2022年9月7日(水)ポーランド国立放送交響楽団2022日本ツアー@川口リリア
このnoteは、ポーランド国立放送交響楽団日本ツアーの初日に参加したmiwaが、この日の記憶を少しでも留めておくために書いたものです。コンサートから丸1日以上経って書いており、ほとんど記憶がありません。いまの印象を中心に書きます。
また、当初非公開の予定でしたが、お知らせしたい項目ができたので、公開することにしました。
よかったらお読みいただけるとうれしいです。
【コンサート概要】
◆コンサートタイトル
ポーランド国立放送交響楽団 2022 日本ツアー
◆公演日時
2022年9月7日(水)18:15開場 19:00開演
◆会場
川口総合文化センター・リリア
◆出演
ピアノ(ソリスト):角野隼斗 Hayato Sumino
指揮:マリン・オルソップ Marin Alsop
オーケストラ:ポーランド国立放送交響楽団 Polish National Radio Symphony Orchestra
【プログラム】
◆バチェヴィチ オーケストラのための序曲
◆ショパン ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
◆ブラームス 交響曲 第1番 作品68
【アンコール】
◆(ソリストアンコール)
パデレフスキ ノクターン 作品16-4
◆モニューシュコ 歌劇ハルカ
第1幕「マズルカ」
第3幕「高地の踊り」
【幕が開く】
どれほどこの日を待っていただろう。
告知が3月8日。チケットを手にしたのが4月9日(会員枠)。
半年近く待ちわびた日々。
かてぃんさん、どう弾くだろう。
ショパンコンクールから約1年。
わたしには彼は辛さを乗り越えてずっと前を向いて走り続けたように見えていた。
すべて吹っ切って、踏み台にして、前に、上に、ジャンプするよりも早く。
だけど。
コンサートのスタートが近づくにつれて。
「辛かった」という言葉をよく目にするようになった。
(あるいはそれまで自分が気づいてなかったのか)
辛かったのだ。いまもおそらく辛いのだ。
わたしは彼の半分しか見てなかったのだと思った。
すばるさんがこう言っていた。
たぶんこれが、彼の、彼のファンの、気持ちに寄り添った言葉なのだなと思った。
走り続けた彼と、1年前で時が止まっていた彼の歩調が合う日。
それが今日。
その日に会場で立ち会えるありがたさを、祝福を、泣くほどの感激を、ちょっとした切なさを、感じながらリリアに向かった。今日はかてぃんさんの節目になる日。なにかが終わり、なにかがはじまり、新しい歴史を作る日。
気持ちがはやるしまったからか15:00過ぎにリリアに到着(開演4時間前笑)
しばらく併設のラウンジでTwitterを見ながらまったり。この時間が好き。まったりしながらしだいにコンサートに向けての気持ちが高まっていく。
ところでこのラウンジは今日は16時半ラストオーダー、17時閉店。コンサートに来場した客が使えない時間なのだが、わざとこの時間設定なのか、市の施設ゆえなのか、わからない。
その後場所を変えてまたカフェでまったり。遠路上京してみえたフォロワーさんなどとお会いできてうれしかった。
ぼ開場時刻にリリアに戻り、用を済ませて入場すると、なにやら長蛇の列。なにこれ?!と係の人に尋ねたら「有料プログラムの購入列」とのこと。かねがねクラシックのコンサートのプログラムも有料化して写真や記事を充実させればいいなと思っていた自分的には大歓迎なのだけど、なにぶん「聞いてないよ~!」状態。あわてて列の最後尾に並んだ。あんなに速く来たのに、こんなところで開演に間に合うか心配して心臓ばくばくになるとは。プログラムは一部1500円。500部限り。この500部は、リリアでの販売分だよね?各会場で500ずつなんだよね?
