日本人、50歳でオランダ語作家になる。(その1)あなたの経験を本にしてみませんか?
2020年秋、世界中がコロナのパンデミックに翻弄されている最中のことだった。「あなたの経験を本にしてみませんか?」オランダ語でこんなメールが突然舞い込んできた。これが日本語だったら、作家志望の一般人から金を巻き上げるのが目的の自費出版社かどこかからだと思い、即座にゴミ箱に捨てていたかもしれない。
メールには「あなたのインタビュー記事を雑誌で拝読しました。インタビューでお話されていたオランダでの経験談、あのような話をもっと書いて本にしてみませんか?」とある。差出人は、オランダの読書人から一目置かれる老舗出版社の編集者だった。
オランダに住んで早20年以上、広げられた大風呂敷が単なるハッタリだったり、壮麗な計画が諸事情で立ち消えになったり。そんなことにはすっかり慣れっこになっていたので、これは期待してはいけない、とまずは早まる自分の心にブレーキをかける。この話が詐欺ではなく、最終的に出版に漕ぎ着ける、に500点。途中で立ち消えになる、に3000点。落ち着け、と自分に言い聞かせ、編集者からのメールに返信した。
数日後、ZOOMの画面越しに編集者Fさんと初めて顔を合わせた。彼女のアンテナに引っかかった雑誌に掲載されていた私のインタビューとは、こんな内容だった。
“……(日本人の友人と)オランダについてあれこれ愚痴を言ったりしていますよ。例えばオランダの義理の家族のこととか食べ物のこととか。一日に三度しかない貴重な食事の機会を、二度もチーズとパンで済ませるなんて、私には一生無理ですね。初めてオランダ人の友人たちとテルスヘリング島に休暇に行くことになった時、何をするのか楽しみにしてたんです。日本なら、観光して、美味しいものを食べて、温泉に浸かったりするでしょう。でもオランダ人の休暇は徹底的に何もしない。そこでしたのは、最悪の天気の中でひたすら歩くこと。まるで地の果てで彷徨っているような気分でした。” (LINDA 2020年5月号掲載)
編集者Fさん曰く、「外国人がオランダ人のことをどのように見ているのか。オランダの読者はそういうものを読みたがっている。でも、オランダは素晴らしい、オランダ最高、こんな国に住めて有難い、という賞賛一辺倒ではなくて、ネガティブな部分も含めて本音を書いて欲しい。」とのことだった。
日本語ですら本など書いたことがない。ましてやオランダ語で本を一冊書き上げるなんて、私にできるのだろうか。あのインタビュー記事は、私の間違いだらけのオランダ語をプロのライターさんが読むに堪える形に上手く整えてくれていた。何より、私はオランダ語を好きで始めたわけではなかった。この国に住む外国人として、オランダ語ができなければ一人前の大人として扱われない。二級市民の立場に甘んじるなんて我慢がならない。だからオランダ語を勉強したのだ。
オランダ語を心から愛し、その道に精進している方もたくさんいるのに、完璧なオランダ語も書けない私が偉そうに本など書いてもいいのだろうか。そういう迷いもあった。そして頭にちらついたのは、日本のこと。外国人が日本語で本を書いていると、粗探しに余念がない意地悪な読者がちょっとした言い間違いをあげつらい、微細なミスで作品全体を貶めるような評価をする。それを思い出してゾっと震えた。言いたいことをはっきり言うオランダ人にかかれば、どんなストレートなコメントが飛んでくるのか分からない……怖ろしい。しかし、そんな私の不安をよそに、獲物を狙う編集者Fさんはこう言った。「オランダ語に関しては心配しなくていい。そこは私たちプロに任せて。私たちが読みたいのは、あなたのストーリーだから。」
肝心なのは話の内容で、細かい部分は大船に乗ったつもりで編集に任せればよい。この言葉で、リミッターが一気に解除された。これはオランダ語の試験ではないし、誰かと比べられ点数を付けられるわけでもない。とにかくオランダの読者に向けて言いたいことが、私には山ほどある。それには自信があった。こんな千載一遇のチャンスを見逃がしたら、私は一生後悔する。そう直感した。
(その2につづく)