矛盾している僕の純粋なる恋の終わり(短編小説)
*
ずっと一緒にいられないなんて、ありえないよ。
「やめてください」
彼女は、そう言った。
「迷惑なんです。これ以上、話しかけないでください」
僕は彼女が真剣なんだと理解する。
「訴えますよ」
正直、僕は……なにもしていない。
どうして、こんなことに……。
なんの変哲もない、ささいなことなのに、僕は彼女に冤罪をかけられようとしていた。
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世の中には二種類の人間が存在する。
通性者と特性者だ。
通性者は、一般に持っている、共通の性質を持つ者……要するに一般人のことだ。
特性者は、特有の性質、特質を持つ……特別な人間のことだ。
通性者として生きてきた僕は、あるときを境に特性者になってしまう。
「矛盾症候群」を発症したのだ。
聞いたことがあるだろう。
「矛盾症候群」は、夢と現実の区別がつかない、いわゆるヤバい人間が持っている「特性」である。
ネットでは俗称である「無償」という用語で馬鹿にされている。
僕は、そんな人間になってしまった。
そんなときだった。
年が一個下の、同じゼミで、印象に残る、かわいい子がいた。
それが彼女だった。
「矛盾症候群」を発症したことでシナプスがブッチブチに引きちぎられて、おきゅちゅりを飲まなければ、まともに生きていけない僕にとって彼女は癒やしだった。
生きていてよかった、と思えた。
だけど、彼女に告白できなかった僕は卒業し、就職することになる。
その一年後に、彼女は僕の会社に入社することになる。
僕は彼女が入社して会社に現れた瞬間、すぐに彼女だとわかった。
でも、彼女は僕のことを知っているだろうか?
だから、自分から話しかけられなかった。
ストーカーだと思われるのが怖いし。
そんなこんなで話しかける機会がなかったわけだけど。
転機が訪れる。
彼女が人事異動で僕の向かい側のデスクに来たのだった。
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「訴えますよ」
そうだ、つまり……彼女に話しかけた結果、こういうことになってしまったのだ。
「私が人事異動で、たまたまデスクが近くだった、だけなのに、どうして何度も何度も話しかける機会をうかがって、なに彼氏みたいな顔して、やめてほしいっていう思いを察する気持ちもない……あなたにはセクハラをおこなったという事実によって、この会社を辞めてもらうしかありませんね」
冤罪をかけられようとしている瞬間である。
「それに私、結婚するんですよ。私は、あなたと違って結婚できる人間なんです。あなたのようなセクハラ人間には罪と罰を与えなければいけません」
言葉の節々に悪意があるぞ。なんだこれ、なんだ、これ。
「さようなら」
「待て、待ってください。話がおかしいです」
「……は?」
「僕は後輩であるキミに話しかけただけですよね。どうしてセクハラになってしまうんでしょうか?」
「いやいやセクハラでしょ。認めてもいないナニするのが最終目標の男が女に話しかける。それはもうセクハラ以外にありえません」
「違うんだよ。僕はキミのことを知っていたんだ」
「なんですって……?」
「僕は同じゼミで、一個下のキミに恋をしていたんだ。今まで、ずっと。だから僕はキミに話しかけたんだ。それのどこが不純なんだい? おかしいだろ!?」
「なに、それ? 私は、あなたのことなんて、これっぽっちも知りません。昔から知っているなんて、それはもうストーカーです。有罪です。捕まってください」
「なんで、そうなるんだよ!!」
「ならば、言いましょう。理由を」
彼女は僕をゴミ虫のように見て。
「私は、あなたのようなセクハラストーカー人間が嫌いです。消えてください。私は好きでもない男の人に、こういう感情を向けられるのは、こりごりなんです。まあ、イケメン彼氏――将来夫はノーカンですけど!!」
「ならば、僕も言おう。僕は特性者なんだ。僕には『矛盾症候群』という特性がある。僕は夢と現実の区別がつかない人間なんだ。ギリギリのところで踏みとどまっている。どうにかして現実の人間になろうとしている。夢の世界に行かないようにしているんだ。それを、おきゅちゅりを飲んで、こらえている。僕には話しかけた理由がある。僕はキミが現実の人間だって確かめる必要があったんだ。だから、これはセクハラじゃない。冤罪だ!!」
「実は私も特性者なんです。世界の情報を改変する『改変症候群』という、ね。今から世界の情報を改変し、あなたをセクハラストーカー人間にします」
「なん、だと……?」
「私は今、先輩に押し倒されようとしています! 助けてー!!」
「ふざけるなー!!」
僕はセクハラストーカー人間として会社を辞めることになった。
*
セクハラストーカー人間として会社を辞めたあと、僕は等身大の人形と交わるようになった。
僕を裏切らない理想的な彼女。
「矛盾症候群」の能力で、のっぺらぼうの人形に、あいつの……彼女の顔のイメージを転写して。
ずっと一緒だよ。