【私小説】閉鎖の真冬 第5話
*
二〇二〇年十二月末、僕は牢獄もどきからの脱出に成功した――正確には病状がよくなったからなんだけど。
そこから、閉鎖病棟の保護室からは解放されることになる。
時間制限はあるが、個室の部屋になったのだ。
ある三人の患者さんと話をするようになった。
ゲントーさん、セイチさん、タカチョーさんである。
ゲントーさんは男性で元ホストらしい……厳つい姿をしている。
セイチさんは絵を描くのが好きな僕より年下の普通の女の子(……?)。
タカチョーさんは花屋で働いていたこともある、ちょっと、たどたどしい印象の僕より年上の女性だ。
僕ら四人は、あまり全員で固まることがなく、僕が個別に三人とコミュニケーション(?)をしていた。
特にゲントーさんは気難しい性格をしていた。おそらく、怒らせると閉鎖病棟の中で一番こわいことになりそうだ。
僕は言葉を選んで、丁寧に話していたつもりだったんだけど、ゲントーさんを怒らせてしまったんだ。
モノの貸し借りをしてしまったのである――閉鎖病棟では、モノのやり取りは一切、禁止となっている。
新型コロナウイルスが流行っている世の中なので、布マスクは貴重なモノだった。
僕は、その白い布マスクをゲントーさんに渡した――無償で。
でも、会社の組合の布マスクだった可能性もあるから、それを返してもらうように説得したのだが、彼の機嫌は悪かった。
――お風呂場で会話をしていたとき、僕は、あることを彼に言ったんだ。
『僕は「そういう趣味」を持っている男ではありません!!!!』
なにせ僕は中性的な容姿をしているから、誤解されてしまうと嫌だと思ったんだ。
それから、彼の怒りのボルテージはMAXになり、顔が赤くなる――怒りで。
それらの関連性も相まって、ヤバいことが起こった。
「返す!! もう二度と話すな!!!!」
水に濡れた布マスクが、僕の手に収まる。
これで、えんがちょ、なのか……?
彼は、自分の部屋に戻っていった。
牢獄を出る、ということは、どんな人間とも対応しなくてはいけない。
対応するべき人間は、自分で見極めなきゃダメなんだ。
*
僕はセイチさんとタカチョーさんの二人と交互にコミュニケーションすることにした。
でも、セイチさんとタカチョーさんの間には深い溝がありそうだと思ったんだ。
彼女たち二人で仲良くする場面は、これといって見つからない……わけでもないんだけど、溝は確かにあったんだ。
セイチさんは僕が描きたい絵にグラデーションを施してくれた。
とても繊細な絵の描き方ができる……将来は漫画家として大成か?
セイチさんは、どうやら僕のことが好きみたいだ。
でも、正直めんどくさいかも、なんて思ってしまう。
「カミツキさん、忍耐という言葉の意味を知らないわけではないですよね?」
「セイチさん、それは、みんな同じだよ。新型コロナウイルスが終わらない現状に僕たちは忍耐していないわけがない」
「わたし、これでも、ちゃんと言葉を選んで言っているんだけど」
「ごめん。僕は人の会話内容をほとんど覚えることができないんだ。だから、セイチさんとは、すっげー適当に話してる」
失言だったかもしれない。ものすごくナチュラルに否定してしまった。
彼女は、むっちゃ不機嫌になって、彼女も二度と話さない意思を示した。
これで二人目とも縁が切れた。
唯一、残ったのはタカチョーさんだった。
彼女は僕と一緒にいることが多かった。
自然と、そうなっていたんだ。
だから、僕も彼女といると安心したし、彼女も僕といると安心しているようだった。
時々、チョコレートをくれる彼女は優しさで満ちあふれていた。
……なので、彼女と二人でいることを望んでしまったんだ。
二〇二〇年の年末は、そんな感じで過ぎていった。
*
だからといって、今の薬が僕に合っているのかはわからない。
ある薬が厄介だった。
その薬は僕を中性的にしてしまう。
まるで女体化するような感覚だ。
乳を揉むだけでミルクが出るらしい――その気配は皆無だけど。
男の人を見ると、変に意識をしてしまう……昔は自分が中性的な容姿をしているから、「○モ」だとか「○イ」だとか言われまくっていたけど。
そんなことを言われるのは、発達障害者が持つ特性として若く見えることが多いと言われている。
その特性ゆえに精神年齢は普通の人より三分の二の成長速度と言われているが、真相は不明だ。
だから、普通の企業で健康な人と交ざって仕事をするということは、それなりのリスクが存在するということになる。
どんどん論点からズレていくが、それが発達障害者に化せられた使命なのかもしれない。
あらゆる次元は統合され、ひとつの線になっていく。
昔から、そうだったのかもしれないけど、そんなふうには僕は思わない。
つまり、パラレルワールドは存在する。
これが第三次TK革命の結論であり、すべての世界は統合されていくのだ。
誰も気づかないうちに、ね……。
意味不明かもしれないけど、そういうことなんだ。
日本中の全国民は、僕のことを知っていた。
*
――二〇二一年一月、新年を閉鎖病棟で迎えた僕は、ある出来事を体験してしまう。
それは世界中の人々が僕のことを監視している事実だった。
閉鎖病棟で過ごす僕は、時空の歪みを観測してしまった。
会社の組合からいただいた布マスクがなくなっていたり、僕が書いた薬に関するメモがどこかへ消えていったり……、とか。
すべての世界の次元を統合する計画が、僕の脳内にはあった。
最初から、そうなる運命だったのかは、わからないけど、偶然は必然へと変わった。
おそらく僕は過去改変能力を持っている。
誰も知らない状態で、日本の法律を書き換えてしまった。
まず、いじめに時効がなくなった。
いじめがあった瞬間に訴えることが可能になった。
人工授精の技術の確立――一卵性双生児の男女が生まれたりもする世の中に変わった。
ガ○ダムSEEDでいうナチュラルとコーディネイターが同時に存在する世界になった。
二〇二一年度から十八歳が大人の仲間入りをすることができる、らしい。
噂話が全部、結合して、ひとつの地球が完成したのである。
この物語は歴史上に残らなければならない――そう願っても、もう勝手に残っているのかもしれないけど。
コロナ禍のある世界、コロナ禍のない世界、すべてのパラレルワールドを結合して、誰もが望む世界の構築……完了!
