咲いた月の下で #40
◯:…
◯父:…
◯母:…
咲父:…
咲母:…あんたたち、ちょっとは落ち着きなさいよ。
病院に着いたものの、処置中のため病室に入れず、一旦待たされている一行。会話するでもなく、でもじっともしていられず、買うわけでもないのに自販機に向かってみたり、置いてある新聞を眺めてみるも全く頭に入らないという、なんとも落ち着かない時間になっていた。
咲父:そうは言ってもなぁ…
◯父:仕事で見慣れてるシチュエーションなのに、自分のこととなるとな…
そうこうしていると、看護師さんが出てきて声をかけられた。
看:まもなく分娩室に行きますので、旦那さん、そばについていてあげてください。
◯:は、はい!!
4人を残し、病室へ入る。
◯:咲月!
咲:あ、◯◯…
苦しそうながらも、◯◯の顔を見て、少し笑みを浮かべる。
◯:いよいよだな。傍にいるから、頑張ってな。
咲:うん…すっごい…痛いけど…楽しみだよ…
額に浮かぶ汗を拭い、腰を擦る。
出産は生き物にとって命がけの営み。必死に頑張る咲月に声をかけ続けた◯◯だった。
***
一時間後。
◯:咲月…ありがとう。本当によく頑張ったな。
咲:えへへ…なんとかやりきれたよ…
咲月の横で微かな吐息を立てる赤ん坊。
無事、二人の子供がこの世に生を受けた。
◯:なんか…本当にこの日を楽しみにしてたんだけどさ、全然言葉にならないわ…
咲:ホントだね〜…ずっと会いたかった赤ちゃんに会えたのに、ただただ可愛いしかないね…
子供の頭をそっと撫でる◯◯。
◯:でも、この子を一目見た時さ、凄く自然に思ったんだよね。
咲:ん?
◯:咲月とこの子が一生笑顔でいられるように頑張ることが、俺の人生の意味なんだなって。
咲:◯◯…
◯:まだ社会人にもなってないけど、頑張るよ。絶対、幸せにするな。
咲:うん、ありがとう。でもそのためには◯◯も笑顔でいてくれないとね。そのために私がいるよ。一緒に頑張ろうね。
微笑み合う二人の間で赤ん坊がくすぐったそうに手足を動かしていた。
***
落ち着いたので、両親たちも病室へやってきた。
蝶よ花よ、という言葉を絵に描いたような状態になったが、全員にとっての初孫、それも致し方なし、だろう。
◯父:いや〜、本当に可愛いな。
◯母:何回言うのよ…でも本当に可愛いわね。
人のことは言えない◯母。
咲父:どっち似だろうなぁ。目元なんか◯◯君にそっくりじゃないか?
咲母:まだ眼も開いてないのに分かるわけないでしょ!顔立ちなんかすぐ変わっていくんだから。
浮かれた時間は過ぎるのも早く、面会終了時間が近づいてきた。
◯:じゃあ、今日は帰るな。明日朝イチにまた来るよ。ゆっくり…は無理かもだけど、なるべく休んでな。
咲:うん、ありがとう。夜は病院で診てくれたりもするから、ちょっと一休みするよ〜。
笑顔で手を振る咲月。
兎にも角にも、一大イベントを笑顔で乗り切れてホッと一息の◯◯だった。
***
自宅に帰る前に「みづき」に立ち寄る。
ちょうど、店じまいをするところだった。
美:あら!◯◯君!
奈:センパイ!戻ってきたんですか!?咲月センパイは!?
◯:ご迷惑をおかけしました。無事、産まれました。母子ともに健康です。
フォローしてくれた二人に頭を下げる。
奈:うわ~!!良かったです〜!!!
美:◯◯君、おめでとう!
まだ家族以外には誰にも報告していなかったので写真も初披露。やっぱりどっち似だ?なんて話で盛り上がった。
美:はぁ~、可愛いしか出てこないわね…会えるのが楽しみだわぁ。
◯:こっちの家に帰ってくるのはもう少し先ですけと、連れてきますね。
奈:わたし、お見舞い?ねぎらい?に行きたいです!
◯:ありがとう。病院はちょっと難しいけど、実家でよければ。茉央たちも来ると思うから、ぜひ来てくれな。
時間も遅かったので、今日はこれで切り上げて家に戻った。
***
◯:咲月〜、お姫様〜、おはよう。
翌朝。面会開始時間と同時に病室を訪れた。
咲:あ、◯◯、おはよう!早いね!
ちょうど咲月も朝ご飯を食べ終えたところだった。
◯:昨日はよく眠れた?
咲:うん、私が寝ようかな、と思ったあとは病院に預かってもらったから、朝までぐっすりだったよ〜。久しぶりにお腹が軽くて、変な感じ 笑
◯:そっか、それは良かった。
顔色も良さそうで、一安心。
咲:でも今晩からはミルクあげたりもやってみようと思って。いつまでも入院してるわけじゃないしね。
娘の頭を愛おしそうに撫でる咲月。
◯:そうそう、俺もミルクとかオムツとか、今日練習しとかないとな。
咲:そうだね。私もだけど、何事も初体験だもんね。
事前に話を聞いたりプレパパ・プレママクラスで練習したりしたものの、やはり本物は勝手が違う。経験していくしかない事ばかりだ。
咲:それはさておき、パパさん。
◯:?
咲:大事な話が残ってるよね。
◯:あぁ、そうだな。
***
一ヶ月ほど前。
◯咲:う〜〜〜ん…
二人はそれぞれ本を開いて、かれこれ一時間、頭を捻っていた。
◯:わからん…名前ってどうやって決めたらいいんだ…
咲:一生ついて回るものだもんね…責任重大だよ…
◯:よくあるパターンは、季節の言葉とか親の思いをベースに、字画とかも踏まえて決めるって感じか。
咲:そうだね~、なんか夫婦共通の趣味とかがあると、それに因んだりもするよね。海とか山とか…
◯:俺たちあんまりそういうのはないからなぁ。
自分のことではなく、人の人生に関わる決定をするのは初めてかもしれない。何をきっかけにすればよいのか、方向性からして定められなかった。
◯:…そもそも、漢字じゃなくてもいいんだよな。
咲:平仮名の子もいるよね。カタカナでも、最近だとアリだと思う。
◯:…ダメだ!今日は終わり!また明日!
咲:え〜!それもう3日連続じゃん!!
***
そんなことを幾度も繰り返し、ようやくいくつかの候補に絞ったのだった。
咲:絞った3つのうち、実際に顔を見て一番合うのにしよう、って言ってたよね。
◯:だな。で、咲月は顔見たら決まった?
咲:…うん、なんか、ピンときた。◯◯は?
◯:俺も。じゃあ、結婚式の時みたいに…せーのっ!
果たして、二人の選んだ名前とは…
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