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軽音部の後輩

ゴールデンウィークをまもなくに控えた4月末。
高校2年生になった生活にも慣れてきた今日この頃、うららかな日曜日の午後を過ごしていた。

?:お兄ちゃーん。

◯:ん〜?どうした彩?

2階の部屋から降りてきて声をかけてきたのは妹の彩。中学3年生になったばかり。

彩:中3のカリキュラム見てたんだけどさ〜、このGW明けテストって何〜?

彩と僕は同じ私立中高に通っている。
中学受験はなかなか大変だったけど、逆に高校受験はないから落ち着いた6年間を過ごせている。公立にはない、いろんなコンテンツがあるのも個人的には楽しい。学費は高いんだろうけど、親には感謝だ。


◯:あぁ、それはね、「公立の人たちは中3にったら高校受験でめちゃくちゃ勉強するんだから、お前らも気を引き締めろ!」っていう、先生からのありがたいテストだよ。

自分が当時の担任に言われたセリフをそのまま伝える。

彩:うぇぇ…大きなお世話だよ〜…あやたちはその分中学受験頑張ったのに〜…

ブー垂れる彩。
最近随分大人びてきたが、こういうところはまだまだ子供っぽくて可愛らしい。

◯:あはは、そうだよな〜。僕もそう思ってたよ。

彩:お兄ちゃんは勉強できるからいいよね〜、あやは毎回必死だよ…

彩はそう言うが、彼女の成績は決して悪くない。しっかりトップ50には入っているし、学校のレベルからしたら十分だ。
ちなみに僕はトップ10付近。自分では頭が良いとは思わないが、昔から世渡りと要領は良かったので、そのお陰だと思っている。

◯:まぁまぁ。またわからないところは教えてあげるから、頑張ろう。

彩:はぁ〜い。

しぶしぶ、といった様子でお茶を汲む。ちょうどおやつの時間だ。


彩:あっ、そうだ!この前言った、ゴールデンウィーク中にある部活の発表会、見に来れる!?

彩は吹奏楽部でクラリネットを吹いている。
春の発表会があるから、予定を空けておけ、と言われていた。

◯:うん、大丈夫だよ。楽しみにしてる。

彩:やった!頑張るからみててね!

ぴょん、と飛び跳ねて喜びを表現する。
中学3年生にもなって、兄に部活の発表会を見に来てほしいというのは珍しいことかもしれないが、彩はまだまだ僕にべったりだ。
昔から両親が忙しくてあまり家におらず、僕が面倒を見ることが多かったせいかもしれないが、まぁかわいいので良しとしている。


彩:友達も見に来てくれるし、練習頑張らないと!お兄ちゃんは何するの?

◯:僕も部活関係かな…ゴールデンウィーク明けまでに、せめてやりたいパート決めておかないと。

彩:あぁ、軽音部の?

中学では陸上部で短距離をやっていたが、高1の終わりに怪我をしてしまった。ケアをしながら続けるということもできたが、無理してやるほどの成績でもなかったし、残り少ない高校生活で新しいことを始めてみたくなったので、前から興味があった軽音部に入った。

軽音部は中高合同で活動している。
当然、バンド単位での活動なので、まずはパートを決めてバンドを組まないと話にならない。4月は仮入部としていろんな楽器を触っていたが、そろそろ絞ろうというところだ。

彩:軽音はあやも興味あるんだよね〜。この前、ドラム叩いたら超楽しかった!

◯:へ〜、彩がドラムとは、意外だね。

彩:あやも兼部で入っちゃおうかなぁ。

◯:そしたら、バンド一緒に組めるかもね 笑

彩:えー、それ、楽しそうかも 笑

普通は嫌がりそうなもんだけど、全くかわいい妹だ。


***


ゴールデンウィーク。
学校の近くの市民ホールで市民音楽祭が行われ、彩たちもその1ステージとして登場することになっていた。
彩と一緒に会場に行くと、彩の友達から声をかけられた。

?:あーや!

彩:あっ、きっき!来てくれてありがとう!

きっきと呼ばれた女の子が駆け寄ってくる。

◯:きっき?

彩:紹介するね!五百城茉央ちゃん!この4月に転校してきたんだよ。こっちはうちのお兄ちゃんで、高等部の2年!

