超常異能の改変作家 第4話
*
「アサネさん連れてきたよ」
「ハツメちゃんから聞いたわよ。タイくん大丈夫?」
魔王……いや、幼馴染ことワカナ・ハツメが、この家の主らしき一人の女性を連れてくる(彼女が「連れてきた」と言っているから説明するまでもないと思うが)。
「ちょっと熱を測るわね」
こつん。
僕のおでこと「彼女」のおでこが接触する。
――えっ、ちょ、あの……「三低の童貞アラサーおっさん」には刺激が強すぎるのでやめてもらえないでしょうか――いや、やめてほしくないんですけどっ!
「熱はないみたいね」と、「彼女」は言う。
「うそっ!」「ほんとぉ?」と、幼馴染、妹の順に言う。
「うそでもないしほんとだわ。むしろなんともない。ぴんぴんしているわ。むしろ――」
――「彼女」は真顔で――。
「――びんびんよ」
「うわっ……」「タイコー兄ちゃんのえっち……」と、幼馴染、妹の順で言われた。
朝だからだよ……幼馴染(?)の胸を触ってしまったし……精神的な羞恥プレイやめてもらえませんかね。
……よく見ると「彼女」も美少女だ。
幼馴染より一つ年上くらいの。
こういう場合、「彼女」はお姉さんキャラ?
「私の名前、わかる?」と、「お姉さんキャラ」は言った。
……えっ、と……思い出せ……幼馴染のセリフを思い出すんだ……。
「……アサネ……姉ちゃん、でしょ?」
「お姉さんキャラ」は「にこり」と微笑んだ。
「そうっ! そうなのよっ! 私はあなたのアサネお姉ちゃんなのよっ! 植物の麻に音色の音で麻音《アサネ》っ! 『羅円麻音《ラエン・アサネ》』っ! よくできましたっ! えらいえらいっ!」
ちょっ、ぎゅっと抱きしめないでっ、顔に胸っ、当たってるんですけど、胸がっ!
「…………」「…………」
幼馴染と妹が僕と姉の戯れを黙って見ている。
二人は順番に口を開く。
「……へんね」「だねぇ」
「――!」
「なに言ってるの? ちゃんと私の名前を言ってくれたじゃない。どこが変なのよ?」
「血のつながった家族相手なのに赤面なんかする? それに……なんだか、いつもと様子が違う」
「そうだよっ! タイコー兄ちゃん、やっぱり頭おかしくなったんだよっ!」
こういう場合、正直に話すべきか、ごまかすべきなのか、よくわからない。
だけど、正直に話したところで疑念を持たれるのは間違いない。
正直に話して、離れられても困る。
……となると、ごまかすのがベターか。
僕は決意する。口を開く。
「そう……僕は……ラエン・タイコー……だよ?」
「…………」「…………」「…………」
えっ、なにがいけなかったのかな……ちゃんと名前は言えたはずなのに。
「表情が硬い」と、幼馴染。
「自信がなさそうだよ」と、妹。
「こんなに暗いタイくん、初めて見るわ」と、姉。
……これ、僕が普段から言われていることなんだけど。
えっ……ラエン・タイコーくんは明るい?
そうか、僕のような陰のキャラじゃなくて陽のキャラなのかあ。
そりゃあそうだよなあ……三人の美少女に囲まれて生活していたら明るくもなるよなあ……ははは、殺してえ。
「どうしてしまったの、タイコー兄ちゃん? いつものタイコー兄ちゃんに戻ってよっ!」
びえ~ん、とイクモは泣いた。
泣くよね、そりゃ。
陽のキャラじゃなくて陰のキャラだからね。
「はてさて、どうしてしまったのかしらねえ。いつものタイくんなら泣いたイクモちゃんを遠目から慰めるくらいはするのにねえ」
遠目から、というところのツッコミは置いといて……無茶を言うな、アサネ姉ちゃん。
できるわけないだろ。
過去のラエン・タイコーが陽のキャラだったからだろ、それ。
「三低の童貞アラサーおっさん」にはハードル高すぎるわっ!
「……漢字」
「へぇっ? どうした……」
幼馴染じゃないけど、幼馴染のように名前を呼ぶことにする。
「……ハツメ?」
「漢字くらい言えるでしょ。自分の名前なんだから」
「……は?」
「だ・か・ら、自分の名前の漢字を言いなさいっ! 本物だったら、それくらい言えるでしょ?」
「ああ、そうね。漢字ね。自分の漢字くらい言えないと本物じゃないよね。えっ、と」
「すぐ言いなさい。すぐっ! 今すぐぅっ!」
はいはい、わかったよ……すぐ言えばいいんだろ?
……って、言えるわけねえだろうがっ!
「羅円《ラエン》」という苗字はイクモから説明があったからわかるとして、問題は下の名前の……漢字だ。
「タイコー」という呼び方は三人から知ることはできたけど……これ以上の情報は彼女たちから聞き出すことはできない。
むしろ聞いてしまったら……今のラエン・タイコーの人生は終わってしまう(……可能性があるかもしれないという話)。
それはラエン・タイコーの姿をした不審者として扱われるからだ。
三人の美少女から見捨てられて未知の世界で浮浪者として生きていくのは「社会不適合者」の烙印を押された僕にとってハードモードだろう。
そんなのは、わかりきっていることだ。
だからこそ、この状況を切り抜けなければいけないんだ――。