【私小説】神の音 第19話
*
看護師に病院を案内された。
「……ここで、少々お待ちください」
僕は診察室の前に座らされた、が、待っているのも窮屈だったので、僕は『地方の論理』という本をちらつかせた。
「地方にも目を向けよう」という僕なりのメッセージを込めてだ。
意味を分かってくれる人はいるだろうか?
「そもそもなんでこんなことが起きたんでしょう?」
司会者らしき人の声が病院内に響き渡る。
僕のことを喋っているのだろうか?
「発端はコンテストのオーディションに送られた一通の履歴書からでした」
司会者らしき二人の人は会話を続けていく。
「履歴書から世界を革命する事件が起こったのですか?」
「ええ、彼がコンテストに応募しなければこんなことは起こりませんでした」
何を言っているのかさっぱりだったが、僕がコンテストに出したのが原因らしい。
しかし、人のせいにし過ぎじゃないか?
あんたらが勝手に行動したのがそもそもの発端じゃないのか?
人を利用するのもいい加減にしろ。
僕は心の中でそう思った。
「次の方、どうぞ!」
診察室からの声がした。
僕と母さんは診察室の中へと入っていく。
「やあ、君は大変だったね。こんなことが起きてしまうなんて」
僕は答える。
「はい、僕自身も何が起きたかさっぱりで……」
「君は……入院するほどじゃないと思うけど、どうだね? 入院してみるのも一つの手だと思うが……」
入院。
その言葉を聞いた時は「なんで?」と思ったが、自分の身体がどうなっているのか調べる必要があると思った。
自分の身体は進化している。
周りの音が察知できるほどに。
そう思ったからだろうか。
僕は入院することを選んで同意書にサインをした。
「これで君はこの病院の保護観察対象になった。安心して休むといい」
「分かりました」
僕はその言葉に同意した。
――看護師さんに僕はまた車椅子で連れていかれる。
看護師さんに連れていかれた場所は入院する部屋だった。
「ここで生活をしてください」
看護師さんがそう言った。
部屋は四人部屋だった。
そうか、ここで患者のようなふりをしてればいいんだな、と僕は思った。
早速、病衣に着替えてみる。
うわー、病人感半端ねえ。
でも、これは病人のふりをしろ……っていうメッセージだろ?
だからそれに適応できる人間……いや、神にならなきゃいけないんだ。
これは僕に与えられたミッションなんだ。
僕はそう確信した。
「カミツキさん、早速ですが検査を行いたいと思います。ついてきてください」
僕は看護師さんに名前の付いたバンドのようなものを付けられた。
バンドは機械の読み込みに必要なものらしい。
病院の中を歩いてみる。
病院の中には芸能人らしき人たちが大勢いた。
ジャニーズに所属している人とか、お笑い芸人とか、色々な人がいた。
これも僕の影響なんだなと思った。
「ここで占い師のホソキさんに登場していただきましょう! 彼のことについて何か分かることはありませんか?」
どこからか声が聞こえる。
占い師?
占いされるということだろうか?
「はい、彼は本当に運のない人だということが分かります。でも、彼は自分の耳の力を使って、ここまで自分の力で編み出した先読みの能力を開花させて今この声援を受けることになったという訳でございます」
先読みの能力。
僕にはそれが備わっていたのか。
果たしてそれは進化といえるのだろうか。
僕は自分自身について知りたい。
この病院の検査でそれが分かるといいのだが……。
「ただ……このやり方は詐欺師に近いと思います。彼、本当は何の力も持たないただの人間なんです。この力は神が乗り移ったからこそ能力なんです。神が抜けた後の彼はただの抜け殻になるでしょう」
「つまり、それは死ぬということなんでしょうか?」
「さあ? その答えは誰にも分かりません。彼は自分で運命を切り開いたのですから、彼次第でしょう」
僕は自分で運命を切り開いたのか。
だから今がある。
まだ一瞬も気を許しちゃいけない。
病院の検査を受ける。
息を吸ったり吐いたりする検査だった。
看護師さんからは「カミツキさん、すごいねえ。こんなに呼吸が上手だなんて」と言われた。
なんかバカにされてる感じがしたが、自分自身の身体が進化していると考えるとすごいことなのかなあと思った。
一連の検査が終わると病棟に戻された。
鍵をロックされてだ。
「どうして鍵を閉める必要があるんですか?」と尋ねると、「これは治療に必要なことなんです」と看護師さんが言った。
本当にそうなのだろうか?
