【私小説】神の音 第20話
*
――深夜。
九時になると消灯時間になって病棟内は電気を消す決まりになっている。
僕は九時に寝れるほどの健康体じゃなかった。
だから一時ぐらいまで起きてたと思う。
久しぶりのベッドだ。
一月の十三日からずっと寝てないんだ。
僕は眠るためにベッドに寝ると声みたいなものがまだ聞こえていた。
実はこの病院に入ってからずっと聞こえていたのだ。
声に耳を傾けるとまるで祭りのようなどんちゃん騒ぎが聞こえた。
何かのお祝いのような……
「カミツキさん、頑張りましたね」
「お前は最高だ、まるでヒーローのようだよ」
「いや、ヒーローそのものだよ。こんなことを一人でやってのけるなんて……あり得ないよ!」
「あり得ないことをあり得ることにした……まるで不可能を可能にする男みたいだね!」
「騒げ騒げ! 祭りだ祭りだ! わっしょいわっしょい!」
みんな楽しそうだ。
僕も祭りに混ざりたい。いいな……祭か……。
そういえば地元の祭りに最近行ってなかったな。
久しぶりに行ってみたいものだな。
お祝いされたいと思っていたらこんな声が聞こえた。
「みんなでカミツキのことをお祝いしようよ! 今から病室に行ってどんちゃん騒ぎしようぜ!」
「いいね! やろうよ! お祝いだ!」
ちょ……ちょっと待て!
今病室に来られると色々トラブルが発生しそうだ。
僕はナースコールを押した。
「はい、カミツキさん、どうかされましたか?」
「部屋に誰も入らないように鍵をかけてください! それと見張りの人を付けて見張らせてください!」
「見張り? はい、分かりました」
看護師さんが部屋にやってきた。
「じゃあ、鍵をかけますね」
「見張りの人、絶対つけてくださいね」
「はいはい、分かりました」
看護師さんは去っていった。
本当に見張りの人がついているか半信半疑だったが鍵が付いたのでまあ良しとしよう。
僕は二、三日ぶりに床に就いた。
久しぶりの感覚が蘇った。
二〇一三年一月十六日、僕は久しぶりにベッドの上で目覚めた。
疲れが完全に取れたという訳ではなかったが、目覚めがよかったので結果オーライだろう。
目覚めた瞬間に声を探ってみる。
何か変化がないか確認するためだ。
「お、目覚めたようだぞ」
誰かの声を確認する。
まるで監視されてるようだ。
そういえばこの部屋って監視カメラがあるんだっけ。
……あー、あるある。
監視カメラがあるのを確認した。
しかし、どの部屋にも監視カメラがあるんだな。
危険を察知するためか?
僕は返ってデメリットになると思った。
だって誰かに見張られてるなんて刑務所にいるようなのと同じ感覚だって思うもん。
この病棟は見張ってなきゃいけない決まりなんてあるのか?
もしかして僕がこの病棟に入ったのって僕の行動を最後まで観察するためか?
考えられる可能性だ。
充分にあり得る。
あー、怖い怖い。
なんで僕が見張られるようになったのかは分からない。
……いや、何となくは分かるんだけど、僕が抵抗したのが原因だろ?
どうしてそこまでして僕を観察する必要があるのか?
なんでなんだろうな?
「…………」
僕は黙って思考を回転させる。
「…………」
何も出てこない。
なんでなんだろうな?
僕は思考を停止する。
「カミツキさん、朝ご飯を持ってきましたよ」
「ありがとうございます」
今、この瞬間も見張られているのだろうか?
僕は朝ご飯を食べ始める。
例えばの話だが朝ご飯を残すとする。
すると、どこかの国の貧しい人たちに申し訳ないと思わないのか? とバッシングを食らう。
「…………」
もしかしてこれは評価の戦いじゃないんだろうか?
良いことをすればするほど良い評価をもらい、悪いことをすればするほど悪い評価をもらう。
なんでこんなことになっているのかは分からないが、とにかく良いことをすればいいんじゃないだろうか?
これが見張りを突破する方法なら……これをするしかない。
まずは朝ご飯を全部食べることからだ。
「おっ、残すと思われていたサラダを全部食べようとしているぞ!」
僕のモーションに対応するように実況らしき人が騒ぎ出す。
これはゲームみたいなものなんだ。
かつてクチタニに言われた言葉を思い出す。
「お前、食べ物を残しやがったな! 残すんじゃねえ! ちゃんと口に突っ込む! 貧しい国の人に申し訳ないと思わないのか?」
ああ、これはある意味教育の賜物だなと思った。
この言葉を理解しているからこそ、今、ちゃんとご飯を残さずに食べてる。
僕は教育されてたんだなあと実感する。
でも犯罪者に教育されてたってどうなんよ?
はあ……溜息が出る。
僕は朝ご飯を完食した。
完食した瞬間、実況らしき人の声が聞こえた。
「おお、全部残さずに完食したぞ!」
「昔のカミツキ君なら残していたサラダを全部食べましたね」
「これはすごいことだ! 進化のレベルを超えているぞ!」
進化のオンパレードじゃねえか!
