【私小説】閉鎖の真冬 第4話

  *

 第三次TK革命とは、僕が三回目の入院をしてしまうことであり、それ以上でも、それ以下でもない(革命とは?)。

 二〇二〇年十二月二十一日(月)、僕は、ある病院へ診察に来ていた。

 あまりにも調子が悪すぎて、脳が痛かった。

 適応障害と呼ばれる特性が、会社に所属しているころに発覚した。

 会社での合理的な配慮のなさが、その特性を引き起こした原因だった。

 僕は、そのとき、小説を書いていた。

 けど、どうしようもなく調子が悪いから、中断してしまったんだ。

 ある小説家の方々にアドバイスをもらっていたのだが、その出来の悪さが目立っていたので、そのアドバイスを無視し、結局なにもできないまま病院で診察する羽目になった。

 その日は僕の脳内映像がラグることが多く、とても会社で働くなんて難しいモノに思えてしょうがなかった。

 僕は目から涙があふれて仕方なかった。

 僕の現状は不幸なのか否か。

 確かめるすべは、あるのか?

 僕だけの答えは、僕の脳の中にあった。

 ゲームみたいに感じてしまうのは、脳が「ゲームである」と認識しているからだろうか?

 わからないけど、そうかもしれない。

 人は自分の脳で感じ取れるモノしか感じ取れない生き物なので、その映像は、その人にとっての真実なのだ。

 だから人の過去は変えられない、ということになるわけだが……。

 ……脱線した。

 で、今は診察をおこなっているところであって、とてもシリアスな状況だった。

 涙が、止まらない。

 あの会社のことを考えるだけで、頭が痛くなる。

 五年間、あの会社のために懸命に働いてきたのに、あの会社は僕のクビを切ったんだ。

「障害者のための合理的な配慮をしている」と、口だけは達者な企業の割には、目の前の従業員のことを見ようとしない、クソ企業だった。

 五年間、ほぼ変わらない給料で働いてきた僕に恩恵はないのか?

 そういう思いで、いっぱいになってしまう。

 ダラダラと涙が出てくる。とにかく、止まらない。

 そんな現状が目の前にあり、それをどうすることもできない僕は水の入ったペットボトルを診察室の中で投げつけてしまう。

 投げつけたペットボトルは、急に消えた。

 ――いや、急に現れた。なぜだ?

 魔法でも起こってしまったのかのようにペットボトルが消えたり現れたりしてしまう。

 涙が止まらない。川のように目から流れていく。

 僕の出来事は、これだけではない。

 主治医から、信じられない言葉が飛び出してくる。

「カミツキさん、入院しましょう」

 どうして?

 どうしたら、そんな言葉が、でてくるんだ?

「……嫌、です」

「これ以上、カミツキさんの状態が悪くならないように言っているんです」

「あんまり、です。僕には、もっと、やるべきことがあるんです。小説を書かなければいけないし、仕事もしなきゃいけない。まだまだ、やるべきことは、たくさんあるんです」

「モノを投げつけるようじゃ、ダメでしょ。入院しましょう」

「嫌……ダメです。僕は、もっと、がんばらなきゃいけないんだ! こんなところで足踏みしている場合じゃない。じゃ、そういうことで!」

 診察室を出ようとする。ダッシュで逃げる。

 目の前に現れたのは父だった。

 僕は膵臓を手術で切り取った父のおなかを殴った。

 ごめんなさい、とは思った。

 僕は親不孝者だけど、そうせざるを得なかったんだ。

 そうしなければ、明日がない。

 病院の看護師が僕の腕を拘束する。

 やめろ、離してくれ。

 これ以上、僕を苦しめるな。

 頼むから、僕の自由にさせてくれ。

 僕は悪い人じゃないんだ。

 なんの罪も罰もないんだ。

 だから、あんなところへ、閉鎖病棟へ連れて行かないでくれ。

「やめろおおおおおっ! こんな偽りだらけの世界で、僕は生きたくないっ! これ以上、僕を不自由にさせるなあああああっ!」

 願いは、届かなかった。

 僕が連れられた場所は牢獄のような場所だった。

 なんの罪も罰も犯していないのに、どうして、こんなことになってしまうのだろう?

 牢獄のような場所の扉を見る。

「Open The Door」と爪で書かれた文字がリアルだった。

 本当に、牢獄のような場所だった。

 ここから「三回目」が始まった。

 これが第三次TK革命の始まりである。

  *

「オーソージ! オーソージ!」

 うるせえ。

 二〇二〇年十二月二十二日(火)、入院してから一日が経過している。

 なんだか同じことを繰り返し言っている口あんぐり男が、僕の牢獄前でウロチョロしている。

「Open The Door」の文字を見る。

 ……みんな、そう思ってるよな。

「死にたい」の文字もある。

 僕も死にたい。

 どうして、なんの罪も罰も受けていない僕が、この牢獄にいるのか? ……理解不能だ。

 通称「オーソージ男」(僕が付けた)は、いつまでも「オーソージ」しか言わない。

 脳みそに「オーソージ」しか入ってないのか? 語彙力皆無なの?

