秋も深まり 色づく樹々も 風が吹く日は 身を散らす
二千二十二年 十一月
はじめに
この書を手に取っていただいたあなたは、なんと御奇特な方なのでしょう。
どうもありがとうございます。
なんと、シリーズ十一作目ですが、まだまだ続く予定です。
ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。
今回は、竹本と多紀理が北野の天神さんへお散歩に出掛けます。
どんなお話しが飛び出してくることやら、お楽しみに。
また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。
場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。
また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。
会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。
それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。
散歩に行きませんか
ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。
木々が色付き、風景が秋景色になってきました。
しばらくは色とりどりの葉が、京都をきれいに染めてくれることでしょう。
行動制限があって、ここ二〜三年ほど旅行に行けなかったりしたから、今年は観光客も多いだろうなあ、これも京都人の宿命なのかな。
また、京都駅からバスに乗って、京都駅バスターミナルを抜けるだけで三十分も掛かるのでしょうか。
観光に来ていただくのは嬉しい。
でも混雑は勘弁してほしい。
それからゴミも。
これ、京都人の本音だと思うんですけれど……。
違ったらごめんなさい。
偉大なご両親の公認を貰ってからは、ほぼ毎日多紀理に会うようになった。
そして種々雑多な話をしているうちに色々なことが分かってきた。
驚いたのは、神なのだから、寺に縁がないのは分かるとしても、神社にすら行ったことがないということだ。
さすが深窓の令嬢。
「わたくしのことを呼びましたか?」
「いいえ、呼んでいませんよ」
「だって、深窓の令嬢と」
「自覚はあるのですね」
自分の社と両親の社、それに私の部屋くらいしか移動した経験がないなんて、ホントびっくりだ。
自分の居場所があればいいという考えだが、他の神社や寺に興味がないかといえばそうでもないようだ。
姫と散歩を兼ねて出掛けてみるのもいいかもしれないな。
近くには有名なところも、有名でないところも大小様々な神社や寺がある。
大きいところでは、北野の天神さん、晴明さん。
晴明さんまで行ったら白峰さんも近いな。
ジュン様と仁様はお元気だろうか?
怨霊と呼ばれている方々に元気かもないか。
上賀茂神社もそんなには遠くないな。
寺では大徳寺か。
他にも近くを思い浮かべるだけでいくつかの神社や寺がある。
そういえば今宮さんもあるし玄武神社や建勲神社もある。
知らないところまで含めると相当な数になるだろうな。
さすがに京都だ。
ちょっと歩いても、ずいぶん歩いても必ず神社や寺がある。
もう六十年以上京都に住んでいるが、まだまだ知らない神社や寺がある。
散歩ついでに歩いても見所満載だな。
京都市全体で考えると一日に一つ訪れるとして、全部訪れるのに一体いつまでかかるのだろう。
もっとも、予約が必要であったり、そもそも拝観できないところもあるからなあ。
「私から一つ提案があるのですが」
「はい、何でしょう? あなたの提案ならすべて無条件に賛成しますよ」
「そういうことではないのですが、まあいいです。この間、関係のない神社や寺には行ったことがないっていっていたでしょ? 散歩のついでに近くの神社やお寺に一緒に行ってみませんか? 見聞を拡げるのも結構楽しいですよ。どうです?」
「行きましょう。いつ出発します? 今から行きますか?」
「姫はせっかちですねえ。今までもそんなにせっかちだったのですか? それに今日は無理ですよ。もうすぐ夕方になりますからね。夕方になれば門を閉じてしまう神社や寺は意外に多いんですよ」
「隠形すれば、時間も場所も関係ありませんよ」
「それで姫は楽しいですか?」
「あなたと一緒なら何でもいいんです、ずっと楽しいのです」
「二人で神社やお寺まで出掛けて行って、ちゃんと二人で参道を歩いて、ちゃんと二人で参拝して、神や仏からお話が聞けるならちゃんとお話を聞いて、というのが楽しいと思うんですけどね」
「そちらの方が何倍も楽しそうです」
「そうでしょ? それに、そんなに慌てなくても、近くならいつでも行けますから。それに姫には門限もありますし、シンデレラガールは辛いですね。でも母上様とのお約束ですから、これだけは守らないとね」