彩は友達に独特のあだ名をつける傾向がある。

◯:五百城さん、初めまして。彩と仲良くしてくれてありがとう。

兄っぽい挨拶をしてみる。

茉:初めまして!お兄さんのことはあーやからよく聞いてます!優しくていいお兄ちゃんやって!

彩:ちょっと!やめてよ〜!

じゃれ合う二人。あまりにも尊い光景に思わず笑みがこぼれる。

彩:あっ、もう行かなきゃ!じゃあ本番観ててね~!

◯:うん、頑張ってね!

茉:また終わったらな〜!


二人残されてしまったが、なんとなく、じゃあね、というのも憚られる。

◯:よかったら、一緒に観る?

茉:あっ、はい!私一人なので、お兄さんがよろしければ是非!

◯:僕も一人だから。それじゃ席に行こうか。


彼女は2年までは関西にある同じ系列校に通っていたが、親の仕事の都合で3年からこっちに引っ越すことになり、編入してきたそうだ。
私立だと転出はたまにあるが、転入は珍しいので、なかなかの注目の的になったとか。

◯:そっか~、それはバタバタだったね。部活とかは決めた?

茉:まだなんです。進度調整の補講がようやく落ち着いてきたので、そろそろ決めたいんですけど。

◯:向こうでは何やってたの?

茉:剣道です!でもこっちに来たので、せっかくやし違うことしようかなって。

なんとなく、どこかで聞いた話だ。

◯:そうなんだ。僕も同じような理由で、今、軽音部に仮入部中だよ。

茉:えっ!?軽音ですか?

◯:う、うん、どうかした?

そんなに驚くようなこと言っただろうか、と言葉を反芻する。

茉:私、趣味でギター弾いてるので、軽音もいいかなぁ、って思ってたんです!

〇:それは奇遇だね。

茉:詳しく教えてほしいなぁ…

〇:全然いいけど…もうそろそろ始まりそうだね。とりあえず聴こうか。


それから二人で彩の演奏を聴いた。
正直、クラシック音楽に明るいわけではないのだが、彩や同年代の子たちが一生懸命練習してきた姿を想像し、クライマックスでは目頭が熱くなった。なんだかもう、親のような目線だ。

茉:あーや、お疲れ様!すごく良かったよ〜!

◯:彩、お疲れ。感動したよ。

彩:えへへ!ありがとう!緊張したな〜。

出番が終了し、出てきた彩に労いの言葉をかける。
一緒に頑張った仲間たちと声を掛け合っているのを見て、微笑ましい気持ちになった。


ひと段落したところで、3人で帰宅の途に就く。

茉:あっ、お兄さん、さっきの軽音部の件なんですけど…

彩:なになに~?

彩にも事情を説明する。

彩:なるほど!じゃあ、きっき、明日家においでよ!GW明けテストに向けて一緒に勉強しない?その時お兄ちゃんとも話せばいいじゃん!

茉:ええの?私はすごいうれしいけど…

チラリと僕を見る。

〇:もちろん。どうせ親はいないし、三人で遊ぼっか。

彩:やった!楽しみ!!

またしてもぴょんと跳ねる彩。
帰り道に明日のお菓子でも買って帰ろうかな。


***


茉:お邪魔しま~す…

翌日、恐る恐る玄関に入ってくる五百城さん。

〇:いらっしゃい。ホントに僕たちだけだから、遠慮なくくつろいでね。

彩:きっき、いらっしゃい!上がって上がって!

電車通学の我々の家に友達が遊びに来るという機会はそう多くない。それもあって、彩は昨日からずっとソワソワしていた。


二人はまずはテスト勉強するとのことだったので、お茶菓子だけ出して、僕は読書をする。わからない問題があったら教えようと構えていたが、二人ともその気になれば自分でやれるタイプらしく、あまり出番はなかった。

彩:ふう~、疲れたぁ。そろそろ休憩しない?

茉:うん、そやな。

五百城さんの関西弁が新鮮だ。


〇:二人とも、お疲れ様。

おやつにホットケーキを焼いてみた。

彩:ホットケーキ!!美味しそう!!

茉:うわぁ!ホットケーキなんて久しぶりや!ありがとうございます!

