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”忘れないで”って言ったっけ?

どこにだって行けるような気がして手をとりあった夜があった。 もうはるか遠い9年前の冬の終わりの日。 春の気配がほんの少しだけする真夜中の公園で「君を好きだけれど幸せにする覚悟がない」とあの子が言って私は何と答えたのだっけ。悲しそうに笑ったんだ。 誰よりも側にいた時間が確かに存ったのに、恋人ではなかったから私たちの物語が終わっていないのだとしたら、手を繋ぐだけでどこまでも行ける気がしたあの日の私たちを今すぐ抱きしめてあげないといけない。 「またね」と言って横断歩道を渡ろうと

    • "手紙の上で眠る文字”

      最後に手紙を書いたのは一昨年の夏の終わりだ。 静寂を求められる喫茶店でお気に入りの鳥の形のカードにブルーのインクのペンで書いた。 私たちは恋人でも友達でもなかったからその時は手紙を書くなんて半分大それている気がしてプレゼントの包みの見つかりにくいようなところにそれを隠した。 ”私はあなたの目で世界を見てみたいと思うよ”とそこには書かれていてそんなことをきちんと実体のある人間に思ったのは初めてだった。 あの夏はずいぶん涼しくて初めてあの人の部屋に遊びに行った日、夕立が降

      • ”君と夏の夜の街”

        前の日の夜から一緒だったという友人と別れて2人っきりになった私たちは花火を買って公園へ向かった。 2年前の春、この公園で君が「もう会うのはやめる?」と言ったときに私は泣きながら「もう好きなんだから意味ないよ」と答えた。 出会ったとき私には恋人がいてあの子を好きになって1人になっても君は恋人にはならないでそれでもこうやって側にいる。 あっという間に花火は終わってしまって缶チューハイを飲み干した私はベンチに寝そべった。 「もう帰るよ」と君が言うのをくすくす笑いながら「嫌だ

        • "ごめんね だけどいつの日かみんな忘れるはず"

          22時半にゴミを出しに玄関をドアを開けると少しだけ冬の匂いがした。秋をとばして冬の匂い。 彼と出会ったのが2つ前の冬でそれから夏がくるまで本当によく2人でお酒を飲んだ。 さっきの冬の匂いで思い出したのはもうすっかり熱も冷めた2回目の冬のことだ。私はその冬、たいそう元気がなくてその日も半ば無理矢理に友達との予定をすまして部屋に戻って、もう一度ゴミを出しに外へ出た。 その姿を見かけた彼から「さっきゴミ出してた?」とメールがきて「そうだよ。恥ずかしいね!声かけてよ」と返すと「

          失った夢が美しく見えたってそれがどうだっていうの

          薄暗いバーのすみに置かれた誕生日辞典を彼が手に取った。 7月15日のページを横目で覗きこむと「相性のいい人」という場所に私の誕生日があった。 こんな単純なことで胸が高鳴るなんてどうかしてるなと思いながら口元をゆるめて「これ私の誕生日だよ」と言えば帽子を脱いで私の頭にかぶせて「知ってる」と笑った。 今朝、マンションの前で落とした鍵を拾い上げるときにね。一年前君のことが好きだったことをあまりにくっきりと思い出してしまってあの頃の私に会いたくなった。あまりに夏生まれがにあう君

          失った夢が美しく見えたってそれがどうだっていうの

          ”あんなどうしようもない例え話 他の誰にもしないでいて”

          まだ半分、冬の気配が残る真夜中の公園で「君を好きだけれど幸せにする覚悟がない」とあの子が言った。私は何と答えたのだっけ。たしか笑ったんだ。 恋人がいても、例え結婚したとしてもかまわないだ何て言うから困ったふりをして「ここにいるから大丈夫だよ」と言った。今こうして一緒にいることがすべてだった。私が最後に誰かの前で泣いたのはまだ君のままだ。 また冬がくるなんて当たり前のことなのに、ただ頬にあたる風が冷たいだけであの日の言葉を思い出して立ちつくした。

          ”あんなどうしようもない例え話 他の誰にもしないでいて”

          まるで恋をしているよう

          首都高のカーブを曲がるときにiPhoneから流れてきた曲を「1番好きな歌だ」と言った。 どこかで聴いたことのあるジャズスタンダードのその曲は「ライクサムワンインラブ」だと教えてくれた。キアロスタミの映画のことを思い出しながら私は東京の夜景を眺めて「ライク・サムワン・イン・ラブ」と唱えてみる。 観覧車の前の横断歩道を渡りながら手を繋いで夜景を見ながら甘い缶コーヒーを飲んで(自動販売機の前で好きなのをどうぞと微笑んだ)誰もいない真っ暗な公園で対岸の工場の明かりを見つめていると

          まるで恋をしているよう