”忘れないで”って言ったっけ?
どこにだって行けるような気がして手をとりあった夜があった。
もうはるか遠い9年前の冬の終わりの日。
春の気配がほんの少しだけする真夜中の公園で「君を好きだけれど幸せにする覚悟がない」とあの子が言って私は何と答えたのだっけ。悲しそうに笑ったんだ。
誰よりも側にいた時間が確かに存ったのに、恋人ではなかったから私たちの物語が終わっていないのだとしたら、手を繋ぐだけでどこまでも行ける気がしたあの日の私たちを今すぐ抱きしめてあげないといけない。
「またね」と言って横断歩道を渡ろうとすると信号が赤に変わって君がさっと手を取って「青になるまで」と言って抱きしめられた。
あの夜に世界が終わらなかったからもう幸せになんてなれないのかもしれない。そう思った瞬間のことをまるで昨日のことみたく思い出せるのにとても遠くて今が愛しくて身動きが取れなくなる。
「私のことを忘れないで」ってふとさっき願ってしまった。
「全部忘れてくれてかまわない。私が覚えているから」ってあんなに強く思いながら一緒に過ごした日々があったのに。
これは恋でもなくて愛でもなくて、見えない気持ちや頭の中に私をほんの少しでいいから置いて欲しいだなんてどうやっても伝えられるはずがない。
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