【私小説】神の音 第13話
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二〇一二年十二月三日、僕はまた大学で聞いてしまうことになる。
今度は違う噂話だ。
「アリムラさんって、カミツキのことが好きなんだって!」
「アリムラって、あの……アリムラ?」
「最近、ブレイクし始めた人だよね?」
「でも、それってマズいんじゃない?」
「そうだよ、そのことが知られると評価されなくなるんじゃない?」
「芸能人に恋愛はトラブルに等しい。アリムラさん終わったな」
「よりによって、うちの学校に通っている人に惚れるなんてねえ」
「こんな情報がうちの学校に流れるなんて……芸能界終わってね?」
「アリムラさん、これからどうするんだろう?」
――これは一体どういうことだろう?
なんて反応したらいいか分からない。
僕のことを好きになった?
あり得ない。
なんで?
どこから仕入れた情報だ?
僕の疑問は渦巻いていく。
どうしてこんなことになってしまうんだ?
いつもいつも僕を中心に噂が巻き起こる。
こんなのはあり得ないことなのに……。
アリムラさんがやらかしたことなのか?
分からない。
分からないよ、一体どうして?
誰のせいでこんな……。
渦巻く。
渦巻いていく。
だんだん大きくなっていく。
声が。
音が。
僕の周りで大きく……。
おかしいんだ。
おかしいんだよ、こんなことは……。
あり得ないよ、絶対に。
何か仕組みがあるはずだ。
仕組みを……仕組みを探すんだ。
考えろ……考えるんだ……。
こんなことはもう無くすべきなんだ。
僕はまだ答えが分からない。
答えが分からないまま、一日が終了した。
僕とアリムラさんの噂は決して消えなかった。
二〇一二年十二月十二日、今もまだ噂は聞こえる。
『ビッグ・マエストラ』の先行上映会の出来事が僕に与えた影響は大きかった。
僕はまたチャレンジしようとしている。
芸能界に。
どういうことかというと、僕は今の状況は割に合わないと思う。
だから僕は再び履歴書を出して芸能界に再チャレンジするんだ。
――正直、今の状況はプライベートという名の自由は保障されていない。
だったら飛び込めばいいじゃないか。
飛び込んでやろうじゃないか、芸能界に。
あえて芸能界で生活することで本当の自由を手に入れようじゃないか。
プライベートのない今の生活でお金がもらえないのはおかしい。
本当はお金をもらってもいいくらいだ。
お金が欲しい。
お金をもらって生活できるような環境が欲しい。
僕は事務所を選ぶ。
事務所はヒーローものに強い事務所に選んだ。
僕はヒーローになりたい。
みんなに憧れられる存在に。
履歴書をぎゅうぎゅう詰めに書けるだけ書いた。
写真も同封して封筒に入れる。
僕は郵便局へ向かった。
郵便局の人に封筒を見せる。
「ああ、そういうことか」
郵便局の人は言った。
郵便局の人は納得したように僕を見る。
「じゃあこれ、送っておきますね」
僕は「お願いします」と言って郵便局を出た。
何だか僕のことを知っているような感じだったなあと思った。
二〇一二年十二月十三日、笑い声が聞こえる。
「あいつまた事務所に履歴書送りやがった」
「状況を理解しているのかな?」
「自分の姿が見えてないからそんなことするんじゃない?」
「あー、あり得る」
「マジ爆笑」
「アリムラさんに振り向いてもらいたいのかな?」
「きっとそうだよ、あいつムッツリそうだもん!」
「芸能界に入って芸能人を食いまくる――ってか?」
「そんなこと考えてそうだよね」
「マジキモい」
……なに勝手なこと言ってんだよ。
自分の状況が理解できていない?
悪かったな、自分の状況が理解できていなくて。
……っていうか、なんで知っているんだよ、履歴書出したこと。
お前たちが何やっているんだよ……って感じ。
どうして僕の行く先々のことを知っているんだ?
ストーカーか?
集団ストーカーか?
やっぱりおかしい。
おかしいよ、こんなこと。
こんなことはあってはならないのに。
僕は許さないぞ。
一生恨んでやる。
二〇一二年十二月十四日、街の中でも聞こえてくる。
「あ、あいつは、あの大学に通っている……」
「カミツキ・タケルじゃないか」
「帰り道かな?」
「もう学校通う必要なんかないのに」
「なんで学校にまだ通っているの?」
「もうやめちまえよ、学校」
……本当に好き勝手言いやがる。
なんで僕の行く道を正確に知っているんだ?
……やめてほしいのはこっちの台詞だよ。
どうしてこんなことが起きる?
