【私小説】消えないレッテル 第4話
*
三回目の街コンはカラオケ店に設置されているパーティー会場だった。
今までの街コンとは違い、少し豪華? なのではないだろうか。
今までの街コンは閉鎖的な狭い居酒屋だったから、今回の開放的なパーティー会場ならば、また違った出会いがあるのかも、しれない。
賑やかな感じで、いわゆる普通の人は抵抗なく今回の環境を受け入れることができるだろうが、私は、この場の雰囲気に慣れていないので、ちょっと緊張していた。
「これから街コンパーティーを始めます! 座席を決めたいので、くじを引いてください!」
司会の方がくじ引きの箱を用意してくれていたので、私は、それを引き、その座席に着席した。
私の目の前に細い目をした女性が座る。
正直、好みではないのだが、うまく話ができるように接しなければいけない。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「あの、お趣味は、なんですか?」
「お趣味? アニメですかね」
「アニメですか! へえ、アニメ好きなんですね! 僕、結構アニメ観てるんですよ!」
「結構、アニメを?」
「えっ、なにか?」
「アニメって、ジブリのこと、ですよね?」
「は?」
「もしかして、ジブリじゃないアニメを見てるってことですか?」
「そう、ですけど」
「ジブリ以外を見てるなんて、ほんと気持ち悪いんで、向かい側にいるだけで不快なんで、はぁ、ほんと、きも。もう話しかけないでください」
ぶっ殺すぞ。
この感情を表に出すことはしなかったが、ここで、ようやく私は、すべてを悟ったような感覚になる。
細い目をした女性と席替えしたのだが、次の女性はイケイケのギャルだった。
「お疲れ様です」
「お疲れ~! なんの仕事してる?」
「えっと、事務系の仕事をしてます」
「事務系ね。正社員?」
「いえ、有期契約社員です」
「有期契約社員? なにしにここへ来たんですか?」
「へっ?」
「正社員じゃない男が街コンに来るなんて論外ですよね~! 正社員じゃない男が婚活なんて現実、見えてますか~! 時代遅れにも程があります~! 冷やかしにでも来たんですか~! お帰りください~! お疲れ様でした~!」
オタクに優しいギャルなんかいない。
私がイケメンだったら、こんなことを言われずに女性に黄色い声を浴びせられていたであろうに。
それが私の現実として目の前に結果として残らないということは、私は女性のお眼鏡に叶う存在ではないということだ。
とりあえず、私は絶対に正社員になることをめざすことにした。
そうしなければ、女性に恋愛対象として見られないことを知ったからだ。
今の会社で正社員になるしか、私の婚活に道はない。
そのように悟った私は、格差社会の不条理さを感じながら、街コンに参加することをやめた。
パーティー会場で結ばれた者は、いないような感じがした。
今日はイケメンがいなかったのだ。
女性たちは不機嫌そうに帰っていく。
よく女性は男性のことを顔で判断していないというが、本当にそうなのだろうか。
私には嘘に思えてならない。
なぜなら、今日、ここで出会った女性たちは私たち男性を顔で見ている感覚があったからだ。
いや、それは、お互い様か。
しかし、街コンに参加している女性たちというのは、優しく接しようとしている男性の気持ちを無下にするような、そう、たとえば「イケメンじゃねぇのかよ」みたいな態度を隠さずに対応するから、こちらとしても、女性たちを無下に扱いたい気持ちを表に出すだけで「ハラスメントだ!」と主張するのだろうか。
女尊男卑だか男尊女卑だかの四字熟語が浮かぶけれど、一概に「お互い様である」という言葉で片付けたくないような気持ちになるのは、なんでなんだろうな。
この三回目の街コンを最後に、私は婚活的な活動をやめることにした。
この経験を、なにかに活かせる感じがしなかった。
私は、この三回の街コンで、なにか成長したのだろうか。
正直、女性に対する不信感が募るばかりのイベントだったような気がする。
ただ、私は街コンだけで女性の不信感が募ったわけではないのだが、そう、街コンだけではなく、マッチングアプリで彼女を作る可能性も考えていた。