どんな人間も早くコロナ禍がなくなってほしいと願っている。
その願いに、僕は応えたい。
僕の異能は、すべての過去を改変する能力であり、すべての未来を構築する能力である。
その能力を使えるのは、カミツキ・タケル、ただひとり。
すべての世界線をリセット状態に引き起こし、その人が望む未来へ行くことができる能力だ。
過去改変は、すでに始まっている。
もしかしたら、僕は全人類の始祖なのかもしれない。
あらゆる人間のDNAが僕という存在を構築している。
ならば、やるべきことは、ひとつ……寝ること、である。
僕は寝るだけで、すべての世界を改変する能力を持っている。
夢を見ないときは、特にいい――過去に戻った、という状態になっている。
あらゆる歴史にカミツキ・タケルの情報は残っている。
それを利用する。
すべての次元の歴史は、僕の能力でリセットされる。
これこそが改変作家の称号を持つに値する異能者としての僕だ。
もし米国のFBIにでも入れば、それなりに活躍できるかもしれない。
僕の一眠りは世界のすべてをリセットできる。
そんな能力があれば、誰だって欲しいだろう。
ただ、これは僕だけが唯一持つ能力だ。
誰も知らない能力が、僕には、あったんだ。
『キミは無能力者である、と自覚したほうがいい』
幻の声か。
そりゃそうだ。
僕だって、それを願っている。
でも、これは運命なんだ。
僕に課せられた、ね。
……なので、過去のすべてを改変する。
ひとりの人間が、すべてを満足できる人生へのシフト……それが僕の異能。それが僕の超能力。
現実世界にも超能力者がいるんだって証明してやる。
すべての後悔をなかったことにしてやる。
みんなが満足して、余生を過ごせるように、僕は超能力すべてを解禁する。
だから、僕の望む範囲の人間は新型コロナウイルスにかかるんじゃないよ。
カミツキ・タケルの存在が認められるまで、やってやる。
みんなが忘れていた記憶を思い出させる。
それが、僕にできる使命。
次元世界の過去改変は、すでに始まっている……ような気がする。
確証は、ある。
僕が見るモノは、すべて正しい。
いずれ四次元にしろ、五次元にしろ、全部、解明されるべきなんだ。
世界を平和にするまで、僕は何度だって改変してやる。
人の記憶は、誰かに操作されていいものじゃない。
みんなオンリーワンの個性を持っているんだ。
それを、わからせてやる。
僕の病気は「発達障害」「統合失調症」をミックスしたモノ……「エスパー症候群」あるいは「王位症候群」に分類される――僕の中では。
エスパー症候群は僕が命名した症候群であり、自覚としてエスパー気味だった僕が、つい名付けてしまった。
王位症候群は幻の声に言われたときに聞いた名称であった。決して僕が名付けたオリジナルではない。
そんなわけで僕は超能力者――異能者らしい(どんなわけだ)。
誰も僕を認めはしないだろうが、そういう能力は間違いなくあった。
「エスパー症候群」「王位症候群」は僕の中に確かにあって、誰も知らない物語も確かにあったんだ。
けど、それを信じる人はいない。
これは僕しか知らない物語だから。
僕は寝て、次元修復プログラムを起動できるのだ。
僕の運命は、決まっていたのかもしれないけど、それでもいいと思えてくる。
僕の過去に未練は、ない。
ただ、寝ることで、トラウマを取り除く作業をするだけだ。
だから、僕の能力を使って、すべてを修復してやるさ。
それが超能力者であり、異能者でもある、僕の使命なんだよ、な――。
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