【私小説】神の音 第17話
*
――夢を見た。
いや、夢なのか疑わしい。
現実なのかもしれない。
黒い蛇が僕の周りに纏わりつく。
蛇はルービックキューブの亜種、ルービックスネークのような形をしていた。
直角二等辺三角柱が連なっている形をした蛇は僕の目の前で暴れだす。
僕に襲ってくるように。
怖い。
この感覚はいったい何なのだろう?
蛇はだんだん大きな球体になっていき、僕を襲うかのような動きをしてくる。
球は僕の周りをひたすらうろつく。
まるでストーカーのように。
そんな感覚から目覚めた瞬間、僕は携帯にメールが届いているのを確認する。
『元気だよ』
このメッセージが届いたことにより、僕の身体は回復の兆しが芽生えた。
それくらいこのメールが与えた影響は大きかった。
この瞬間、時間は午前二時を回っていた。
二〇一三年一月十三日、僕はワタリさんにメールを送る。
『最近、身の回りで変なことが起きていないかい?』という心配したメールを。
返事はすぐに返ってくる。
『起きていないよ。一体どうしたの?』
この返事を見て僕は安心した。
彼女の周りでは何も起きていないんだ。
でも、どうして僕のいる場所には彼女の情報が流れているんだろう?
僕は返事を出す。
『そうか、ならよかった』
返事は返ってこない。
それもそうか。
彼女の周りでは異常は感じられないのだから。
僕はこの先、対抗できる策を探った。
僕に対する集団ストーカーが法律で訴えることができるかもしれないからだ。
……そうだ、念には念を入れて経済のことも調べておかなくちゃ。
ワタリさんにメールをする。
彼女が商業高校出身だからだ。
『経済の参考書、まだ家にありますか?』
メールが返ってくる。
『ごめん、専門学校に入学した時に全部捨てちゃった。何に使うつもりだったの?』
僕は返事をする。
『もしもの時のことを思ってね』
メールを送信した。
向こうは何も知らないのだろうか?
僕は辺りを見回す。
声がする。
「ねえねえ、この掲示板を見て」
「うわあ、カミツキ・タケルの履歴がびっしり載ってるぞ」
「コラ画像まである」
「悲惨だあ」
僕の情報がネットに載っているのか。
どういうことだ、いったい?
何が起きているんだ?
僕の携帯にメールが届く。
『カミツキ君、少し疲れているんじゃない? どこかへ行って休息した方が良いと思う』とハートマークが付いたメールだった。
疲れている?
まあ、確かに疲れが出ているような気もする。
でも、それがどうしたって言うんだ?
もしかして、これはお誘い?
メールにハートマークが付いてるし!
ワタリさんが僕のことを誘っている?
そうだ、ワタリさんが僕のことを誘っているんだ!
やった!
嬉しい!
女の子と初めて旅行をするんだ!
そしてあわよくばあんなことやこんなことをして……ムフフ、やったぞ!
大勝利!
僕はメールを打ち出す。
『うん、実は最近学校の先生から休息した方が良いって言われてたんだ。じゃあ、どこへ行こうか?』
メールを送信する。
するとすぐにメールが返ってくる。
『うーん、長野のスキー場はどうかな? 身体を思いっきり動かすの』
うーん、何か違う。
僕は思いっきり身体を休ませたい気分だった。
だからメールにこう書いた。
『身体を思いっきり動かすのはちょっと……身体を思いっきり休ませたいな!』
メールを送信する。
またすぐに返信が来る。
『じゃあ、温泉にしよっか! ちょっと待っててね!』
温泉……ってことは一緒に混浴とかしたりするのかな?
ワタリさんと二人で温泉……悶々としてきた!
僕は妄想を止めなかった。
ひたすら「ワタリさんと温泉♪ ワタリさんと温泉♪」と唱えていた。
僕の妄想は止まらない。
ムフフ、グヂュグヂュしてきた。
何がグヂュグヂュしてきたのかは言わないが――
電話がかかってくる。
相手は知らない番号の人だ。
電話に出る。
『……はい、もしもし』
『カミツキさん、おめでとうございます! あなたはこの番組の当選者になりました! 温泉旅行をプレゼントしたいと思います!』
番組?
温泉旅行?
一体どういう意味だ?
『あなたはいったい何を言っているんですか?』
『何をって……言葉通りの意味ですけど何か問題が?』
監視?
監視なのかこれは?
監視されているのか?
僕は急いで電話を切った。
何が起きているんだよ、いったい……。
電話がかかってきたことに対して思った。
彼女は……ワタリさんは大丈夫なんだろうか?
僕は急いでメールする。
『ワタリさんの周りで……本当に何も起きていない? 僕は心配なんだ! ワタリさんのことが……だから返事を下さい。本当に今、何が起きているのか? 僕はワタリさんを守ります。絶対に。何があっても』
送信する。
送信した瞬間、世界が割れた感覚がした。
この世界に何が起ころうとしているのか?