席は2階席真ん中エリア前から4列目のまん中。
(冒頭の画像が座席から撮影したステージの画)
思ったよりもステージが近い。オケがよく見える。
でもかてぃんさんは前の方々の頭の隙間から見えるか見えないか。
位置的に活躍しそうだと持ってきた双眼鏡。
しかし前の方の頭が少し右にずれてやっと視界の5%くらいがピアノになった(残りは人の頭。手はまったく見えない)ので、今回は双眼鏡は諦めることにした。今日は聴くことに専念かな。
舞台後ろよりの左右の入り口からポーランド国立放送交響楽団(以下、NOSPR)のみなさんが入場。一人なにか気がついて(忘れ物?)慌てて袖に引っ込んで戻ってこられたけど(手になにか持っているようだった)大丈夫だったかな。演奏は大丈夫だったからそうなのだろう。
オルソップさんが下手前からさっそうと登場。黒の上下に赤いシャツ。カッコイイ。ポーランドと日本の国旗の色の赤なのかなと思った。そういえばアメリカ国旗にも赤がある。
【バチェヴィチ オーケストラのための序曲】
気分が高まるかっこいい曲。終盤はとくに祝祭感にあふれて、これからはじまるコンサートへの期待が心の底から高まった。
NOSPRの音は大好きだ。分厚い音。でも分厚すぎない、温かみと優しさと強さ、時に激しさも感じる。人生の四季のよう。とくに弦の音が好き。
この曲を作ったバチェヴィチさんは、作曲家と同時にバイオリニストで、NOSPR(当時はワルシャワの国営放送局内にあった)のコンサートミストレスでもあった。1939年9月1日のナチスドイツのポーランド侵攻後オーケストラは放送局とともに解散させられ、音楽を演奏することも禁じられ、バチェヴィチは秘密裏に地下で演奏活動を行い、そんな中1943年に、ポーランドが解放され勝利した暁には演奏されることを願って作られたのがこの曲である(プログラム及びWikipediaを参照した)。
ここでぜひこのツイートを紹介したい。
この「THE PIANIST」(戦場のピアニスト)はワルシャワの国営放送局でピアニストとして働いていた実在のユダヤ人シュピルマンの、戦時下の壮絶な日々の物語である。つまり、バチェヴィチとシュピルマンは、いやNOSPRとシュピルマンは同じ場所に所属していて、当然交流もあったろうし、なんならショパンのピアノ協奏曲第1番で共演してラジオでOAされることも日常的にあっただろう。
かてぃんさんが高校時代に読んで形容できないほどの衝撃を受けた本の主人公がともに生きたNOSPRの未来形に、かてぃんさんがともにいる。ともに音楽を作っている。そのコンサートの1曲目をNOSPRのかつてのコンミスが作った曲が飾る。歴史と運命と人生の不思議と必然を感じざるを得ない。
【ショパン ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11】
◆第1楽章
ストーリーでほんの1小節だけオケの出だしを聴いた時、衝撃を受けた。ポーランドの音が、ショパンの国の音がしたと思った。ソロが入るまで、その美しさと切々と迫る悲しさの音の世界に浸っていた。
そしてかてぃんさんのピアノが入る。
いままで聴いたことがないショパンの音がした。雨の中、傘をさしてショパンが会場に現れたかと思った。いままでのかてぃんさんのショパンももちろんショパンだったけれど、なんというか、ショパンの人生を、いっそう強く感じる音がした。そしてそれはかてぃんさんの人生ともオーバーラップしていく。
かてぃんさんがこのコンチェルトをはじめて聴いたのはいつだろう。はじめてあこがれて自分で弾きたいと思ったのはいつだろう。いろんなことがあった(あえて書かない)そして今日、その夢が叶う日がやってきた。ショパンだけでなく音楽の神様もあたたかい雨の恵みも、いろんな力あるものたちが舞い降りてかてぃんさんを守り支えているようだった。かてぃんさんは緊張していない。のびのびした、新たな時代を刻むような音が聴こえる。
守り支えるのは空からやってきたものばかりではない。かてぃんさんに寄り添うオケ。なんども視線を送りつつ体ごとかてぃんさんに寄り添うマエストロ。そうだ聴衆も。そこにいるすべての者たちがまるでかてぃんさんが胎内から動き出して新しい世界へ飛び立つのに立ち会っているようだった。すでにここに「胎動」を「新世界」のキーワードがある。バチェヴィチさんの「序曲」の祝祭感はかてぃんさんの新たな門出を祝う音としても感じられた。
ほとんど見えないながらも、目の前の方がたまに頭を動かした時に、かてぃんさんの横顔が少しだけ見えた。とにかくまっすぐ。前を向いていた。時々オルソップさんの方に視線を向けたような気がしたが、とにかくよく見えずどんなかわからない。心も体も指も真剣にまっすぐに音楽に向き合っていると感じた。音楽の中にかてぃんさんがいる。全身が音楽に包まれている。音楽そのものがかてぃんさんに寄り添っている。
