          御殿場高原より 45 しづ心なく花の散るらむ

          しづ心なく花の散るらむ  新型コロナ以前,まだ,イクを独りにしても外出できたころには,「原典「平家物語」を聴く会」などに出かけていたのだが,外出できなくなってから,自分で『平家物語』を読み返している.私は男女の色恋沙汰をのぞき見するような『源氏物語』より『平家物語』の方が好きである.この物語を最初に読んだのは高校一年の時で,私が通った福岡県立嘉穂高校では始業前の30分は古文暗唱チェック時間であった.先生にランダムに指された者が前の学生の続きをそのまま引き継いで暗唱するのであ

          御殿場高原より 45 しづ心なく花の散るらむ

          御殿場高原より 44 「とてもいい」の世界

          「とてもいい」の世界  昨日は糖尿病科の佐藤先生の診察日だった.「クレアチンの数値がちょっと高いですね」これは腎臓が傷ついている証拠である.「食べ物では何が関係していますか」「塩分ですね」ああ,そうか.イクが死んでから食事がいい加減になっている.朝食はゆで卵で,塩と胡椒で食べる.ちょっとしょっぱいなと思う時がある.夏なのでスイカを一日に二回食べている.これにも塩を振る.ちょっとかけすぎたと思うことがある.次の診察は二か月後である.「次までに下げておきます」と言って部屋を出る

          御殿場高原より 44 「とてもいい」の世界

          御殿場高原より 43 クロネコヤマトのペリカン便

          クロネコヤマトのペリカン便  周りに公共の交通機関がない.御殿場の街に行くバスの停留所には歩いて20分かかる.地方の小都市の生活を楽しむには交通手段を確保してなければならない.御殿場では富士山の方向に伸びる道は必ず上り坂である.歩いても自転車でもちょっと苦しい.今年九月で89歳になるので,車の運転は止めて,後部に荷物置きのついた電動三輪車にしようと買ったのだが,乗ってみて,これで御殿場の街まで往復するのは死ぬ思いをすることになるだろうと実感した.それで,週に二回来て掃除と洗

          御殿場高原より 43 クロネコヤマトのペリカン便

          御殿場高原より 42 イク,十里木を覚えているか

          イク,十里木を覚えているか  イクはいつもオオ僕と一緒だった.何をしていても「イクも行く」と言ってついてきた.以前は,いろいろな店が御殿場駅周辺にあった.駅前の有料駐車場に車を置いて,イクとその辺を歩いた.駅前のアサヒ堂書店で本を買ったり,その前の喫茶店でコーヒーを飲んだり.映画館が二軒あって,文具の「いせまた」の主人がやっていた「マウント劇場」では,洋画を上映していた.「〇〇映画が見たいんだけど入れてよ」というと,映写技師でもある劇場主は「観客を90人ほど集めてくれたら」

          御殿場高原より 42 イク,十里木を覚えているか

          御殿場高原より 41 独り暮らし

          独り暮らし  イクが認知症で要介護2になったとき,認知症そのもので死ぬことはないので,ほとんど病気になったことのないイクは,心筋梗塞で入院したオオ僕よりも長生きするだろうと思った.それで,オオ僕が元気な間はイクの慣れ親しんだこの空間で世話をするが,オオ僕が入院したり死んだりした後,イクが安心して過ごすことが出来るように,キリスト教系の御殿場十字の園への入園の手続きを済ませておいたのだが,オオ僕より先に死んでしまったので,オオ僕は思いがけず自由時間をたっぷり持つことになった.

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          御殿場高原より 40 イク,蜩が鳴き始めたよ

          イク,蜩が鳴き始めたよ  今日は7月15日.一昨日の夕方,今年はじめて蜩(ヒグラシ)の鳴き声を聞いた.以前住んでいた二の岡荘では,7月20日まで霧に閉ざされるが,不思議に20日を過ぎると晴れて,その頃から夏の終わりまで,恵泉の本館の前の土の坂道を歩くと,周りの檜の幹からまるでシャワーのように蜩の鳴き声が降り注いだものだった.この声を聴いて少し経つと夏休みが始まって,恵泉山の家本館の庭の草芝の上には丸く椅子が並べられ,真ん中にキャンプファイヤーの薪が積まれる.女学園の生徒や学

          御殿場高原より 40 イク,蜩が鳴き始めたよ

          御殿場高原より 39 イク,疲れてお昼寝しているか

          イク,疲れてお昼寝しているか  イクがいなくなってから,お手伝いさんに「お願いします」程度の挨拶をしたり,毎週月曜にお昼に来てくれる看護師さんとは少し話をしているが,誰ともまともな話をせずに仕事をして生きている.夜,きしむ音がしたりすると,ドアのところにイクが立っているかなと見てしまう.昼寝の最中に音がするとつい「イクや」と呼んでしまう.どうも感覚はイクを待っているらしいのだ.それで,感覚的にイクの死を受け入れることができるまで,いつまでかわからないけれども,イクとお話をす

          御殿場高原より 39 イク,疲れてお昼寝しているか

          御殿場高原より 38 初心者読むべからずの英語の話 1

          初心者読むべからずの英語の話 1  日本で英語について本を書くには勇気がいります.日本人は全員,中学校で英語を学んでいるので,自分の習ったことと違うことに反発するからです.私は過去に何冊か英語に関する本を書いていますが,出版して2,3ヶ月は緊張して胃が痛くなります.読者カードに質問や意見が来ると営業部からどんなつまらないことにも必ず返事を書くことを強制されるからです.時には出版してから数年たって読者から質問されることもあります.それで,もう英語に関する記事は書くのをやめてい

          御殿場高原より 38 初心者読むべからずの英語の話 1

          御殿場高原より 37 私たちは森で生活を始めた

          私たちは森で生活を始めた  私がイクを亡くして落ち込んだのは,単に連れ合いを失ったというのではなく,人生の同志を失ったという喪失感からである.私たちは全く別のところで生まれ育ったが,私は中学生の頃から幾人かの牧師と出会っていて,聖書を読んでいたし,プロテスタントの信仰と意志と理性を知っていた.イクはカナダ系のミッションスクールで学んでいた.二人とも洗礼を受けたわけではないが,キリスト教に関しては関心も知識もあった.偶然,同じ大学で学ぶことになったが学部の学生の時には会ったこ

          御殿場高原より 37 私たちは森で生活を始めた

          御殿場高原より 36 「イク,オオ僕は独居老人になった」

          「イク,オオ僕は独居老人になった」  息子の足火と妻の郁に先立たれて「独居老人」になった.世間では「人生百年」と言って喜んでいるようであるが,百歳の自分は想像できない.実際に88歳になると,昨年まで梯子に登って平気で枝下ろしをしていたのに,今年は足下がおぼつかなく感じる.年を取るということは急速に衰えることでもあるし,急に死が訪れるということだ.日常の血圧が120前後で,血液検査では「ちょっとコレステロール値が高い」と言われていただけのイクが「急性大動脈解離」で,一瞬で意識

          御殿場高原より 36 「イク,オオ僕は独居老人になった」