僕はまだ知らない。
*
上月傑。
一九九一年五月二十四日生まれ。
双子座のAB型。
二十一歳独身。
身長は百六十五センチ。
体重は六十キロ。
これが僕のプロフィールだ。
カミツキは上の月と書いて上月。
タケルは傑と書く。
昔、ある人からこう言われたことがある。
カミツキって苗字は神様が憑いているみたいだね、と。
僕はこう言われた瞬間、こう思った。
自分には本当に神様が憑いているのかもしれない。
なぜなら自分は誰よりも特別な感性を持っていると言われたことがあるからだ。
特別な感性……それは感覚的なものだ。
自分の感覚は人とは違う。
人ならざるものかもしれないということ。
つまり、人じゃないかもしれないということだ。
僕は幼少のころに化け物扱いされたことがある。
よく泣いて、泣いている泣き声がゾンビみたいだと言われたことがある。
僕はこの瞬間から人ならざるものだったのかもしれない。
傑はひときわ優れる、ひときわ優れた人、という意味がある。
この名前の由来は僕の死んだおじいちゃんから頂いたものだ。
おじいちゃんは漁師だった。
漁師だった由縁の名前だ。
海を切り開く傑物のような人物になってほしいというのが由来だ。
漢字の名前の読み方には、スグル、タカシ、タケシ、マサルなどの読み方があるが、タケルにした理由はひときわ長ける人物になってほしいという願いを込めてだと思う。
そんな僕は今、世界の危機に立ち向かおうとしていた。
世界が滅びる瞬間が来ることをこの感覚が感じたんだ。
だから僕は戦う。
この世界を守るために。
妄想。
これは妄想なのかもしれない。
自分の頭の中で自分のプロフィールや世界の危機に陥ってる情報が流れ出す。
これはいったい何なんだ?
悩む。
悩み続ける。
時間はもう午前一時を回っている。
十三日からずっと起きていたことになる。
今日は十四日だ。
一月の。
電話がかかってくる。
電話の相手は……コウ君だ。
『もしもし』
『やあ、タケル久しぶり! 元気にしてた?』
『元気というほどでもないよ。……それよりも聞きたいことがある』
『何だい?』
『僕の情報を知っている人はコウ君の周りにどれくらいいる?』
『そうだね……たとえ情報を知っていたとしても、タケルに興味がある人はそんなにいないんじゃないかな?』
『そうか……そうだよね。ありがとう、コウ君』
『いえいえ、そんなに気にすることはないよ。じゃあね』
『バイバイ』
電話は切れた。
僕がこれからどうするべきなのか……コウ君が教えてくれた……ような気がする。
他人はそんなに僕のことを気にしていない。
だから僕は前へ進むしかないんだ。
やるべきことは決まってきた。
僕はやる。
やってやる。
今、起ころうとしている何かに僕は立ち向かうんだ。
「今すぐテレビを見てくれ!」
僕が住んでるアパートの上の階から声が聞こえる。
「こっ、これはッ!」
「カミツキ・タケルの情報がテレビに流れているぞ!」
「どういうことなんだよ、これは……」
「彼が何かしたってことなのか?」
「さあ? 彼が何かをしたからこんなことが起きたんじゃ……」
僕は何もしていない。
それだけは言える。
だが、この状況は好ましいものじゃない。
何とかしなければいけない。
どうする?
どうするんだ、カミツキ・タケル!
この世界は僕に呪いをかけたのかもしれない。
それだけは分かる。
でも、そんなことをして何になるというのだ。
僕は呪いを受け止めきれるような器じゃない。
僕は神様じゃないんだ。
聖書に出てくるような十字架を背負っちゃいないんだ。
僕は作戦を組み立てた。
今の状況でどう判断すればいいのか考える。
上の階にいる人はテレビの実況、掲示板の状況を流してくれる。
情報はここから理解すればいい。
僕はテレビを見れない。
怖くて見ることが億劫だからだ。
情報は上の階からで充分だ。
後、ワタリさんがどこにいるのか?
あのテレビ局らしき電話はワタリさんの携帯からのものに違いない。
ということは、ワタリさんはテレビ局の中枢部にいるはずだ。
ここから結論するにワタリさんの携帯がテレビ局を繋ぐためのツールになる。
ワタリさん=テレビ局と思っていいだろう。
そこから結論するに僕がこれからする行動は……
僕は空気を指で十字に切り裂いた。
イメージしろ。
イメージするんだ。
考えろ……考えろ……ここから導き出される結論は……これだ!
僕は声を高らかに上げて言った。
「上の階の人たちに告ぐ! これからテレビ局にこの情報を拡散しろ! カミツキ・タケルの情報を全テレビ局に流出しろ……と!」
「こいつ……まだ寝てなかったのかよ!」
「どうする?」
「どうする……ってやるしかないでしょ!」
「あいつは……やっぱり何が起きているか分かってないんだ! 伝えてみよう、みんなに!」
上の階の人たち、ありがとう!
僕は心の中でそう告げた。