バターを乗っけただけのシンプルな作りにしたけど、喜んでもらえたようでよかった。


〇:五百城さん、食べながら軽音部の話する?

茉:あ、そうですね、でもその前に…

少しだけ恥ずかしそうな顔をして言う。

茉:私のことは名前で呼んでもらえたら…あまり、苗字で呼ばれるのは慣れてなくて。

◯:なるほど、じゃあ、茉央ちゃんで。僕のことも同じでいいよ。

いつまでもお兄さん、と呼ばれるのも少し恥ずかしかったところだ。

茉:はい、◯◯さん!


それから軽音部について、活動の様子やイベントなどについて、知っていることを話した。とは言っても、週に一回ミーティングで活動状況を共有することと、パートごとに練習の仕方を教え合ったりしているだけで、基本的にはバンド単位で自由に活動している。
秋の文化祭での合同ライブステージが一番大きな目標で、中には町のライブハウスで活動している人達もいるけど、少数だ。

茉:なるほど〜、割と自由な感じで、自分たちなりに楽しめそうですね!

◯:そうだね。熱血系ではないけど、本気でやろうと思ったらそれなりにできるよ。

茉:でも今から入ってすぐバンド組めるもんですかね?

◯:それは僕も不安な点なんだよなぁ。やっぱりもうバンドは固まっちゃってるしね。

うちの学校は高校入学がない完全中高一貫なので、基本的に部活への出入りは多くない。中1の新入生と組むのも少し抵抗がある。僕みたいなまれなケースに期待するしかないのか…


彩:大丈夫!

突然、彩が胸を張って声をあげる。

茉:あーや?何が大丈夫なん?

彩:きっきがギターで、お兄ちゃんがベース。そしてあやがドラム!これでスリーピースバンドの完成!!

◯:えっ!?彩、本当に兼部するの?

彩:だって、聞いてたら楽しそうなんだもん!あやも仲間に入れてほしい!

相変わらず子供みたいな理由。


茉:吹奏楽部は大丈夫なん?

彩:他にも軽音と兼部してる子はいるよ!なんとかなるなる♪

もうすでに楽しそうな彩。

◯:…まぁ、ダメという理由もないけど、茉央ちゃんはどう?

茉:私ももちろんオッケーです!楽しそう!

こうして意外にもあっけなくバンドとパートが決まってしまった。


***


難関をあっさり越えた僕達は早速活動を開始した。
茉央ちゃんはギター経験者だが、僕と彩は初心者。僕に至ってはまず楽器を手に入れないといけない。幸い、これまであまりお金のかからないスポーツをしていた僕は、お小遣いやお年玉の貯蓄がそこそこあったため、程なく安価なベースを手に入れることができた。

問題は彩で、さすがにドラムセットを買うことはできず、必然的に学校の備品か貸しスタジオかになるが、いずれもそれほど回数はできない。みんなで雑誌を積み重ねた本ドラムを作り、基礎練はそれで凌いだ。
本物が使える貴重な練習会に向けて個人練習を頑張り、週に数回、限られた時間を有効活用出来るように工夫した。


ある日の昼休み。
彩が放課後に吹奏楽部の練習がある時はこうして昼休みに集まっている。

茉:そういえばさぁ、このバンドって、誰が歌うん?

練習前にお弁当を食べながら茉央ちゃんが言い出した。

◯:そういや決めてなかったな。

彩:練習するときはいつもきっきがフンフーンって歌ってくれるから、きっきだと思ってたよ?

茉:えっ、そうなん?ボーカルはちょっと自信ないなぁ…

少し視線を落とし気味になる茉央ちゃん。

◯:そうなの?僕は茉央ちゃんの歌声めっちゃ好きだけど。

茉:えっ…ほんまに…?

素直に思ってることを言っただけだけど、驚いた表情でこちらを見る。

◯:うん。なんか、心に届くよね。

彩:あやもそう思う!

茉:うわ〜、なんか恥ずかしいなぁ…でも嬉しいわ。

照れくさそうにはにかむ。

彩:じゃあボーカルはきっきに決定〜!お兄ちゃんはコーラスね!