分からない。
分からないけど、何かあったに違いない。
こんなことを繰り返すのはもうごめんだ。
うんざりだ。
もうこんなことはやめにしよう。
僕の意思を理解してくれ。
頼む。
頼むから。
もう……やめてくれ。
――どんなに「やめてくれ」を叫んでも声はやまなかった。
二〇一二年十二月十五日、僕は家に引きこもることになった。
声がやむのを待っているのだ。
でも、それでも、声がやむことはなかった。
二階に住んでいる人の声が聞こえる。
僕の家はアパートなので声が筒抜けだ。
「カミツキさんのお宅の子が芸能界に入るんだって」
「あー、知ってる。有名だよね」
どうしてここでも聞こえるのだろうか?
何か僕が注目されることがあっただろうか?
分からない。
ますます分からないぞ、この状況が。
どうしたらいいんだろう?
僕は何をしたらいいのだろう?
何か対抗できる手段はないのだろうか?
声が僕を恐怖させる。
いい加減にしてほしい。
二〇一二年十二月二十一日、一週間たった今でもやっぱり声は聞こえる。
分からない。
分からないよ、やっぱり。
声はいつまでたっても聞こえっぱなしだ。
「……クスクス……」
笑い声が聞こえる
「「……クスクス……」」
声が増えていく。
「「「……クスクス……」」」
段々と大きくなる。
「「「「……クスクス……」」」」
……やめろよ……
「「「「「……クスクス……」」」」」
「やめろよ!」
声を叫んでしまった。
「何?」
「何なの?」
「うるさいぞ! 講義中に叫ぶんじゃない!」
僕は周りの注目の的になった。
どうしてこんなことになってしまうのだろう?
一体どうしたらいいんだ?
僕は相談できる相手を探すことにした。
頼みの綱は……ナイトウ先生くらいだった。
ナイトウ先生に相談をしに、ナイトウ先生の研究室に向かった。
「おお、カミツキ……どうした? 必死そうな顔をして」
「実は……先生に相談したいことがあって……」
「……何だね?」
「周りの人にストーカーされているような状態なんです」
「ストーカー?」
ナイトウ先生は首を傾げる。ピンと来ないのだろうか?
「君がストーカーされることはないと思うけどなあ」
「…………」
僕は黙った。頼みの綱が途絶えたと思ったからだ。
「……分かりました。ありがとうございます。失礼します」
「おお、気を付けるんだぞ」
僕はナイトウ先生の研究室を出た。
そして確信した。
僕の問題は僕が解決するしかない。
僕一人の問題なんだ。
自分で解決するしかないだろう。
大学はこの日をもって冬休みに入っていく。
またクリスマスを一人で過ごすんだ……と一人ぼっちになるであろう未来を迎えることにした。
二〇一三年一月一日、新年あけましておめでとうございます。これからもよろしくお願いします、と親戚一同に挨拶を交わした。
僕はまだ大学生なので、お年玉をまだ貰っている。
いずれいとこの子供たちにお年玉を渡さなければならない年になるんだろうなあとしみじみ思った。
僕が働くことになるのはもう少し後だ。
それか、もし履歴書で採用されたらすぐに東京に行くことになるだろう。
大学をやめたい。
周りによく思われていないんだ。
大学に通っていてもそれがヒシヒシと伝わる。
もう駄目かもしれない。
芸能人になるしかないんだ。
それが僕に残された道。
唯一の救済法。
それにすがるしかないんだ。
そう思った僕はまた聞いてしまうことになる。
親戚の団欒の場所であってもだ。
「タケル君、芸能人になるんだって?」
「おめでとう! 仕事が増えるといいね」
「あの映画の主役の人に振り向いてもらったとか?」
「噂になってたよ、とても大きな話題に」
「芸能人になってもうまくいくといいね、あの子と」
両親と親戚の会話がそれだった。
勝手に僕の知らないうちに段々と話が進んでいく。
どうして僕は知らないのに、周りの人は知っているのだろうか?
何か裏があるのかな?
そう思えて仕方がなかった。
ネットで自分の名前を調べるのも億劫に感じてしまう。
実際に自分の写真が載ってたら怖いしね。
僕は自分の名前を検索エンジンで調べることはしなかった。
恐怖が僕の周りに纏わりついていく。
恐怖が僕をそうさせない。
恐怖が僕を「調べるな」と言っているのだ。
怖い。
怖いのだ。
怖すぎて身体がガクガク震えるのだ。
僕は知るのが怖かった。
まるで別の次元にシフトするような感覚が芽生えるからだ。
芽生えさせたくなかった。
シフトしたくなかった。
死にも近い恐怖が僕を纏っている。
纏わりついているのだ。
同じ出来事が僕を苦しめる。
もうこんなことはあっちゃいけないのに。
両親も何かを隠してるようだった。
子供に大事な話を伝えないで勝手に話を進めていく。
親失格だなと思った。
僕はこれからどうしたらいいのだろう。
僕は考えを募らせていた。