まあ、いい。
この調子で良い評価をもらうぞ。
僕は監視者に対応して生活することを決意した。
――昼。
昼ご飯を全部食べ終わると、どこからか歓声の声が響く。
ご飯を食べることに躊躇しなくなった。
それくらい今の生活が楽なんだなと勝手に一人で納得した。
部屋に戻ろうとすると廊下から声が聞こえた。
「あいつだけおいしい思いをして不平等じゃない?」
「そうだよ、あいつ実際何もしてないじゃん」
「なんであいつが褒められるポジションにいるんだよ? あいつのポジションはそこじゃない!」
……僕だってなんでこんなことになっているのか分からないんだ。
だから許してくれよ、みんな……。
「あいつは世界に反逆したんだ! だから実際は犯罪者なんだよ! あいつは!」
「そうだそうだ! あいつ実は全部知っているんだ! 知っているから慎重に行動しているんだ!」
「知ってなきゃ……あそこまで行動できないよ。普通はね」
本当に好き勝手言いやがるなあ。
だったら変わってやってもいいね。
ポジションチェンジしようじゃないか!
誰かー、ポジションチェンジしませんかー。
「あいつ調子に乗ってるぞ!」
「本当だ、調子に乗ってる!」
……は?
今、なんて言った?
まるで僕の思考が読み取られているみたいだった。
どういうことなんだ、いったい……。
まさか、ある機械を使って僕の思考を読み取っているのではないだろうな?
う……
「うわああああああああああッ!」
「……! どうしたんですか?」
「怖い! 怖い怖い怖い怖い!」
「一体どうしたっていうんですか? カミツキさん、落ち着いてください!」
「お前ら、ふざけてんじゃないだろうなあ? 盗聴器なんてどこに仕掛けたんだ!」
「……は?」
「言え! 今すぐ言え! さもないと……うわああああああああああッ!」
「カミツキさん、落ち着いてください! カミツキさん! カミツキさん!」
なんでこんなことが平然と行われても平気なんだ?
頭おかしいんじゃないのか?
俺にいったい何をさせたいんだよ、お前たちは!
「先生、この状態は非常に危険です!」
「ああ、今すぐ保護観察室に入れよう」
――ここは……一体どこなんだ?
保護観察室というところに入れられた。
鍵をロックされて。
どういうことなんだよ、いったい。
僕に説明してくれよ。
頼むからさあ。
僕は叫んだ。
「出せよ! ここからとっとと出しやがれ!」
扉を何回も叩く。
看護師さんは気づいているようだったが無視をする。
なんでなんだよ!
保護観察室の中を見回すと監視カメラがついていた。
ここもかよ。
僕は絶句した。
何も言えなくなった。
「何か戸惑っているようですね」
誰かがそう言った。
それもそうだ。
この部屋にはトイレが設置されている。
トイレをすることですら監視カメラで監視されるのだ。
恥ずかしいったらありゃしない。
僕はベッドに寝っ転がった。
今にも寝ようと思った瞬間にこう言われた。
「あれれー? 社会人は今寝る時間じゃありませんよー? 何をしようとしているのかな?」
おいおい。
寝ることすら決まりがあるのかよ?
ふざけてんのはどっちだか。
いい加減にしてほしい。
僕は規則正しい生活を送ることを心掛けた。
周りから見てよく見えるように。
ストレスはマッハで溜まっていったが――
――夜。
九時あたりになるとバラエティー番組らしき音声が流れた。
内容は「創造神ミラとはいったい何者なのか?」というものだった。
この番組にはワタリさんらしき人が出ていた、が、音声には加工が加えられていてワタリさんの声とは似ても似つかないものだった。
ワタリさんは創造神ミラの彼女として出演していた。
まだ告白すらしていないはずだが……まあ、告白する気が一応あったので良しとしよう。
「創造神ミラについてどう思いますか?」
司会者らしき人がワタリさんと思われる人に質問を投げかける。
ワタリさんらしき人は答える。
「私は優しい人だと思います。誰にも傷をつけない……優しさを持った人だと思います」
「ほお、彼は今日病院の中で暴れたそうじゃないですか。そんな人に優しさなんてあると……そう思うのですか?」
愚問だなと僕は思った。
僕はその時混乱していたんだ。
お前たちが思考を読み取る機械なんか使ったから。
お前たちが僕を暴れさせたようなものじゃないか。
ワタリさん……らしき人は答える。
「彼は戸惑っていたのだと思います。自分が何をしたのか認識してないから……彼はまだ何も分かっていないのです。だから彼のことを責めないでやってください!」
ワタリさん……。
ありがとう、ワタリさん。
僕のことを庇ってくれて……本当にありがとう。
「……彼女は庇っているみたいですが、本当にそんな人物なんでしょうか? いや、神物かな? 創造神ミラさん! プッ……クックックッ」
司会者らしき人に思いを踏みにじられたなと思った。
僕はワタリさんに支えられている。
それだけでも充分だ。
僕は生きていける。
これからどんな展開が待っていようとも。