「そうですね。では、お弁当はどうします? おやつも持っていくのかしら? いくらまでならOKにします?」
「姫は遠足に行ったことがあるのですか?」
「先日観たドラマで」
「何かスゴく楽しそうですね」
「勿論です。あなたからのお誘いですもの」
「姫の手作り弁当なら食べてみたいと思いますが、お弁当やおやつはお任せしますよ。食事はどこかのお店でとってもいいし。天候も気にしながら日程を決めてのんびり行きましょう」
「天候が気になるのですか? どうして?」
「わざわざ雨降りに出掛けなくても。それに寺や神社って意外に寒いし、まだ少し先でしょうが雪が降り出すかもしれない」
「私は雨降りでも雪が降ってても、あなたと一緒なら一向に構いませんよ」
「確かに雨降りの方がキレイだとか、雪が積もっている方が風情があるところもありますが、それはまた別の話です」
「その素晴らしい景色を、あなたと一緒にわたくしも見てみたいです」
「それは機会があれば行きましょう。雨はともかく雪景色はまだ少し先のことですしね」
「では天候を気にされることもないんじゃないですか?」
「うーん、さっきいった雪景色のように目的を持って動くなら別ですが、散歩ついでに行くのなら、よく晴れた少し暖かいくらいの日がいいんじゃないかなって思うんです」
「それはそうかもしれません」
「私はその方が気分いいんじゃないかと思えるんです。何よりわざわざ雨降りに出掛けなくてもいいよなって思っちゃうんです。姫は神様ですから、暑さ寒さや、雨や雪でも、何なら日照りでも、まったく関係なく過ごせるようですけれど、私は人間ですから、そういう些細なことでも、気持ちが上がったり、下がったりするのですよ。お分かりにはならないでしょうけれど」
姫とは言い争いにならない。
今までどんなことがあっても私を優先してくれる。
だから私がイヤといえばそれが通るし、ダメといってもそれが通る。
他の方には突っかかっていくこともあるのに。
例えば親父様とか。
私には全面幸福の構えだ。
ん? 字が違う。
全面降伏の構えだ。
私の意思を押し付けるのは本望ではないのだが、それすらも受け入れてくれる。
どうすればいいのか困ることも多々あるのだが、あまり無理をさせないようにしないとなあ。
「そういうことなら天気の良い日を選んで行きましょう」
ニコニコしてくれてはいるが姫は納得してくれたのだろうか?
それとも私が『わざわざ雨降りでなくても』っていったから引き下がってくれたのだろうか?
「我が儘いってすみません」
「どうして? そんなこと仰らないで。わたくしは、あなたがご自身の思う通りに動いてくれるのがいいのです。わたくしはどこであっても一緒にくっついていきます。それが楽しいんです。それが嬉しいんです」
「そうですか。それでは時々我が儘をいわせてもらいますね」
「時々なんて言わないで、どんどん思う通りに動いてください」
「そうさせてもらいましょう。でもホントに時々でいいです。話し合いで決まることもあるだろうし、話の流れでそうなってしまうこともあるでしょう。あまり形に囚われなくてもいいんじゃないですか?」
「そうですか? わたくしは自由に羽ばたいていただいた方が嬉しいのですよ。どちらにしても、わたくしはあなたにくっついていくだけですけれど」
「あまり決めつけないで、徐々に築き上げていきましょうよ。二人の関係を」
「二人の関係を築き上げていくのですね? 嬉しい」
「そうですよ。徐々にね。で、姫は何か我が儘というか、いいたいことっていうか、そんな希望はないんですか?」
「言おうかどうしようか迷っていたことが一つだけあります」
やっぱり無理されているんじゃないか?
「姫の希望も聞きましょう。これでおあいこだ」
そうおあいこ。対等でいられるのならその方がいい。
「おあいこということではありませんが、その姫って呼び方止めてもらいたいんです」
「えっ? 姫は歴とした姫じゃないですか」
「他人行儀で嫌なんです」
「そんなこといわれてもなあ。うーん困ったなあ。じゃあ何とお呼びすれば?」
「そこまでは考えていませんでしたが、例えば両親と同じように多紀理とか」
いやいや、いくらあのご両親にお許しを得ているといってもあなたは神ですよ。
そんな扱いはできません。
誰が許してもあの親父様が許しませんよきっと。
それに私の性格からするとやれちゃいそうな気がするんですよね。
どこかで歯止めを掛けとかないと色々心配なんですよ。
「呼び捨てですか? ハードル高いなあ。それに親父さまに怒られそうだ。多紀理さんではどうです?」
「多紀理さんは馴染みがありません。さんはない方がわたくしは好きです。それに父さまには何も言わせません。もし文句を言ってきたら、わたくしは父さまと口利きませんから」
それは辛いだろうなあ。
親父さまは私にぼやくだろうなあ。
仕方ない、親父様のためにもここは一肌脱ぎますか?
