【私小説】神の音 第5話
*
――翌日。
僕はクチタニ君の写真を見せるために学校に来た。
もちろん勉強にもしに来たが……。
早速ターゲットを見つけた。
僕に生意気を言ったヤウチさんだ。
僕は「やあ」と挨拶を交わし、こう言った。
「ねえねえ、この人イケメンじゃない?」とクチタニ君の写真を見せながら。
ヤウチさん首を横に振ってこう言った。
「いきなり何? この人怖いだけだよ。話の振り方が下手。だからトモエに振られるんだよ」
イメージ通りに行かなかった。
クチタニ君は罪な男だ。
彼の素晴らしさは世界一なのに誰にも認めてもらえないなんて。
僕はクチタニ君がイケメンだということを知っていた。
だけど自分の浅ましさがクチタニ君を苦しめていたのだ。
僕はクチタニ君に感謝をしなければならない。
クチタニ君に気づかされたのだ。
自分がナルシストだということを。
僕はクチタニ君の素晴らしさを世に伝えたいと思った。
こんなことをしても何にもならないと思うかもしれない。
でも、伝えたい。
彼がこんなにも素晴らしい人物だということを。
僕は思いのたけを彼女に伝えたかった。
でも、それが通用しないと思い、僕は言うのをやめた。
「……どうしたの? 深刻そうな顔をして」
ヤウチさんが言った。
「深刻なんかじゃないよ。僕は写真の彼に同情しているんだ。彼の気持ちを理解できない人がいるなんてね」
それを言った時、ヤウチさんの顔は何か違うものを見ているような顔になった。
「洗脳でもされた?」とヤウチさんは言い、まじまじと僕の顔を見た。
洗脳?
いったい何のことだ。
僕にはさっぱりだった。
「彼に何か言われてるの?」
ヤウチさんが心配そうに僕を見ている。
いったい何がどうしたというのだ?
「……まあ、いいわ。私には関係のないことだし」
おいおい。
結局なんだっていうんだ。
僕は彼女のことを疑問に思った。
「そんなことより勉強しましょ。良い大学に入りたいんでしょ」
彼女の言葉は前向きだった。
僕は前向きな彼女に同意した。
そして、僕は「頑張ろう」と心に決めた。
僕と彼女が口論を交わさなくなった後、カジ君とブツダ君が進路指導室に入ってきた。
「よっ、何してるんだい?」とカジ君が言ってきた。
僕は相槌を打った後、クチタニ君の写真を見せた。
「その写真がどうかしたのかい?」とカジ君が応えた。
僕はカジ君とブツダ君にも写真のことを説明した。
「この人イケメンだと思わない?」と僕は改めて言った。
すると、カジ君とブツダ君が顔を見合わせて、
「「お前はいったい何を言っているんだ?」」と言った。
僕はどうしてそのような答えが返ってくるのか、その時はまだ何も分からなかった。
――夕方、僕は「コーポ石畳」に戻ってきた。
「コーポ石畳」の部屋に戻ると、クチタニ君が僕の部屋にいた。
クチタニ君は何か答えを求めているようだった。
僕はクチタニ君に言われた写真の答えの結果を教えた。
「写真を見せたんだけど、みんなあまり評価してくれなかったよ」
「……え? そんなはずはないけど……。そうか。写真写りが悪かったんだ。実物を見たら『イケメン』だと言い出すだろう」
クチタニ君は自信満々の顔でそう言った。
そして、僕の前でこう言った。
「お前みたいな『不細工』に生まれなくて本当に良かったよ。お前の顔に生まれたら『罰ゲーム』か? と懺悔するだろうな。『なんでこんな顔に生まれたんだ』ってな」
僕はその言葉に同意した。
自分がどうしようもなく情けなくて、苦しくなった。
何だろう?
