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内部通報UPDATE Vol.12:公益通報者保護制度検討会 中間論点整理の公表
1. はじめに
消費者庁に設置された公益通報者保護制度検討会(以下「本検討会」といいます。)が2024年9月2日付けで中間論点整理を公表しました。本検討会の設置の経緯については、【内部通報UPDATE Vol.11:公益通報者保護法を巡る展開と展望】をご参照ください。
本検討会は、内部通報制度に関する国際的な動向や改正公益通報者保護法の施行状況を踏まえた課題と対応について検討を行うために設定されたものであり、2024年10月2日までに5回開催され、中間論点整理が公表されるに至りました。
今回は、中間論点整理の概要および今後の見通しについて解説します。
【参照リンク】
公益通報者保護制度検討会 中間論点整理
2. 制度見直しの必要性
中間論点整理では、社内で重大な法令違反を目撃した労働者等が公益通報を躊躇・断念してしまう主たる要因として、以下の3点を挙げています。
① 誰に相談・通報したら良いのか分からないこと
② 上司や同僚などに公益通報者の身元が特定され、不利益取扱いを受ける懸念があること
③ 公益通報をしても、利益相反のない独立した立場で適切な調査が実施されない懸念があること
その上で、内部通報制度の体制整備の不徹底や運用上の課題が残っている状況を踏まえて、「事業者の体制整備の徹底や実効性向上を図るとともに、公益通報に対する国民の不安を払拭することを支持する」旨の意見が多かったこと、「国連ビジネスと人権の作業部会(The UN Working Group on Business and Human Rights)」から、通報に対する報復に罰則がないこと等、公益通報者保護制度の課題について改正法附則第5条(検討)に基づく法の見直しで改善するよう勧告を受けた点、海外と比べて日本の公益通報者保護が強化されているとは言えない状況にある点を踏まえ、「日本の企業が海外進出や投資などで悪影響を受けないよう、法改正によって、ガバナンスや人権尊重に対する国際的な要請に応えていく必要がある」という意見が多かったことが記載されています。
なお、国連ビジネスと人権の作業部会の報告書については、「ESG・SDGs UPDATE Vol.12:国連人権理事会『ビジネスと人権』作業部会の訪日調査報告書公表」をご参照ください。
国内の状況に加えて国連からの勧告や海外制度との比較をも踏まえて、日本の現状の公益通報者保護制度の見直しが必要であるという意見が多かったという点は押さえておくべきポイントであると言えるでしょう。
3. 個別論点
中間論点整理では、個別論点について、概要、以下のとおり整理しています。
1 事業者における体制整備の徹底と実効性の向上
(1)従事者指定義務の違反事業者への対応
(2)体制整備の実効性向上のための対応
(3)体制整備義務の対象となる事業者の範囲拡大
2 公益通報を阻害する要因への対処
(1)公益通報者を探索する行為の禁止
(2)公益通報を妨害する行為の禁止
(3)公益通報のために必要な資料収集・持ち出し行為の免責
(4)公益通報の刑事免責
(5)濫用的通報者への対応
3 公益通報を理由とする不利益取扱い(報復)の抑止・救済
(1)不利益取扱いの抑止
(2)不利益取扱いからの救済
(3)不利益取扱いの範囲の明確化
4 その他の論点
(1)通報主体や保護される者の範囲拡大
(2)通報対象事実の範囲の見直し
(3)権限のある行政機関に対する公益通報(2号通報)の保護要件の緩和
いずれの論点も企業の内部通報対応のプラクティスに大きな影響を与える可能性がありますが、特に実務的な影響が大きいと考えられる論点としては、以下のものが挙げられます。
1つ目は、体制整備義務の対象となる事業者の範囲拡大です。
現在の公益通報者保護法では、従業員数301名以上の事業者は、内部公益通報対応体制を整備する法的義務が課されていますが、従業員300名以下の事業者は努力義務にとどまっています。
中間論点整理では、「体制整備義務の対象となる事業者の範囲を、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者にも拡大すべき」との意見があった旨が記載されており、具体的には「体制整備義務の対象を、常時使用する労働者の数が100人超300人以下の事業者にも広げることが考えられる」との提案があった旨も記載されています。
