【私小説】神の音 第14話
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二〇一三年一月四日、僕は新潟の小学校の同窓会へ赴くために、電車に乗って新潟へ向かった。
電車に乗っていても声が聞こえる。
「あの人は今、電車に乗って新潟へ向かっているんだ」
「ワタリさんとメールしているそうだよ」
「へえ、そうなんだ」
「新潟の同窓会へ行ったらどんな反応するかな?」
……この状況……いつまで続くのかな?
いい加減にしてほしい。
言われている僕の気持ちが分かるかな?
分からないだろうねえ。
陰でコソコソ言われている人の気持ちなんか。
永遠に分からないと思う。
分からなくて結構。
どうせなら分からないままでいい。
その程度の人間というのが分かるからさ。
もう諦めることにしよう。
そうしよう。
僕は自分の噂を延々と電車内で聞かされる羽目になった。
……えっと、飲み会の場所はこの辺りかな?
僕は新潟に着いた。
ホテルに荷物を置いて、ある程度格好を整えてホテルを出た。
飲み屋は僕が昔通っていた小学校の場所ではなく、駅の近くの場所だ。
僕は迷っていたが、ある人を見つけたことで迷うことはなくなった。
ワタリさんだ。
ワタリさんらしき人を見かけたからだった。
ワタリさんの髪の色は茶色に染髪されていたが、それ以外は何も変わらない、昔のワタリさんのままだった。
肌は雪のように白く、美雪という名前に相応しい色をしているなと思った。
僕は彼女についていく。
彼女についていくと飲み屋はすぐだった。
こんなに近くにあったとは。
迷っていたのがアホらしく感じられた。
飲み屋の中に入る。
ワタリさんの名前で登録されているはず。
僕はワタリ・ミユキの名を店員に言った。
すると、ワタリさんのところまで案内された。
ワタリさんの顔はにこやかだった。
「久しぶり! カミツキ君、元気にしてた? 身長伸びたんだね」
僕は緊張しながらもすぐさま対応した。
「そんなに伸びてないよ。百六十五センチぐらいだからね」
そう、僕はそんなに成長していない。
伸び盛りだったのは中学生の時期だけ。
高校に入学してからは身長は伸びなかった。
高校に入学した時から心の成長が止まっている。
それと同時に身体の成長も。
僕はこの世界から隔離されている状態だったのだ。
隔離されている――つまり、この世界に存在しないような状態なのだ。
僕は悲しくなった。
この世界に存在してないことが、僕は悲しいのだ。
僕という存在が認識され始めたのが、つい最近の噂話ぐらいだ。
噂話で僕という存在が保てるのならそれも良いのかもしれない。
「……カミツキ君、どうしたの?」
ワタリさんが僕を心配そうに見つめている。
僕は色々なことを考えすぎてボーっとしてたみたいだ。
「……ごめんごめん、何か少し考え事をしてたみたいで……」
「そう。考え事もいいけど、せっかく久しぶりにみんなに会うんだし、楽しくやった方が良いよ」
「そうだね! 久しぶりに楽しみますかね!」
ワタリさんは良い人だなあ。
僕を元気を与えてくれる。
この健気さが昔、僕が好きになった理由かもしれない。
そう思った突如、僕を混乱させる言葉が発せられた。
「イケメンかなあ?」
「いや、イケメンではないでしょう」
「フツメンぐらいかなあ?」
「まあ、その程度でしょう」
誰のことを言っているのだろう?
僕のこと?
いやいや、そんなはずはない。
新潟で僕の事情を知っている人はそんなにいないはず。
だが、電車内でも「あの声」が聞こえた。
それと何か関連性でもあるのだろうか。
僕は怖い。
すべてが怖い。
すべてを知ることが怖い。
でも、いずれは知ってしまうこと。
いつまでも僕に内緒という訳にはいかないだろう。
僕は何も考えないようにした。
思考を止めてお酒をグッと飲みほした。
感覚がお酒に支配されていく。
僕はかなり酔ってしまった。
「タケル、大丈夫?」
昔の友人が聞いてくる。
「大丈夫……だよ。僕は平気だから」
僕は嘘を吐いてしまった。
本当は平気なんかじゃない。
「あの声」に感覚が支配されているから。
「あの声」が僕の感覚を変えさせるから。
僕は僕じゃなくなる。
そんな気がするのだ。
僕はお酒に溺れた。
「あの声」の感覚がなくなるまでお酒を飲み続けた。
「あの声」のことを忘れるまで。
いつの間にか二次会の段階に入っていた。
「タケル君、久しぶり! 元気にしてた?」
また同じような声が聞こえる。
僕の意識は段々と遠のいていく。
ワタリさんはどこにいるんだろう?