◯:えっ、そうなの?それこそやったことないし自信ないよ…

茉:◯◯さんが一緒に歌ってくれるならめっちゃ楽しみ!

こんな感じで、バンドの形ができあがった。


***


それから秋の文化祭に向けて練習を続けた。
ゴールデンウィークに結成して秋の文化祭はなかなか厳しかったが、僕が高2なのを考えると発表の場も限られる。少ない機会は無駄にしたくなかった。

文化祭は大きなステージで、対バン形式で発表していく。ただ、僕達はいかんせん初心者で持ち曲も少なかったので、前座っぽい感じで出ることになった。それでも、とにかく初めてのステージ。

◯:もうすぐ出番だけど、さすがに緊張するなぁ…

茉:そやね…あーやはそうでもない感じ?

彩:まぁ、吹奏楽部の発表である程度は慣れてるけど…自分にこんなに注目が集まるのは初めてかも。

舞台袖からちらっとステージを覗く。

茉:お客さんはまだそんなに多くないけど…でも来てくれてるわ。

◯:まぁ、初めてだし、思い切ってやろう!


そんなありきたりな掛け声をしてスタートしたものの、振り返ってみればなかなかに初々しいステージになってしまった。
演奏に必死で手元しか見てないし、その割には間違いまくったし、音は外すしリズムもバラバラ。
グルーブ感なんて生まれようもなかった。


彩:あ~…なかなか酷かったねぇ…

ステージ終了後、映像を見返しながら三人で反省会をする。

茉:ホンマやなぁ…

◯:始めて4ヶ月だからね…

三人で深いため息をつく。


◯:…でも、茉央ちゃんの歌声はやっぱりいいね。

茉:えっ?

◯:演奏はなかなか酷かったけど、それでもお客さんが最後まで聞いてくれたのは、茉央ちゃんの歌声のおかげじゃないかなぁ。

彩:ホントにそれはそうだと思う!やっぱり、心に染み込んでくる感じするもん!

茉:そ、そうなんかな…ありがとう、嬉しい!

顔を赤らめながらも、嬉しそうな茉央ちゃん。

◯:まぁ、細かい反省会はまたやるとして、来年の文化祭に向けて頑張ろう!

茉彩:お〜!!

こうして僕らのバンドは初めてのステージを終えた。


***


それからまた練習練習の日々が始まった、
変わったこととしては、彩が吹奏楽部の練習でいないとき、茉央ちゃんと二人で歌の練習をするようになった。
彼女の歌声がバンドの大きな武器だとわかり、僕のコーラスもそれをうまく引き立てられるよう、練習を重ねた。


茉:結構いい感じになって来ましたね!

◯:そうだね。でもなんかもうひとつ足りないような…

茉:うーん、何やろ…

二人で頭を傾げる。

◯:技術というより、曲の解釈とかかなぁ。茉央ちゃんはこの歌の歌詞をどういう風に思ってるの?

茉:えっとですね…

そんなふうに、曲が描く世界について、茉央ちゃんの意見と自分の意見を共有し、すり合わせていった。


茉:なんか、前と全然違う感じがする!歌いやすいし、気持ち入る!

◯:ホントだね。僕もそう思うよ!

二人で微笑み合う。
さらに完成度を高めるためにも、もっと茉央ちゃんのことを知りたいと思った。


◯:…もしよかったらなんだけど…

茉:?

◯:今度、映画見に行かない?この歌が主題歌になってるやつ、今やってるよね。

茉:おぉ!いいですね!行きたいです!

女の子を映画に誘うなんて初めてだから少し緊張したけど、あっさり了承された。

茉:あーやはいけるかなぁ?

◯:それが、その日は彩は別の用事があるらしいんだよね。

公開終了が迫っており、候補日も少なかった。

茉:あっ、そうなんや…

途端に不安な表情に変わる。そうか、快諾だったのは三人だと思ってたからか…


茉:えっと…じゃあ二人で…行きます?

上目遣いでおずおずと聞いてきた。

◯:茉央ちゃんが良ければ…いいかな?

茉:…はい!楽しみにしてますね!

一瞬不安になったが、すぐに笑顔で返事してくれたので、ほっと一安心。
彩に話したら私も行きたいとすごく駄々をこねられたが、アイスを奢ることで手を打ってもらった。


***


茉:◯◯さーん!

