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『南北戦争英雄伝 分断のアメリカを戦った男たち』(中公新書ラクレ)小川寛大著 紹介します

小川寛大氏の最新作『南北戦争英雄伝 分断のアメリカを戦った男たち』(中公新書ラクレ)はぜひ読んでほしい一冊。小川氏にはすでに南北戦争全体についての研究所もあるけれど、私はむしろこの本を先に読んだ方がこの戦争全体のイメージをつかみやすいかもしれないと思いました。「私はアメリカの歴史を良く知らないから」と、多少ためらう人にこそ読んでほしい。

この本は単に南北戦争の研究家というだけではなく、「宗教問題」を編集し、現代政治と信仰の関係、また宗教団体の現実について分析し続けてきた小川氏だからこそかけた本だと思う。ちょっとこれから極論を述べるけど、私はある意味、戦争というのは、ある意味全て「宗教戦争」の一面を持ってると思ってます。

それは中世の十字軍とかそういうことが言いたいのではなくて、むしろ近代国民国家以後、戦争というのは、たとえ現実は国益の争奪戦(政治の延長戦)であったにしても、どこかそれを越えた超越的な価値観を(自由でも祖国愛でもあるいは革命でも、また信仰でもなんであれ)少なくとも「信じるふり」をしないと、命を懸ける自分を納得させるのは難しいんじゃないかと。

南北戦争で戦い、そして死んでいった将軍たちの中で、例えばストーンウオール・ジャクソンと呼ばれた南部の将軍は、両親の離婚後、幼い日々を親戚の家をたらいまわしにされつつ貧しい中過ごしました。しかし向学心は強く、ろくに学校も行かなかったのに独学で陸軍士官学校に入学、禁欲的で孤独な学校生活を送り、後にきわめて厳格な軍学校教師となります。彼は当時のアメリカの大覚醒運動(キリスト教復興運動)の強い影響を受け、「軍人半分、牧師半分」と揶揄されるような変わり者の軍人でした。

このジャクソンは南部連合の将軍として南北戦争に参戦・キリスト教の影響を強く受けていたジャクソンですが、奴隷制度についてはほとんど疑問を持たなかったようです(私は思うのですが、この人はそもそもそういう政治のことや外部状況にあまり関心がなかったんではないかと)。しかし、戦場においてのジャクソンは勇敢でした。南北戦争の初戦、ブルランの戦いで北軍の攻撃に南軍全体が浮足立った時に、彼の部隊だけは一歩も引かず抵抗をつづけました。南軍のある将軍は「見ろ、ジャクソンはまるで石の壁(ストーンウオール)のように立っているではないか」と叫び、励まされた南軍は踏みとどまって北軍を撃破します。

ここで小川氏は、「戦場の伝説」がどう作られていくかについても興味深い考察をしています。この言葉を発した南軍の将軍はこの線上で戦死しており、その真偽はわからないが、実はこの言葉には「戦局不利で交代する友軍を助けもせず、ただ突っ立っているだけのジャクソンの部隊への侮蔑だったのではないか」という説が一部歴史家からはなされているようです。

軍内部でも変人で知られ、友人もほとんどいなかったジャクソンの性格を思えば、これも全くあり得ない話ではないのかも。しかし、実際の戦場の勝利は、ジャクソンの名誉を高め「ストーンウオール・ジャクソン」という栄誉ある名前を得たジャクソンは、その後も戦場で危険を恐れぬ果敢な突撃で名を高めました。

ある人がジャクソンに「なぜあなたは戦場でそのように物おじせず、堂々とした態度を貫けるのか」と問われこう答えたと言います。「聖書を学べば、戦場でもベッドの中にいるように安らげる。」小川氏はこのようなジャクソンの姿勢に、もちろん抵抗を覚えたり嫌悪する将軍は南部にもいたけれど、一般兵士の中、特に大覚醒運動の影響を受け熱烈なキリスト教信仰を持っていた兵士の中では熱烈に支持され、ジャクソンの部隊は「ある主の宗教的共同体」の結束すら持っていたようです。

北軍が経済的に軍事的にも優勢であることはわかっていました。だからこそジャクソンは「われわれは巨人ゴリアテに立ち向かったダビデのような存在」であること、故郷のバージニアと南部連合は「神の国」であり、わが軍はそれを侵略する北軍と闘う十字軍であることを日々語っていました。安全地帯で新聞や雑誌で聖戦を訴えるのではなく、危険な戦場で陣頭指揮をとりながら語るジャクソンの姿は、その論理が正しいかどうかを越えて、死の危険にさらされている兵士たちに感動を与えたことは確かだと思います。

ジャクソンはある戦場で、圧倒的な北軍に夜襲をかけて撃退したのち、最前線に立って追撃線の最中、味方の誤射で戦死しました。ジャクソンが特に優秀な軍事指導者だったとは思えませんが、少なくとも南部にとって、彼は今も英雄として語られているようです。

https://www.chuko.co.jp/laclef/2024/11/150825.html

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三浦小太郎
勿論読んでくださるだけでありがたいのですが、できれば応援お願いします