僕の意識はワタリさんに集中した。
ワタリさん……ワタリさん……ワタリさんを見つけた。
ワタリさんは僕の昔の友人のところにいた。
「ミユキちゃん、ゲームしようよ?」
「うん、何するの?」
「ポッキーゲームだよ」
「いいよ♪ しよう♪」
僕はワタリさんがあの頃の清純なイメージとは違っていたのを発見した。
ワタリさんは軽かった。
ワタリさんの心は軽かった。
ポッキーゲームをしているワタリさんは楽しそうだった。
僕はもうあの頃のワタリさんはいないんだろうな、と思った。
ワタリさんはもう清純じゃなかった。
大人になったのだ、彼女は。
もう色んな経験を積んできているんだろうな、と思った。
僕は寂しくなった。
あの頃のワタリさんはいないんだと思うと寂しくなった。
二次会が終わった後は自由解散となった。
三次会を開くのは自由、個人の好きなままにどうぞ、ということだった。
僕は昔の友人のところにはついていかず、ワタリさんのグループのところについていった。
ついていった理由は僕にも分からなかった。
感覚がそうしたいと告げていた。
カラオケをしに行った人たちは、大人しい人と活発な人に二分されていた。
僕は大人しい人のグループに入るが、活発な人に入れるように努力していた。
そうしたのには理由がある。
僕が気弱で情けない、あの大学にいるような感じをつかみ取れないようにするためである。
僕は活発に色々歌った。
流行りものの歌をひたすら歌った。
普段聞いているアニソンみたいな音楽ではなく、本当に流行りの曲を歌った。
みんな僕に圧倒されていた。
芸能人が歌を歌う感じってこういうことなのかなあと思った。
勉強になったなと思った。
歌を歌うことが疲れてきた頃、僕はワタリさんを含むみんなと話をしていた。
「タケルってさあ、童顔だよね」
昔の友人がこう言った。
僕はすぐさま否定した。
「童顔じゃないよ、眉毛だって濃いし、老け顔なら言われたことがあるけど……」
僕はクチタニの言葉を思い出していた。
「お前みたいな顔に生まれたら罰ゲームだ」という言葉を。
「老け顔? そんな酷いこと言う人がいるんだ。タケルは童顔だよ。自信持ちなよ」
僕は彼に「ありがとう」と言葉に出した。
「ミユキちゃんはどう思う?」
友人はワタリさんに話を振った。
「……ん、私もそう思うよ」
ワタリさんは気恥ずかしそうに言った。
友人は再びワタリさんに話を振る。
「ミユキちゃん、彼氏いるんだっけ?」
ワタリさんは首を横に振る。
「いないよ」
「ふうーん」と友人は答える。
友人は何か考えがあるようだった。
ガチャ!
カラオケボックスの扉が開いた。
扉には僕の知らない人たちがいた。
「やあ、ユウキ。他の人は初めまして」
「テッちゃんか。どうしてこんなところに?」
「どうしてって、遊びに来たんだよ、遊びに」
「ナンパの間違いだろう?」
友人は話を進めていくとテッちゃんという男の人がワタリさんに話しかける。
「やあ、ミユキさん、初めまして。僕はテツという者でございます。ミユキさん、よかったらですけど、僕と付き合ってもらえませんか?」
話が飛び過ぎだ、と僕は思った。
下心丸出しすぎだろ。
友人の考えはこれだったのか?
意味不明だ。
「……え? 私、何のことだか分かりません。ごめんなさい」
速攻で振られた。
ワタリさんってオブラートに包まない人だったんだな。
「……そんな、僕と付き合ったら何でもするからさあ……ミユキさん、お願いしますよ」
「ごめんなさい」
グサッ!
テツという男の心には何本も針が刺さったであろう。
テツは再起不能だ。
よろよろしている。
僕も告白したらこんな感じになるのかなと思った。
……ん?
僕も告白したら?
何を考えているんだろう、自分は。
僕は心の中で何を考えているのだろう。
一つの疑問が生まれた。
疑問には何か引っかかりが感じられる。
何なんだろう?
この気持ちは……
「テツ、そんなに落ち込むなって」
「……だ、だってよお……」
「次は大丈夫だって。次の子に期待しようぜ」
「そ、そうだね。次は絶対に振られない!」
テツという男はすぐさま立ち上がった。
もう大丈夫みたいだ。
「早いなあ」と僕は心の中で思った。
「それよりさあ……」
昔の友人が話を切り出す。
「あいつ、どう思う?」
「ああ、あいつねえ」
「あの女優を振り向かせたそうじゃないか」
「本人は気づいてないみたい」
「本人は知らないみたいだけど、他のみんなは知ってる有名な話」
「どうして気づかないかねえ?」
「ワタリ……お前に気があるみたいじゃないか」
「ワタリさんはどう思う?」
「私はカッコいいと思うけどなあ。歌もうまいし」
「お、ワタリのハートにはあいつがいるのか。隅におけないねえ」
「気づけ……って感じだけどねえ。いい加減」
何の話をしてるんだと思ったけど、何だか僕の話のように聞こえてしまう。
僕はその話を聞かないで飲み物を取りにカラオケボックスを出た。
新潟にまで……しかも、僕の目の前で平然と喋っている。
そこまでして僕に気づかせたいのか?
それとも僕の自意識過剰か?
世間は広いようで狭いと言うが、まさにこのことじゃないだろうか?
感覚が研ぎ澄まされていく。
僕の感覚は声に支配されているようだった。