これに対し、中小企業における体制整備の難しさ等を指摘する意見も紹介されており、現時点で体制整備義務の対象となる事業者の範囲拡大が既定路線として決定しているというわけではないように読めますが、仮に何らかの形で体制整備義務の対象が拡大した場合には、中小企業は1から内部通報制度を作るというコストと負担が発生することになり、インパクトが大きいと考えられます。
2つ目は、会社や従業員に刑事罰を科す方向での論点です。
現在の公益通報者保護法では、公益通報対応業務従事者には通報者を特定させる事項に関する守秘義務が課されており、当該守秘義務に違反した場合には、30万円以下の罰金という刑事罰が科されるという立て付けになっています(同法第12条、第21条)。他方、通報者への不利益取扱い、通報者の探索、通報者を特定させる事項の範囲外共有等の禁止行為を行ってしまった従業員については、公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年内閣府告示第118号、以下「法定指針」といいます。)において、「懲戒処分その他適切な措置をとる」ことが必要とされるにとどまり(法定指針第4.2(1)ロ、第4.2(2)ハ)、刑事罰の対象ではありません。
中間論点整理では、「公益通報者を探索する行為の禁止」及び「公益通報を妨害する行為の禁止」に関し、違反者への「行政措置又は刑事罰を規定すべき」との意見があった旨、ならびに「公益通報を理由とする不利益取扱いに対する刑事罰が必要」との意見が多かった旨が記載されています。
仮に行政措置や刑事罰が新設されるに至った場合には、役職員への教育・周知の内容を修正するとともに、一層実効性の高い社内研修を行う必要性が高まると考えられます。
3つ目は、通報者の免責に関する論点です。
公益通報者保護法第7条では、事業者は公益通報によって損害を受けたことを理由として、当該公益通報をした公益通報者に対して、賠償を請求することができないという通報行為の民事免責を定めていますが、刑事免責は規定されていません。また、現行の公益通報者保護法上は、公益通報のために必要な資料収集・持ち出し行為を免責する旨の規定はなく、資料収集・持ち出し行為が事業者による解雇や懲戒等の対象となるか否かは明確ではありません。
中間論点整理では、「公益通報の刑事免責」や「公益通報のために必要な資料収集・持ち出し行為の免責」を求める意見があった旨が記載されています。
仮に通報者の免責が明記された場合には、通報の件数の増加が予想されることに加えて、内部通報を目的とする社内資料の持ち出しの事案が増加することも考えられ、企業側の目線に立つと、従業員による機密情報の持ち出しという悩ましい論点に更に要検討事項が加わることになります。
上記3つの論点の他にも、公益通報者保護法で保護される通報主体の範囲を広げる方向での議論もされております。具体的には、現在の公益通報者保護法では退職後1年以内の労働者と役員のみが保護対象となっていますが、退職後1年に限定する合理性がないとして退職後の期間制限を撤廃するという議論や、働き方の多様化に伴いフリーランスを保護される通報者の範囲に含めるべきではないかとの議論もされています。
4. 今後の見通し
中間論点整理は、本検討会の第1回から第3回までの検討状況をまとめたものであり、今後、中間論点整理を踏まえて更に検討が行われることとされています。
本検討会は、2024年中を目途に取りまとめを行う予定とされているところ、上記の個別論点の議論の行方を引き続き注視していきたいと思います。
Authors
弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
弁護士 榮村 将太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2022年弁護士登録(第一東京弁護士会)
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業を経て、2024年8月から現職。
従業員不正や当局対応等の危機管理・コンプライアンス案件、訴訟・紛争案件に加え、景品表示法を含む消費者法や人事労務等を中心に広く企業法務全般を取り扱う。