ブロマイド効果

ある朝出社すると、後輩の机に見慣れないものがあった。私の部署はフリーアドレス制ではないので、各人の机が趣味のもので飾られていることが多い。後輩は今年入社したばかりなので、ちいかわがぽつんと置いてあるだけだったのだが、その横に新しい住人がいた。芸能人に疎い私でも顔と名前を知っている、某グループのメンバーだ。
「あっ三浦さんおはようございます。気付きました?最近午後眠くなっちゃうから〇〇くんに元気を貰おうと思って〜」
自販機でコーヒーを買ってきたらしい後輩の足取りは、心なしかいつもより軽そうだ。うんうんかっこいいよね、今やってるドラマ出てるんだっけ、と適当に話を合わせる。
「三浦さんはどんな人がタイプなんですか?」
「……キムタクかな」
困った時のキムタクである。
「イケメン好きなんですね!じゃあ△△だと**くんとかですか?」
グループ名も名前もわからない。いや、どっちがグループ名なのかもわからない。答えに詰まっている間に始業時間になった。ややほっとしながら業務に取り掛かる。この後輩からは「マッチングアプリやらないんですか?」「気になる人いないんですか?」「彼氏ほしいですよね?」と日々質問詰めにされているのだ。都度「やらないね〜」「いないねえ〜」「いや〜」と答えてはいるのだが、後輩は私の回答に納得いかないらしい。恋バナに付き合うのも先輩の役目なのかもしれないが、ろくに話題提供出来ないまま半年が過ぎようとしていた。

昼休み。後輩の机の彼のWikipediaを読んでいる途中、そうだ、と思いついた。
私もブロマイドを飾ればいいのでは?
そうすれば後輩も「三浦さんってこういう人が好きなんですね!」と納得してくれるのではないか。さらに、ブロマイドに写っている人がめちゃくちゃ格好良かったら「三浦さんって理想高いですね…そりゃあ恋愛出来ないですよ…」と恋バナを諦めてくれるのではないか。しかし、わざわざブロマイドを飾るくらいだから、ある程度その人について詳しくないといけない。後輩以外の人から「あら三浦さんって〇〇くんのファンだったのね。じゃあこの前の△△観た?」などと聞かれる可能性があるからだ。だが、前述の通り私は芸能人に疎い。どうしたものか、と業務に戻り、電車に乗り、夕食を食べ、風呂から上がり、いつの間にかリビングで水を飲んでいた。また明日考えよう、と立ち上がった私の視界に、見慣れたCDジャケットが入った。
ジュリー。そうだ、ジュリーがいたじゃないか。
ジュリーの曲なら昔から聴いているし、ザ・タイガースやPYGの曲もいくつか知っている。現在ジュリーはテレビ出演がほとんどないので、2000年生まれの私が夜ヒットやベストテンのエピソードを知らなくても不思議ではないだろう。というわけで通販でブロマイドを購入した。カサブランカ・ダンディ、ダーリング、帽子とスーツ、小道具を持っているもの、の計四枚。写り方もアップだったり全身だったり、キメ顔だったりはっちゃけていたり色々だ。これだけあれば十分だろう。

数日後。無事に届いたブロマイドを、単行本に挟んで出社した。卓上カレンダーに立てかけるようにしてブロマイドを飾る。どれにするか少し迷ったのだが、帽子を深く被っているものした。流石ジュリー、引きで撮っても存在感抜群である。タイミングよく後輩も出社してきた。
「えっそれ沢田研二ですか!?三浦さんって沢田研二好きなんですか!?」
挨拶もそこそこに、ブロマイドに釘付けである。
「うん」
「えー!渋いですね!!てか理想高いですね」
予想通りの反応である。それからしばらく経つが、恋愛の話題が一切出なくなった。ジュリーには感謝である。