待ち合わせ場所に茉央ちゃんがかけて来る。

◯:やあ。いい天気でよかったね。

私服姿の茉央ちゃんを見るのは久しぶりだが、スタイルがいい分、何を着ても似合う。


茉:遅れてすみません!服、迷っちゃって…

えへへ、と照れ笑いをする茉央ちゃん。楽しみにしてくれていたのがわかって嬉しい気持ちになる。

◯:来たばかりだから、大丈夫。その服すごく似合ってるね。

ガラにもないキザな言いっぷりだが、実際そう思ったんだから良しとする。

茉:あ、ありがとうございます!

ちょっと照れつつ、満面の笑みを見せてくれた。


早速、映画館に入る。
映画の内容は、いわゆる学園モノのラブストーリー。学校生活で出会った二人が惹かれ合って付き合ったものの、進学を機に離れ離れになり、一度は疎遠になったが、また再会して結ばれる、というもの。
簡単に言うとそんな感じだが、ストーリーとしては練られており、なかなか楽しめた。


終わった後、近くのカフェでランチを食べながら、映画の感想を話し合った。

茉:映画を見たら、また歌の聞こえ方も変わりますね〜!

ハンバーガーを頬張りながらニコニコと話す茉央ちゃん。

◯:本当だね。歌って言葉数が少ない分、聞く人が色々想像できて楽しいんだけど、届ける側にはそれはそれで一つの意思があるんだね。

茉:わかります!そこは私たちでは合わせとかなきゃいけないですね!


ふと、少し神妙な顔つきに変わる。

茉:◯◯さんは…離れてても恋愛とか出来る人ですか…?

◯:えっ、うーん、どうかな…

茉:映画では、大学が離れたら別れちゃったじゃないですか…もし◯◯さんだったら、どうなんやろ、って…

◯:そうだな…まぁ、もちろん近くにいていろんなことを一緒にできたらいいなとは思うけど…

心なしか、茉央ちゃんの表情が曇ってしまった気がする。

◯:でもそれは小さなことかも。離れていても、お互いの経験を共有して、嬉しいことは一緒に喜んで、悲しいことは慰め合うっていうのが理想だね。

茉:そうですよね!それ理想やと思います!

茉央ちゃんに笑顔が戻る。感情が非常に分かりやすい子だ。

◯:茉央ちゃんの方はどうなの?

茉:えっ!?わ、わたし!?

人に聞いておいて、自分が聞かれるのは予想してなかったのか、えらく慌てる茉央ちゃん。

茉:ま、まおは、好きになった人とはずっと一緒にいたいです…多分なんとかついていこうとしちゃうと思います…

終盤、消え入りそうな小さな声になっていたが、慌てた拍子に一人称が名前呼びになって、かわいいと思ってしまった。

◯:フフッ、頑張り屋さんの茉央ちゃんらしいね。

茉:も、もう!恥ずかしいです!

オレンジジュースの残りを音を立てて飲み干し、パタパタと手うちわ。
映画を通して、また茉央ちゃんのことを知れた気がする。来てよかった。


その後は楽器屋に寄ってギターやベースを見たり、本屋でオススメの参考書を教えたり、ゲーセンでクレーンゲームをして遊んだ。感情表現豊かな彼女とは、一緒にいてとても楽しかった。

楽しい時間はあっという間で、帰り道。

茉:今日はありがとうございました!とっても楽しかったです!

◯:うん、僕も楽しかったよ!

茉:また、遊びに行きたいです!

◯:そうだね。今日は彩が来れなかったから、三人でも遊びに行きたいね。

茉:あっ…はい!そうですね!

一瞬、間があった気がしたが、特に触れず駅で別れた。


家に帰ると、彩もちょうど帰ったところだったようだ。

◯:ただいま〜。

彩:お兄ちゃん、おかえり。デートはどうだった?