この感情は……。
僕は自分自身がものすごく卑猥なものだと認識するようになった。
それがすごく辛いものだと分かる。
でも、この認識が誰にも思われていることなので「当然なんだ」と思うようになった。
僕は情けなくものすごく汚い人間なんだ。
それに比べてクチタニ君は違う。
僕はクチタニ君を超えることはできない。
それは誰にでも分かることで当たり前なんだ。
ルックス、スタイルから見てもクチタニ君は絶対的な魅力を持っている。
だから僕はクチタニ君に従うことになる。
絶対的な服従。
それがクチタニ君から僕に発せられた使命なんだ。
僕はそう確信した。
だから僕は頷きながら言った。
「そうだね。僕はクチタニ君を超えることはない。それが真実なんだ」
クチタニ君は頷いた。
そしてこう言った。
「ああ、そうさ。お前は俺を超えることはない。そしてお前は俺に感謝しなきゃならない。人生を分からせてやったのさ。諦めと謙虚な心をな」
僕は頷いた。
そして誓った。
絶対的な服従を。
夏休みが終わり、秋の季節に移り変わっていった。
二〇一〇年九月、僕はクチタニ君の命令を何でもこなしていた。
肩を揉めと言われたら肩を揉み、食べ物買ってこいと言われたら食べ物を買ってきたり、お前は床で寝ろと言われベッドを差し出したり、クチタニ君のサポートは何でもやった。
クチタニ君は社会のことには何でも知っているようだったので社会の規範を教えてもらったりしていた。
僕はそんな生活は嫌だったが、僕が頼りないせいで、クチタニ君を苦しめていたのなら、僕は彼に何をしてやれるだろうと必死だった。
だから僕はクチタニ君の言うことを何でも聞いていた。
クチタニ君は言った。
「俺はお前に何でもしてやっているけど、お前は俺に何かしたか? 俺のために何ができる。何もできないだろう? だからお前は俺に感謝をしなければならない。それは一億円以上の価値がある。だからお前は俺に人生をかけてお礼をしなくちゃいけないんだ」
僕はそれに従った。
どんなに殴られても僕はクチタニ君に従った。
自分が情けない人間だからだ。
自分が最初の高校に中退することになったのは自分のせいなんだ。
本当は僕自身が気合を入れて通わなければならなかったからだ。
なのに僕はそれに気づかなかった。
僕は心の奥底で誰かに良い顔をされたいと思っていた。
それが間違いだったのだ。
誰かにどう思われても僕は僕なんだ。
誰にどう思われようが関係ない。
僕には自分の意志がなかった。
絶対に曲がらない頑丈な意志が欲しい。
僕は変わらなくちゃいけないんだ。
そう心に誓った。
僕はクチタニ君から学ばなくちゃいけないんだ。
自分の意志がクチタニ君に従うように……。
僕はクチタニ君にお礼を言わなければならない。
自分をここまで変えてくれた彼に……。
だから僕は彼に従うようにならなくちゃいけないんだ。
そう思った。
僕はいつの間にかヤウチさんに惹かれるようになった。
二〇一〇年十月、僕はいつものように進路指導室に向かった。
理由は、ヤウチさんに会えるからと思うからだ。
僕の心変わりは早かった。
トモエちゃんの思いは段々と僕の中から消えていった。
僕は酷いことを言われる人に惹かれていく習性があるみたいだ。
ああ、なんで僕はこんな感じなんだろう?
僕は惹かれる相手に問題があるのだと思った。
ヤウチさんは相変わらず僕に酷いことを言うし、トモエちゃんも内心ドSだ。
僕の惹かれるタイプは大体こんなのばかりだ。
もう、内心は本当にうんざりしている。
僕の心は本当どうかしてるんじゃないか?
あーあ、本当に嫌になっちゃうな。
でも、それでも、好きな相手なのは変わらないから、僕は改めて二度目の告白を決意した。
そんな時だった。
「ねえねえ、タケマルさんってカミツキ君のことが好きになったみたいだよ」
「嘘ッ! そんなことはあり得ないよ」
「本当だって! 私、話を聞いてしまったんだって! タケマルさんのカミツキ君に対するあ・つ・い・お・も・い・♪」
「マジなのか? カミツキやるなあ」
僕は聞いてしまった。
タケマルさんの噂話を。
それが本当の事実なのか疑う余地は十分あったが、僕は改めてメールをする価値はあると思った。
でも、それが嘘だったら……。
僕は注意深くなりながらも、その言葉を少しは信じてみようと思った。
でも、やっぱりメールはしないよ?
フフフ、僕は騙されないからな。
僕は進路指導室に入った。
進路指導室にはブツダ君とカジ君がいた。
ブツダ君は深刻そうな顔で僕を見つめた。
僕は「どうしたの?」と言いながらブツダ君の顔を見つめた。
何かあったのだろうか?
「お、お前が……」
お前?
「お前が、ヤウチのことを……」
ヤウチ……さんのことか?
僕は彼が何を言おうとしているのか理解を示し始めた。
「……よせ、ブツダ!」
「……カジ! だって……だってよ……」
僕は認識した。
彼がヤウチさんのことを思っているんだと。
ああ、なるほどなあ、と僕は思った。
「……大丈夫だよ」
「……カミツキ……大丈夫ってどういう……」
「僕はブツダ君が思っているようなことは思ってないよ。僕は大丈夫だから」
ああ、そうさ。
大丈夫だ。
「だから心配しないで。彼女に思いを伝えるのは君の方だから」
「カミツキ……」
僕は自ら幕を下りることにした。
ヤウチさんとの恋愛を拒否したのだ。
なんて言ったらいいのだろう?
恋愛を拒否したといっても恋愛のれの字も経験していないが、僕はどこか満足していた。
まあ、恋愛なんて人生においてちっぽけなものなんだ。
気にしないでおこう。
僕はブツダ君とヤウチさんを応援することにした。