◆第2楽章
透き通るような音で弾かれていた。
細い細いくもの糸のような、でも明度の高い音だった。こんなに細くされたのは、意図したものだったのか、デッド気味の2階席の音響によるものだったのかはわからない。でも、全国ツアーの東京公演のアンコールとは違っていた。あの時は胸に痛みを抱えたままのような響きがあったけれど、今日は巣立ちの前におかあさんといままでのことを語り合って未来へ向かう視線を感じた。音が細かったのはかてぃんさんの地声の小ささかもしれない。
「追憶」の終盤で聴こえるこの楽章のモチーフは、「追憶」ではかすかでおぼろげだけど、今日の演奏ではたしかな光を感じた。
ところで、終始わたしの隣りの人がカバンの中からチラシやプログラムを出し入れしたりめくったりカバンのチャックを開け閉めしてカサカサ音がしているのが気になってしかたなかった。もともとわたしは集中力も記憶力も乏しいから、一音一音やフレーズ毎の感想やピアニストや指揮者やオケや会場の様子を記憶できないのだけど、それでも正直気に障って困った。でもこれもコンサートなんだろうな。何事もなく聴けるコンサートは奇跡なのだと思い知った。
◆第3楽章
かてぃんさんと、マエストロと、オケと、ショパンさんと、聴衆が、肩をたたき合いはじけあい喜びに満ち溢れている感じがした。これは自分の感想で、この時もカサカサ音がしているし、ほかの方とは全く違うかもしれない(たぶんそうだと思う)。なのでどうかご容赦いただきたい。かてぃんラボで練習配信をされた部分は、どのパッセージも見違えるほど美しくよくなっていた。わたしはかてぃんさんの師匠のルイサダ先生のコンチェルト第1番が大好きなのだけど、それと同じような、いやルイサダ先生の薫陶を感じつつもかてぃんさんのショパンの音がして感動した。フィナーレを弾き切った時の、やり切った感を一杯感じる横顔とからだを見て(この部分は運よくわたしの席からも目にすることができた)、ぶらぼーーーーー!!!!!と叫びたかった。そう思った聴衆の方はきっとたくさんいると思う。立ち会えてほんとによかった。弾き切ったかてぃんさんをオルソップさんが抱き寄せていた。ホールにいた誰しもがかてぃんさんのことを抱き寄せたいと思ったに違いない。
【(ソリストアンコール)パデレフスキ ノクターン 作品16-4】
ピアノの前に座ったかてぃんさんはちょっと考えてから「ポーランドの~~」と言うのが聴こえた。なんの曲かなと思ったら全国ツアーの沼津公演で聴いたこの曲だった。
あの時はあまりの感動に嗚咽が止まらなくて、かてぃんさんの内なる母性を感じたなんて書いていたけれど、今日は今日のコンチェルトを弾き切ったかてぃんさんのことを、みなが優しく包んでいたわってあげているように感じた。弾いているのはかてぃんさんではなく、それまで傍で見守っていたショパンさんだったかもしれない。
【ブラームス 交響曲 第1番 作品68】
大好きな曲です。最初ごうごう唸るようにオケがなる。その悲痛さからすでにオケの音が染み入る。ほんとにNOSPRの音、好きです。歌う音、語る音、喜怒哀楽、どんな音も人の心をゆさぶり、寄り添い、勇気づける音がする。2楽章は泣くしかないです。なんであんなに美しい曲をそれ以上に美しく弾けるんだろう。4楽章の主題は力が出ます。まるでこれからあたらしい歴史を作っていくかてぃんさんを励まし見送っているように感じました。
【(アンコール)モニューシュコ 歌劇ハルカ 第1幕「マズルカ」 第3幕「高地の踊り」】
どちらも知らない曲だったけれど、1曲目は聞いてすぐマズルカとわかるさすが本場の正しく快活な曲だった。「高地の踊り」は日本の盆踊りみたく踊らにゃ損々的に思わず体が動き出しそうになった。音楽って楽しい!
【おわりに】
今日はたくさんの人におめでとうがいいたいです。
それでも誰よりもかてぃんさんにおめでとうが言いたい。
いろんなことがあったね。でもここまで来たよ。
今日は素晴らしい、たくさんのスタオベに値する演奏をした。いままでのこと、全部勲章にして、これからも歩いて行って欲しい。
そうだ、かてぃんさんの音色、以前は21って言ってたけど、今日は30くらい感じたよ。とくにPEARLが最高!磨きたいって言ってたHEAVENも素敵だった。さすがFIELD OF HEAVENを鳴らしたかてぃんさん@FUJI ROCK!!
大丈夫。あなたのそばには、今日見守った人たちがいる。それだけじゃない。世界中に見守っている人、応援している人、愛している人、待っている人がいる。どうか自分の信じる道を、自分の信じるやり方で、歩み続けてください。
今日はおめでとう。ほんとうにおめでとう。ずっとずっとおめでとう。
つたない散文でしたがここまで読んでくださってありがとうございました!