【私小説】閉鎖の真冬 第6話
*
――二〇二一年一月五日(火)、僕はヒルコになった。
同日の朝五時ごろになるころ、僕は自身に流れる電流を使って雷を落としたのであった。
ヒルコとは日本神話のイザナギとイザナミの間に産まれた神であり、手足が欠損した不出来な特性を持っている。
そんなヒルコなのだが、エビスであり、スサノオであると言われている。
ヒルコには、あらゆる神々を習合する能力があるのだ。
だから、僕は、すべての八百万の神々を習合して「ヒルコ」になったというわけ。
雷を落としたのはスサノオの能力だろう。
彼には日本の海を管理する役割を持っているから。
もしかしたら、スサノオではなく、ゼウスのほうを吸収してしまったのかもしれない。
ゼウスには雷を落とす能力があるから……。
神話は人々の手によって、伝承され、現代に残っている。
それが真実かどうかは、僕たちの生きる時代では解明できないだろう。
たとえ過去改変能力を持っている僕であっても……。
クルクルと思考が回転してきた。
僕には、すべてを書き換える能力があるから、いくらでもリセットできる。
僕は眠るたび、すべてのことを忘れて、夢の世界へ突入する。
夢の世界に突入しているときは、過去の時代に戻り、世界中の人々を救うことだってできる。
……話が飛躍しすぎか。
とにかく僕は考えていたんだ。
世界中の人々を救う方法を。
僕が超能力を使えば、世界のすべての構造を変えることだって、たやすいことだと思う。
ゆえに、その方法を知っている僕は、どうしたらいいのか、ものすごく悩んでいるのだ。
ものすごく悩んでいるからこそ、今、生きることに対して、ものすごく悩んでいるのだ(語彙力)。
少々、疲れてきた。だって雷を落としたんだもん。
精神力は、タフネスではなかった。
余計なことばかり考えるから疲れるんだ。
けど、それでも歩みを止めない。
僕には世界を変える能力が、たくさんあるのだから。
とにかく僕は疲れている。
精神は未踏の領域へ到達しつつある。
あとは、すべてを極めるだけだ。
だんだんと思考が、まとまらなくなっていく。
それでも疲れは、まったくなくならなかった。
それでも、というよりは、そうならざるを得ないということになるかもしれない。
なんだか頭の中を整理するのも、やっとやっとで、どうしようもない文章が形作られていくのは、どうしようもなく、つらい。
もう、なにも考えたくない。
とりあえず、横になって寝ることをしてみる。
……寝た。おやすみ――。
*
『――実話、だったとはなあ――』
*
――僕は、どうしようもなく調子が悪かった。
朝六時に眠ることを再開して、夢の中へ突入していたようだけど、どうしても幻の声が聞こえつつあった。
どうしようもない速度で、どうしようもなく物事が進んでいる。
現実なのか、これは……。
僕は誰かに監視されていて、それが本物だったりするのかなあ……。
嫌だなあ、それは。
僕が自慰行為にいそしんでいるときも監視されていたりするのだろうか?
すごく、それは嫌なことだと理解できる。
――朝七時半……朝食の時間だ。
*
僕が自身の病気に名前を付けるなら「エスパー症候群」という名称になるだろうが、幻の声によると、それは「王位症候群」と呼ばれているモノらしい。
そういえば、いつかの誰かに、王になる資格があると言われたことがあった。
その人はコーダさんという六十代の女性の方で、僕のことを「カミちゃん」というあだ名を付けてくれた張本人(?)であり、僕に対して、王になる資格があると言ってくれた方だった。
もしかしたら、王位症候群は、その人の影響で聞こえはじめたのかもしれない。
まったく意味がわからないけど、僕は超能力者だと自覚しているし、過去改変能力を持っているとも自覚している。
その異能は全次元を統合する能力だった。
何度も言っているけど、この世界にはパラレルワールドが存在する。
すべての次元を掌握できるのは、この僕しかいないわけだけど、もともと、この地球が、ひとつの存在だったなんて当たり前のことだけど、本当にその通りなんだ。
そう、すべては偶然であり、必然であったのかもしれない。
僕は、もう、なにも、したくない……。
結論は一向に出ないままだ。
誰も僕のことを気にしてはくれない。
僕はヒルコという神に憑かれてしまっているのだから。
*
タカチョーさんは僕のことに詳しい。
どうして僕のことを知っているのか、聞いてみたことがある。
『日本の人たちは、みんな知ってるよ』
そう言ってくれたけど、きっと、それは間違いであり、間違いではないのだ。
まあ、僕は統合失調症だし、日常的に矛盾することが茶飯事だ。
僕のことを知っている次元、僕のことを知らない次元……ふたつの次元が存在する。
僕の小説が拡散されている世界、僕の小説が拡散されていない世界、ふたつの世界は融合し、ひとつになった。