◯:デ、デート!?変な言い方するなよ…

彩もそんな事を言う歳になったのか…

彩:…ふーん。なるほどね…

何がなるほどなのかよくわからないが、なんだか白い目で見られてしまった。

彩:ま、楽しかったようで何より。

捨て台詞みたいなのを残してさっさと自分の部屋に戻って行った。一緒に行けなかったのを根に持ってるんだろうか…


***


月日は流れ、新学期。僕は高3になり、彩と茉央ちゃんも高等部1年になった。
3年になると受験で部活を引退する人もいるが、僕は推薦狙いで行こうと思っているので、最後まで続けることにした。
「秋の文化祭でいいライブをすること」
最初から変わらないこの目標をなんとかやり遂げたい。

さて、今日は体育祭が行われる。
高校中学が縦割りのクラスに分けられ、まだ小学生みたいな中1と、すっかり大人な高3が協力して戦う、なかなか盛り上がるイベントだ。元陸上部としても貢献できるところもあるので、腕が鳴る。

彩と茉央ちゃんとも同じチームになったので、一緒に応援したりして楽しんだ。

茉:よし!次は私の借り物競争や!絶対1位取ったる!

彩:きっき頑張れ〜!

◯:ファイト!ここでポイント取ったら優位になるよ!

ファイティングポーズを決めて待機所に向かっていく茉央ちゃん。
うちの学校の借り物競争は、なかなか攻めたお題が出ることで有名だ。ここですぐに借りてこれるものを取れるかどうかが鍵になる。


茉央ちゃんの番が来た。
お題の紙を開いて、一瞬驚いた顔をしたが、一目散にこちらに駆けてくる。

茉:ま、◯◯さん!来てください!!

◯:えっ!?ぼ、僕!?

まさか呼ばれるとは思ってなかったので戸惑ってしまったが、強引に手を引かれゴールまで連れて行かれる。
茉央ちゃんの素早い反応のおかげで、無事一着でゴールを通過。係員役の生徒にお題の結果を確認される。

係:お題は…「好きな異性」!

◯:えっ、す、好きな異性!?

茉:あっ、え、えっと…い、一緒にバンドしてるし、あーやのお兄さんやし、遊びに行ったこともあるし…

どんどん顔が赤くなり、声が小さくなっていく茉央ちゃん。

係:はい、それならオッケーです!おめでとうございます!

無事認められ、一着になった。

◯:…や、やったね!さすが茉央ちゃん!

なんだか気まずくなってしまったが、明るく声を掛ける。

茉:は、はい、良かったです!

はにかむ茉央ちゃん。
彼女の言う通り、一番身近な存在ってことで選んでくれたんだろう。


競技は進み、いよいよ最終の学年選抜リレー。
昔取った杵柄で、僕も選ばれている。しかも最終学年なのでアンカー。

彩:お兄ちゃん、頼んだよ!リレー勝ったら総合優勝だよ!

茉:◯◯さん!私、勝ちたいです!!

二人からの熱い声援を受けて、スタンバイに向かう。


レースは序盤から競った展開に。
うまい具合に陸上部やサッカー部がチームに振り分けられているので、大きな差がつかない。
レース中盤までトップに立っていたが、僕の前走者の中1生がコーナーで軽く接触し、体勢が崩れた際に抜かれてしまう。それでも歯を食いしばって走ってくれ、2位でバトンをもらった。

◯:よく頑張った!後は任せて!

バトンを受け取り、前を向く。相手は確かサッカー部、強敵だが差はそこまでではない。アンカーは他走者の2倍の200mを走る。僕の専門より少し長い。

半分まで走ったところで、差はわずか1、2m。だがここからがきつい。相手も必死に足を前に出す。こちらは陸上部出身とはいえブランクもある。もう一伸び、あと一歩…

茉:◯◯さーーーん!!!負けるなーーー!!!

大歓声の中から、はっきり聞こえた。毎日聞いている、僕の好きな声。

〇:っ!!

最後の力を振り絞る。茉央ちゃんの声に背中を押され、浮いてしまいそうな上体を無理やり沈めて歯を食いしばり、一歩を踏み出す。

ゴール前5mの地点で捉え、テープを切った。


大逆転劇に、今日一番の歓声が上がる。
僕はゴール後、倒れ込みそうになったところをリレーを走ったチームメイトに揉みくちゃにされた。

一段落して応援場所に戻る。
ここでもチームのみんなが声をかけてくれ、ハイタッチ。陸上部でもチーム競技はやっていなかったので、成し遂げた充実感が感じられた。

彩:お兄ちゃん!よくやった!