「善処してみます。慣れないので度々間違うことがあるかもしれませんが、しばらくは容赦してください」
姫が、いや多紀理がニコニコしている。
こんなことだけでも嬉しいのかもしれない。
「はい。頑張ってください。わたくしは今まで通りあなたって呼びますから」
色んな神にあなたとかお前と呼ばれているけれど、姫のそれはちょっと熱量が違うんだよなあ。
愛されているっていうんですか。
幸せ感じるんですよね。
「多紀理って呼び捨てにして、あなたって呼ばれて、なんか夫婦みたいですね。照れます」
「いいじゃないですか。それこそわたくしの望んでいることの一つです」
そうなんでしょうね。
でもあなたは神、私は年老いた人間なんです。
「見栄えの釣り合いが取れてないんですよね」
言わなくてもいいことを言ってしまった。
口から出てしまった言葉は取り返しがつかない。
どうも私は一言多いタイプの人間のようだ。
「どういうことでしょうか? 神と人とのギャップということですか?」
「あなたと私の二人だけなら何の問題もありません。むしろその美しさというか神々しさを毎日のように拝めるのは、私にとって至福の喜びです。神と人の問題でもありません」
「ではどういう……」
「簡単にいえば、お嬢さんと爺さんに見えるということです。良くて娘と父。下手すりゃ孫と祖父に見えるってことです。私たちが夫婦のようだと思っていても、世間の見え方なんてそんなものです。二人でお出掛けなどするようになると、変な目で見られることもあるかもしれないなと危惧しています」
「なんだそんなことですか。あなたが仰るように、確かに見た目の年齢差は否定できませんね。気が付きませんでした、ごめんなさい」
「謝らないでください、あなたが悪いわけじゃないのだから」
「あなたの見た目をわたくしに近付けるのは少し無理がありそうですので、わたくしがもう少し年上に、あなたと近い年齢に見えるようにすればいいということですね」
「いやいやそこまでしなくても」
「それで夫婦気分が味わえるんでしょ? 一緒にお出掛けしても周りに気遣いしなくて済むのでしょ? 簡単なことです。どれくらい歳をとりましょうか? こんな感じでいかがでしょう?」
一瞬にして姿が変わった。
年齢的には釣り合うようになったと思う。
が、美しさは変わらない。
これが美魔女というやつか?
これを美魔女といわずしてどれを美魔女というんだ。
でも、やっぱ目立つなあ。
「相変わらず綺麗なままだ。ありがとう。私に寄り添ってくれて」
「それはわたくしが望んでいることです。それに、これでとりあえず見た目は夫婦ですよ。あ・な・た」
ニコニコと笑う多紀理は本当に嬉しそうだ。
「ついでにもう一つあるのですけれど、その口調も直しませんか?」
「口調ですか?」
「あなたは、他の神々にもそうなのですけれど、他人行儀な話し方をされます」
「一応他人ですからね」
「わたくしにもです」
「私の中では違いはあるのですけれど」
「わたくしが感じるのは、月読のおじ様が唯一の例外で、親しく話されているように見えます。わたくしにもそうしていただけると嬉しいのですけれど」
「丁寧に話すのは、夫婦なのだから必要ないでしょ、ということですよね?」
「そうしていただきたいということです」
「月様には確かに砕けた話し方をしている自覚はあります。でも礼儀を弁えないといけないとも思っています。だから、親しき仲にも礼儀ありということで許していただけませんか? 場面によっては、もう少し親しい話し方ができるかもしれませんが、すぐには無理かもしれません」
「今のあなたのお言葉は、わたくしにも当てはまることです。やっぱり徐々に関係を築くのが正しいようですね」
初めてのお散歩
少し風は冷たいがよく晴れた日、私と多紀理は北野の天神さん (北野天満宮) に向かって歩いていた。
「天神さんが面するこの通りを今出川通というのだけれど、東西に走っているこの通りは、東から右大文字で有名な如意ヶ獄の登り口、銀閣寺、哲学の道の入り口、節分で有名な吉田神社、京都大学、百萬遍知恩寺、清風荘(西園寺公望公別邸)、鞍馬・貴船への玄関口・京福電鉄出町柳駅、京都御苑 (御所) 、同志社大学今出川キャンパス、白峯神宮、西陣織会館、晴明神社、京都市考古資料館、上七軒のお茶屋街、北野天満宮、嵐山への玄関口・嵐電北野白梅町駅と見所満載なんだよ。知っているのはあった?」
「お名前だけなら幾つかは知っていますよ、でもどちらにも行ったことはありません」
「神社や寺院だけじゃなく、色々行ってみようね」
「すごく楽しみです」
「多紀理はあまり興味がないかもしれないけれど、お気に入りの飲食店なんかもあるから」
「あなたは少し誤解しています。わたくしは食べなくてもいいというだけで、食べられないわけではないですし、味が分からないわけでもありません。美味しいか、美味しくないかは主観でしょうが、ちゃんと感じますよ」
「そうなんだ、じゃあ連れていく楽しみも増えたってことだね」
何日かかるか分からないが、東から順にのんびり散策するのも楽しいかもしれない。
でも今回は北野の天神さんだ。
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