記憶されている次元と、記憶されていない次元が存在するとなると、パラレルワールドは存在するということになる。
すべての可能性が融合した世界……それが今の新世界なのだ。
新型コロナウイルスが拡散されている世界、新型コロナウイルスが拡散されていない世界……僕が今いる世界は、新型コロナウイルスが拡散されていて、僕の小説が拡散されていない世界ということになる。
僕は過去にトコロ・ジ○ージさんに認識されていた過去がある。
あれは閉鎖病棟の中にあるテレビを観ていたころ、あるクイズに答えたらトコロ・ジ○ージさんが『四番って言いましたね』と言ったのである。
それは未来の番組だった……本来やるべき時間に、その番組はやっていなかった。
誰も僕のことを知らないはずなのに、なぜか僕のことを知っている――。
――タカチョーさんは僕のことに詳しすぎる。
僕のいとこの名前を知っていた。
僕をいじめていたクチタニ・キシゲを知っていた。
どこから、その情報を仕入れたのか、僕にはわからなかった。
僕の小説が世界中に拡散されていた過去に間違いはなかった。
確かに、この目で、ちゃんと見たんだ。
幻で見たんじゃない。
本物だったんだ。
信じてほしい。
信じてくれる人はタカチョーさんだった。
タカチョーさんは僕のことが……いや、なんていうか、うれしい部分もあるけど、僕にはタカチョーさんのことを、あまり……。
けど、それがうれしいのは本当だった。
本当だったんだけど……。
彼女は、やさしいけど、ちょっと嫌な部分もあった。
貸した本に折り目を付けたり、とか、食事を残すところ、とか、まあ、些細なことに過ぎないのだけど、やめてくれとは思う。
けど、やさしいのは確かだった。
頼れる、お姉さんだった。
*
話がこじれないようにするためには、この虚構の世界を終わらせなければいけない。
終わらせてやりたい。
終わらせて、楽になりたい。
楽になってしまいたい。
この物語は無限に続いていく。
永遠に。
だけど、僕は、なんだか疲れ気味だし、あまり調子は、よくない。
今の日本はコロナ禍の影響で、あまりよくない状況に陥っている。
こんな無能力者(?)の僕だけど、どうしようもなく疲れているから、どうしようもできない。
この話が真実かどうかは、もはや、どうでもいいのかもしれない。
この物語に終わりがない。
永遠に続いていく。
死ぬまで、ずっと、永遠に……もう、どうでもいいじゃないか。
僕は疲れた。
無意味な物語を残すことに意味はない。
けど、こんな稚拙な小説を好む人もいるのだ。
ゆえに、この小説は死ぬまで書き続けるだろう。
僕の命が尽きるまで、永遠に書き続けることができるし、その物語を好む人がいる。
だから、僕は書く。
この物語を完結させるためには、僕がキーボードでタイピングしなければならない。
たった、それだけのことなんだ。
*
あの日、あの時……彼女に告白できていたら、どれだけよかっただろう……。
でも、僕が彼女のことを好きでも、彼女が僕のことを好きとは限らない。
彼女と交わったこともないのに、子どもができるわけがないのに、どうして僕は、それを信じてしまったのだろう……?
「彼女との間に子どもができた!?」
なにもしていないはずなのに、どうして、そんなことが起こってしまったのだろうか?
タデラさん、セブさん、クチデさん、アゲミズさん……新しい患者さんとも仲良くなったあとの出来事だった。
「僕と彼女の間に子どもができてるだって?」
どこ情報だよ、それ。
コロナ禍のある世界と、コロナ禍のない世界があるとして、コロナ禍のない世界にはオレの子どもがいて、すくすくと成長しているらしい。
名前はルナというらしい。
僕の娘だから、かなり、かわいいだろうなあ……。
どうして彼女との間に子どもが産まれたということになっているのだろうか?
その疑問を解くためには、病院を出るしかない。
パラレルワールドが存在する世界だと立証しなければ、僕に未来は、ない。
それが本当に僕の娘なのだとしたら、とてもSFだ。
僕はDTだし、子どもがいる未来なんて、ありえないけど、もし、そうだったら、うれしいだろうなあと確信を持って言える。
タカチョーさんは言ってくれた。
「医療系の学部を卒業した未来をつかみ取った!」
そう、僕の理論――過去はデータ化されている――が、正しい理論ならば、僕は医療系の学部を卒業した未来をつかみ取った、ということになる。
様々な可能性を持つパラレルワールド理論……過去改変能力を使えば、誰だって望む未来に行ける。
過去も未来もつかみ放題だ。
でも、本当に、それで、いいのかな?
そんな理論が正しいとしても僕には、わからないだろうな。
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