何故か仁王立ちで上から目線コメントの彩。

◯:あはは…勝ててよかったよ。

茉:◯◯さん…凄かったです…感動しました…

その横で、ちょっと涙を浮かべて微笑む茉央ちゃん。

◯:茉央ちゃん、声援、はっきり聞こえたよ。ありがとう。

茉:◯◯さん…

彩:さー!閉会式に行きましょ〜!

ちょっといい感じの雰囲気に、彩がカットイン。
思いがけず、ガラにもないヒーローになってしまったが、こうして高校生最後の体育祭は幕を閉じた。


***


数カ月後、文化祭も迫ってきた夏休み明け。
この日は◯◯が修学旅行で不在のため、彩と茉央は二人で昼ご飯を食べていた。

彩:…きっき…

茉:ん〜?

彩:お兄ちゃんに告白しないの?

茉:ええっ!い、いきなり何!?

唐突な質問に、危うく喉を詰まらせそうになる。

彩:好きなんでしょ?お兄ちゃんのこと。

事も無げに、弁当を食べながら聞いてくる。

茉:あぁぁ…え、えっと…

彩:あやにまで内緒にしなくていいじゃん。最近特に分かりやすいし。

茉:えぇ…そうなんや…

真っ赤になって俯いてしまう。

彩:あやが口出すことじゃないかもだけどさ、最後のライブも近いし、それが終わったら受験で、すぐ卒業だよ?

茉:う、うん…そやな…

彩:我が兄ながら、鈍感だしね〜。気づいてるんだか、気づいてないんだか…

茉:…どうしたらええんか、自分でもわからんくって…ライブ成功させたいし、でも終わっちゃったら今みたいに会えなくなるやろうし…

普段の明るい声とは真逆に、俯いて弱々しく話す。

彩:きっき…

茉:ごめんな。歌に迷いが出ちゃわないように、早く決めなきゃ、って思ってるんやけど…

彩:ううん…あやは何も出来ないけど、悩みあったら聞くから…

茉:あーや…ありがとう…

そんな会話が行われているとは露知らず、呑気に二人へのお土産を選んでいた◯◯だった。


***


ついに迎えた最後のライブ。
1年間みっちり練習したおかげで、今回はしっかりとワンステージ分の出番がある。

◯:結成してから1年半、短い期間だったけど、ここまでこれて嬉しい!上手な演奏も大事だけど、思いっきり楽しんでやろう!

彩茉:おーっ!!

舞台袖で円陣を組む。
ステージが暗転、BGMのボリュームが大きくなり、客席の期待感が高まる。ライブハウスみたいな演出に一気にアドレナリンが吹き出す。
2人の肩をポンと叩き、ステージへ。


茉:「こんにちはー!よろしくお願いします!」

茉央ちゃんの元気な挨拶でライブスタート。
序盤の数曲は会場を温めるホットナンバー。ハツラツとした表情で歌う彼女の歌声がとても爽やかだ。彩のドラムも軽快なリズムを刻む。それにうまくベースを乗せ、コーラスも合わせていく。すごい一体感だ。


茉:「まずは2曲聴いていただきました!どうでしたか!?」

MCでオーディエンスの温まり具合を確かめる。うん、十分乗ってきてる。

茉:「ありがとう!私たちは去年の4月に結成したんやけど、今日を目標にやってきました!ベースの◯◯さんが3年生やから、これっきりのライブになっちゃいます。皆さ〜ん、聞けてラッキーやで〜!」

冗談っぽく会場を煽る。笑い声と歓声。

茉:「まだまだ盛り上がって行きたいので、最後までよろしくお願いしま〜す!」

アップテンポな曲、少ししっとりした曲と、緩急を織り交ぜて届けていく。
曲もそうだが、それを表現する茉央ちゃんの表情や歌声がオーディエンスの心を掴み、会場全体の一体感を演出する。やっぱり、彼女の歌はすごい。