鍵を閉めてまで治療をしなきゃいけないなんてどんな問題を起こしたんだろう、ここで入院してる人たちは、と思った。
僕が四人部屋に戻ると、看護師さんが僕の部屋に入ってきた。
「カミツキさん、次の検査の日程を書いた紙です。ここに置いておきますね」
紙を置くと、看護師さんはすぐさま去っていった。
なになに……一月十七日に脳波の検査、一月十八日にMRIの検査か。
どれも脳に関連する検査だ。
これで僕の進化の秘密が分かるってわけだな。
僕は納得した。
そんなことを考えている時、ある一人の患者さんが僕の方に話しかけてきた。
「私はホリニシという者でございます。カミツキさんはどんな病気でここに来られたのですか?」
病気?
何を言っているんだ?
僕が病気なわけがないだろう?
そうか、ホリニシという人は勘違いしているんだ。
ここは鍵をかけて閉鎖されている空間だ。
携帯を使うことすらこの環境では許されていない。
携帯を使ってネット検索できないこの環境じゃあ僕のことを知らない人だっているだろう。
僕は改めて納得した。
「いや、僕は病気じゃありませんよ」
「でも、ここに入院してきているということは病気という可能性が考えられますよね? カミツキさんはどんな病気かご存じないのですか?」
どんだけ病気押ししてくるんだ、この人は。
ふざけているのだろうか?
僕は堪忍袋の緒が切れそうだったが我慢して堪える。
「あ、そうだ。ゲームやってみませんか? 楽しいですよ、これ」
ホリニシさんはゲームを勧めてくる。
へえ、こんな種類のポータブルゲームがあるんだ、と感心していたら、ある思いが僕の胸を貫いた。
僕がゲームして良いのだろうか?
この思いはある考えによって張り巡らされた。
有名な僕がゲームをすると、その印象が周りに影響されてしまう。
カミツキ・タケルがこんなゲームしたんだぞー! とか、カミツキ・タケルがこんなマンガ読んだんだぞー! とか、印象操作されてしまうに違いない。
監視カメラがこの閉鎖されている病棟には設置されている。
今の僕の状態だとプラスにもマイナスにもなるだろう。
だからこの病棟にいるうちは慎重に行動しなければいけないのだ。
「あー、僕はゲームが苦手なんだ。ごめんなさい」
「じゃあ、マンガを読むのはどうです? このマンガ面白いですよ」
折れない。
この人の気持ちは折れない。
どうしてここまでしつこく勧めてくるのだろうか?
もしかして僕のことを知っていて嫌がらせをしているのだろうか?
そういう作戦なのか?
僕のことを印象操作しようとしているのかもしれない。
ここは危険だ。
僕は言う。
「ごめんなさい。今は何も見たくないのです。本当にごめんなさい」
僕はすぐさま病室を出た。
看護師さんに相談するためだ。
「看護師さん、僕の部屋を一人の部屋に移動させてくれませんか? 怖いんです。人が話しかけてくることが怖いんです。すぐ部屋を一人部屋にしてください」
「……分かりました。少々お待ちください」
病室の移動が決まった。
僕は一人部屋に移動することになった。
やっと落ち着いたと思ったら、主治医の先生が僕の部屋に入ってきた。
訊きたいことがあると尋ねられた。
「カミツキさんが今まで見たことで変だなあと思ったことを教えてください」
僕は今まで見た特異なもののことを主治医の先生に教えた。
魔女のような顔をしたジェントルマンとルービックスネークの形をした蛇などだ。
他にも様々な見たものを先生に紹介した。
「ふむ、なるほど……カミツキさん、ありがとうございます」
「いえいえ、私に協力できることなら何でも答えます」
「お気遣いありがとうございます」
先生は去っていった。
「じゃあ、私は帰るから」
母さんが僕に対して言った。
「付き添いありがとう」と僕は言った。
――夕方。
僕は薬を飲むことになった。
エビリファイという薬だ。
エビリファイという薬はどの症状にも聞くオールマイティな薬らしい。
僕は半信半疑になりながらも薬を飲んだ。
だって僕は病気じゃないんじゃなかったのか?
なんで薬なんて飲む必要があるんだ?
その思いが巡り巡っていた。
――夜。
早速、薬の効果が効いてきたみたいだ。
身体が火照って熱い。
身体を動かすのも窮屈になってきた。
全体的に怠い。
僕は監視カメラのついた廊下をひたすら歩いていた。
行ったり来たりを繰り返してる。
「カミツキさん、どうしたんですか? こんなところをうろちょろして」
看護師さんが尋ねてきた。
僕は答える。
「身体がすごく熱いんです。歩く方が落ち着くっていうか……薬の副作用じゃないんですか?」
看護師さんは答える。
「確かに薬の副作用かもしれません。ですが、廊下をうろちょろするのは他の患者さんの迷惑にもなりますのであまりそういうことはしないでください」
僕は頷いて答える。
「分かりました。今度から気を付けます」