だが、過去に数少ない友人として接している大学の後輩と話したとき、「マッチングアプリは秒で消してください! プロフィールに書いてある情報が正しくない場合が多いんです! ヘタしたら離婚して実は子供いました、てへっ! って可能性があるんですよ! そういうのに引っかかっていいんですか?」と言われていたので、私は、すべてのマッチングアプリをアンインストールした。
これで完全に婚活を終わらせた私は再び職場に戻る。
そうだ。
私は恋愛ステータスが何も変わらないまま、職場に戻ったのだ。
*
結局、私は進歩した感じがせず、また、いつも通りに職場で働いていた。
当たり前すぎるくらいに。
私は特性を持ちながら社会の歯車になろうとしている。
私は斜め向かいにいるゲンショーさんを見る。
彼女も、いつもの通りに仕事をしていた。
美しいゲンショーさんを見るだけで目の保養になる感じがある。
このまま、ずっと、時間が止まればいいのに。
なんてわけにもいかず、お昼休憩の時間になる。
私は、またゲンショーさんに声をかける。
「あのさ」
「はい」
「こんなことを言うなんて、変だと思うけどさ、女性って難しいね」
「はあ、どうしたんですか?」
「いや、ゲンショーさんは、俺と接してて、もう、わかってるかもしれないけど、俺は、女性慣れしてないんだ」
「はい?」
「だから、どうしたら、女性に慣れたらいいのかな、って思うときがあるんだ。どうしたら、いいと思う?」
「私で、よかったら、話し相手になりますけど」
「えっ?」
「私、この職場にいるとき、カミツキさんと話せて、嬉しいですから」
「それは、ほんとに?」
「ええ」
「うっ、うう」
「どうかしましたか?」
「ありがとう、ございます」
「どういたし、まして?」
「そろそろ休憩、終わるね。ごめんね」
「いえ、いつでも、どうぞ」
そう言って、彼女は仕事へ戻っていく。
私は、また、ゲンショーさんに惹かれ始めようとしていた。
*
今日のゲンショーさんの発言にハートをキューピッドの矢で貫かれたことにより、私は帰ってからゲンショーさん似のAV女優で自慰行為をし始め、もう浮気なんかしないという謎決意を心の中に刻み込み、私はゲンショーさん教(仮)の信仰者へと生まれ変わった。
ゲンショーさん、いや、オリエちゃん、好き、好き、大好き、めっちゃ愛してる。
この感情をいきなりオリエちゃんに向けると不審者になってしまう。
実際に言ってしまったら、なにハラスメントになるんだろう?
しかし、そんなことを思っていても仕方がない。
オリエちゃんに告白しなければ。
そうでもしないと私は前へ進めない。
今の私は恋愛に臆病になっている私ではないのだ。
けど、まだ決断ができる状況ではないのは確かだ。
そのきっかけをまだ見つけられない限りは、なにかをしちゃいけない気がする。
悶々とする、この日々から脱却する方法は、ないのだろうか。
*
翌朝、会社に入ると辞令が発表された。
「ゲンショー・オリエです。総務部の皆様、お世話になりました。隣の経理部のほうへ行っても、がんばりますので、変わらず接してくれると嬉しいです。ありがとうございました」
私の心に悲しみの感情が芽生えたが、この瞬間、私の頭の中に閃きが生まれようとしていた。
このタイミングでゲンショーさんに想いを告げるしかないと思ったのだ。
今度、ゲンショーさんのお別れ会があるので、私は、そのときにゲンショーさんを誘うのだ。
「少し話しませんか」と。
そして、告白するのだ。
「付き合ってください」と。
だが、ゲンショーさんに彼氏がいる可能性を考えなくてはいけない。
それに対して、できることは、そうだ。
ハンカチだ。
ハンカチをプレゼントすることには意味がある。
お別れのときに渡すハンカチは「さよなら」を意味するとネット記事に書かれていた。
どちらかといえば、九分九厘の確率で付き合えないだろうと考えていた私は、最後に送るプレゼントとしてハンカチがよいと思い込んでいる。
相手がどのように捉えるかは別にして。
私は通販サイトでブランドものの水色のハンカチを購入し、お別れ会に備えていく。