 とにかく、僕の牢獄でウロチョロするのは、やめてほしい。

 おまえの頭を「オーソージ」するぞ。いや、もとからされてるんだっけ?

 一日しか経過していないにもかかわらず、用意されているモノは段ボールでつくられた机、容器に入った水と麦茶(?)……それと新聞が一部。

 目の中に見える幻、耳の中に聞こえる幻、僕の中では確かに本物だった。いや、本物である。

 統合失調症、適応障害のせいでズキズキと痛む脳みそを手で押さえる。骸骨と皮膚で、しっかりとコーティングされているにもかかわらず、その痛みは止まらない。

 牢獄での時間の流れは、ゆっくりだった。

 一日が、こんなにも長いなんて、働いている当時からしたら信じられない。

 要は超ヒマ、ということだ。

 なにもできやしない。

 メガネは、現在の病状的にオススメできないということで没収させられている。

 幻の感覚が、すごく、ひどい。

 手から謎の線が見える。

 透明な糸だ。

 手と腕、足と脚、いや、体全体の気の流れが見えるようだ。

 細く、細かい線が僕を覆っている。

 魂の流れというべきなのか?

 幻の感覚だから、実際のモノではないんだけど。

 そんなモノが見えたところで、ヒマなのは変わらない。

 四方に壁がある。

 ヒマだから、手でリズムを刻んでみる。

 昔やっていた、ある祭りの、太鼓を叩くリズムで、久しぶりに、指を動かす。

 タカタカタカ……、タン!

 うまくできたかもしれない。

 監視カメラから、声が聞こえる。

『すごい! 天才だ!』

 幻の声だ。

 だから本物でないということは、わかるのだけど、僕の脳では本物のように聞こえるのだから仕方ない。

 幻だとは、わかっていても、どうしようもない事実だ。

  *

 ――三日後、二〇二〇年十二月二十五日(金)。

 もしかしたら、どこかの彼と彼女が、どこかのホテルでベッドインしているかもしれない……新型コロナウイルスが蔓延している今だから、それは、ありえないか。

 もし、僕が好きな彼女がベッドインしていたら嫌だなあ……!

 それがありえるのが現実世界というモノで。

 その日は雨だった。

 間違いなく、雨だった。

 だけど、僕は、なんらかの力を使ったような感覚が生まれた。

 太陽を、二本の指で持ち上げた?

 キリスト教の教祖、イエス・キリストの生誕日でもある十二月二十五日は、とても記念的な日なのだ。ホワイトクリスマスっていうじゃない。今年はホワイトじゃなかったけど。

 話を戻そう。

 僕は、この手で太陽を持ち上げた。

「ギャー! 太陽が! 太陽が! こっちに向かってくる! 燃える! 助けて!」

 同時に主治医の先生も見ていたのだが。

「雨ですが……」

「いや、よく見てください! 晴れです! 快晴です! むっちゃ太陽、近い!」

「……晴れてきましたね」

「そうでしょう、そうでしょう。アレは僕が晴らしたんです!」

「……はい?」

 なんで、そんなにキョトン顔なの? 事実なのに……!

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です! 僕の見たモノが、すべて正しいのは間違いない……どうやら僕は超能力者として覚醒してしまったようです」

「覚醒……?」

「ほら、アニミズムとか言うじゃないんですか。アレがアレしてアレするアレです! アレなんですよ!」

「なにを言っているのか、まったく、わからないのですが」

 そう、僕にも、まったく、わからなかった!!!!

 だけど、太陽を二本の指で持ち上げたのは僕だった!!!!

 間違いなく、僕は世界の真実を知っている。

 そんな気に、させられる。

 僕は、超能力者なのかもしれない。

 心がウズウズした。

 この能力は僕のオリジナルスキルだ!!!!

 それが、わかるだけでも、僕は大丈夫(?)だった。

 大丈夫だったはずなのに……現実は残酷だった。

 この事実は、近いうちに否定されるモノだから。

 言霊も、アニミズムも、存在しない。

 それらの信仰は真実には、なりえない。

 確証がないからだ。

 神様が本当に存在するのならば、新型コロナウイルスは、とっくの昔になくなっている。

 それができる超能力者なら、いるのかもしれないけど……まだ覚醒していないだけで。

 でも、現状は変わらない。

 僕は超能力者じゃなかったんだ。

 けど、超能力者だった過去がある。

 すべてが始動していく。

 僕の、第三次TK革命は、始まったばかりなのだから。

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