高い高揚感の中で演奏していると、あっという間にラストの一曲になってしまう。


茉:「…もう次が最後の曲になっちゃいました。」

茉央ちゃんも名残惜しそうに話す。

茉:「最後の曲は、私にとって凄く大切な曲です。この曲をみなさんに届けるために、メンバーでいっぱい相談しました。」

少しの間。予定していたMCとは少し違う。

茉:「…自分にとって大切な人がいて、思いを伝えたくても言えない葛藤。勇気を振り絞って成就した恋も、離れ離れになってしまう切なさ。それでも思い続けて、いつかまた巡り逢いたいという希望。そんな思いを歌った歌です。」

一瞬、僕の方に視線を送る。

茉:「私も、大切な人のことを思って歌いたいと思います。聴いてください。」

最後の曲は、去年映画を見に行ったあの曲。

解釈を合わせて、何度も何度も練習してきた曲だが、本番での茉央ちゃんの迫力は凄かった。オーディエンスの心に、そして僕達の心にもダイレクトに届く、そんな歌だった。

曲が終わる。茉央ちゃんの目からも涙が溢れる。

◯彩茉:「…ありがとうございました!!」

大歓声の中、三人で頭を下げる。
目標にしていたライブ、やりきった。充実感で一杯だった。


***


舞台袖から控室へ。
演奏に全精力を注ぎ込んだせいか、言葉はなく、肩で息をしながら歩く。

彩:…先、行ってて。

控室に入ろうかというところで、彩はどこかへ行ってしまった。
次の出番のバンドとすれ違い、控室で茉央ちゃんと二人になる。ボーカルは、僕たちの倍、疲れただろう。ずっと俯いている。


◯:…お疲れ様…

声をかけた瞬間、茉央ちゃんが僕の胸に飛び込んできた。

◯:ま、茉央ちゃん…?

突然のことに、戸惑う。


茉:◯◯さん…私、◯◯さんのことが好きです…


◯:えっ…


茉:…急にごめんなさい…今日言えなかったら、今までみたいに会えなくなっちゃうかもだから…


肩を震わせながら、ゆっくりと思いを伝えてくれる。


茉:◯◯さんは自信のない私をいつも励ましてくれて…私の歌を好きって言ってくれて…中3のときに引っ越してきて心細かったけど、この2年、本当に楽しかったです…


僕を抱きしめる腕にギュッと力が込められる。


茉:◯◯さんが大学に行っちゃっても…ずっと一緒にいたいです…


言われて、ハッとした。
僕はライブをやり遂げて満足していたけど、軽音部としての活動はこれで終わり。そうなると、茉央ちゃんと一緒にいる時間は大きく減ってしまう。とにかく本番に向けて必死になっていたから、その先のことを考えていなかった。




…嫌だ。




…これでおしまいなんて、絶対に嫌だ。




宙に浮いていた腕で、茉央ちゃんを抱き締め返す。



◯:…茉央ちゃん、ありがとう。僕の方こそ、茉央ちゃんの歌声と笑顔にいつも元気を貰ってたよ。


茉:◯◯さん…


少し体を離して、目を見て伝える。


◯:これからも、一緒にたくさん思い出を作っていきたいです。僕と付き合ってくれませんか?


茉:…はい!!


涙と、笑顔。これまで何度も見てきたけど、過去一の笑顔だった。


彩:もしもーし。部屋入りたいんですけどー。

急に入り口から彩が声をかけてきた。慌てて離れる僕たち。

◯:うわっ!彩!!

茉:い、いつから見てたん!?

彩:「僕と付き合ってくれませんか」あたりから~。

真っ赤になる僕と茉央ちゃん。いるならいると言ってくれ…


彩:まぁ、きっきの気持ちも知ってたし、お兄ちゃんの鈍感さも知ってるけど…

テクテク歩いて僕たちの間に来る彩。

彩:あやのことも構ってよね!!

グイっと二人と腕を組む。そうだ、そもそも彩がつないでくれた縁。感謝しないと。

◯:彩、ありがとう。

茉:あーや、ありがとう!これからもバンドしような!

彩:ふふーん!どういたしまして!!


***


大学に進学し、新しい生活が始まった。
高校、大学と、いる場所は分かれてしまったが、茉央ちゃんとは毎週会って、たまに駅前で歌ったりしている。

今日も彼女の歌声は、僕や道行く人を笑顔にしている。


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