ちゃんと見てあげてね(短編小説)

  *

体という器に束縛されている限り、この世界に生まれてくるものは自由になれない。
どうせなら、猫になりたかった。
僕は人間の赤ちゃんである。
そんな僕は今、ベッドの上で仰向けに寝転がっている。
そして、天井に向かって手を伸ばしている。
(……届かない)
僕の身長は、ようやく七十五センチメートルほどになったところだ。
今の僕には天井に手が届かないのだ。
しかし、だからといって諦めるわけにもいかない。
僕は、なんとかして手を伸ばそうと試みた。
(あと、ちょっとなのに……)
それでも、なかなか、うまくいかない。
そんなことをしているうちに段々と手が疲れてきたので一旦休憩することにした。
(ふぅ……。やっぱり人間って不便なんだなぁ……)
僕は、そう、つぶやきながら寝返りを打った。
すると目の前に小さな窓があった。
そこから外を覗いてみると、そこには一面の花畑が広がっていた。
(わあ……綺麗だなぁ……)
その景色に見惚れていたその時だった。
(あっ!)
突然、後ろから誰かに押されるような感覚に襲われたかと思うと、次の瞬間、僕の身体は宙に投げ出されていた。
(うわああああ!!)
どんどん地面が迫ってくる。
このままでは確実に死んでしまうだろう。
だが不思議と恐怖心はなかった。
むしろこの状況を楽しむ余裕すらあった。
なぜなら、僕は、この不自由な体が嫌いだったから。
ただ、僕は、このときに生まれてきて初めて心の安らぎを感じていた。
(……あれ?)
いつまで経っても衝撃がこないので恐る恐る目を開けてみた。
どうやら、まだ生きているようだ。
しかし、地面に激突したはずの僕はなぜか花の上に横になっていた。
(ここは一体どこなんだろう?)
体を起こして周りを見回してみる。
そこは色とりどりの花々が咲き誇る美しい花園だった。
(天国? でも僕は死んだ覚えはないんだけどなぁ……)
首を傾げていると、あることに気がついた。
それは自分の体に違和感を感じたことだ。
(えっ!? これってもしかして……)
慌てて自分の手足を見てみるとそこには人間のものではない、白く長い毛に覆われた四本の足があった。
(猫になってるー!)
どうやら僕は死んでしまったらしい。
まあ、あの状況じゃ当然の結果かもしれないけどね。
それにしてもこんな形で夢が実現するなんて思ってなかったよ。
神様ありがとうございます!
とにかく、せっかく猫に生まれ変わったんだし、今度は自由に生きてみようかな。
幸い猫になったことだし、これからは毎日花畑を走り回って遊ぼうっと。
こうして僕ことシロは新しい人生をスタートさせたのであった。

  *

――俺たちが少し目を離していたら、あの子は、もう、いなくなっていた。
親として失格だよ、俺たちは。
どうせなら、ずっと、あの子のそばにいてあげれば、よかったのに――。

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