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突然の親離れに涙
まさかと思った。
自分は子離れできると思っていたのに、子どもから親離れを突きつけられたら驚くほどショックだった。
彼が中学生の頃、私が無意識に口癖にして言っていた言葉がとても不快だったようで、そのことを正直に口にされた。言葉にはしなかったけれど、私に対する不満は幼少期から細々とあるようだった。
自立し、大人になったときに必要な知恵を今のうちにつけたい。彼は今、将来の自分の人生計画を具体的に立て始めている。高校1年なのだから当たり前かもしれない。遅いくらいなのかもしれない。
息子は、知らない間にすっかり大人になる準備を始めていた。
子ども時代の、私を頼って甘えてきた彼はもういない。
わからないけれど、なぜか猛烈に寂しくなって涙が出た。
喜ばしいことなのだ。
息子はしっかり自意識を持って親を批判もできるようになったし、自分の考えで生きる方法も考え始めている。決して無茶な生き方をしようとしているわけでもない。自分らしく生きるにはと真剣に考えているのだ。
本当の喜ばしいことだ。
なのに私は寂しいと感じている。
できれば3・4歳だった頃の彼にもう一度会いたいと思ってしまう。
子どもは3歳までに親孝行を終了させているという。その通りだと思う。
あんなにも可愛い姿を見せて、あんなにも困らせながら、人生の喜びも悲しみも悲喜こもごもを一緒に体感させてくれる存在は他にはない。
私は子離れしなくちゃいけない時期に到達したらしい。
人生に失恋より悲しいものはないと思って生きていたけれど、子どもが自分から巣立っていく悲しみというのは失恋よりずっと味わい深い悲しみなんだなと実感した。
早朝五時から、さめざめと泣いた。
今もまたタイピングしながら涙を溢れさせている。アダルトチルドレンである私は、親離れも遅かったけれど(まだ未完かも)、結局子離れも自分からは難しい人だったみたいだ。
息子よ。順調に育ってくれてありがとう。
どんなに私が寂しがっても、これは喜ばしいことなのだ。だからこのまま母を捨てて自分の人生を悔いなく生きていってほしい。