大賞「高いビルの麓」 中森臨時
「本の幽霊って見たことないですか」貸出し手続きをしていた時、女性が尋ねてきました。
「それは『本の幽霊』という名前の本ですか。それとも幽霊になった本が出てくる話ですか」このような曖昧な質問から本を探すのも司書の仕事です。
「そうではなくて、府立図書館には本の幽霊が出ますよね」私は意味が飲み込めず、返事ができないでいました。
「そんなの出ませんよ」振り向くと、同僚の田崎さんでした。その声に気圧されたのか、女性は急ぎ足で立ち去りました。
「ああいう人、たまにいるのよ。でも、本当は出るらしいよ。あなたの前任の人、見たんじゃないかって。それでおかしくなっちゃて。あなたも気をつけてね」
閉館後、本を整理していると、カートの中に図書館のバーコードがない真っ白な本がありました。カートに入れる時点で気がつかなかったことに首を傾げながら本を開くと、ある文が目に付きました。「東大阪市は、1967年に、布施市、平岡市、河内市の三市による合併で誕生しました」
面白いと思いました。 どうやら、ここ布施市が合併して「東大阪市」が誕生したというフィクションのようです。詳しく読もうとした時、軽いめまいがしました。気がつくと手にしていた本がありません。気味が悪くなったので、急いで残りの本を片付け、帰宅することにしました。
図書館から出ると、すぐに異様な光景が見えました。朝は公園だったところに、一際目立つ巨大なビルが建っていたのです。私は恐る恐るビルに近づき、その入口に立ちました。そこには「東大阪市役所」と、先程の本で見た奇妙な名前が掲げられていたのです。
この話、どうせ信じてもらえないでしょう。でも私は「布施市」に帰るために毎日、図書館で探しているのです。
ねえ、本の幽霊って見たことないですか。