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咲いた月の下で #02

翌日も変わらず冬期講習の一日。

〇:ふぁぁ…

?:よっ、眠そうだな。

〇:瑛紗か、おはよ。

隣に座ってきたのは池田瑛紗。
この塾は毎月のテストの結果で席順を決めるというひどい制度があるのだが、何度か近くになるうちによく話すようになった。

瑛:直前期だからって夜更かし勉強は良くないぞ?

〇:勉強してたわけじゃないんだけどな。昨日はなんだか寝れなくて。

瑛:なんだなんだ、悩める少年か。この瑛紗様がお悩みをきいてやろうか。

〇:いいよもう…ほら授業始まるぞ。

瑛:えーなんだよーつまんないなー

ラノベの主人公みたいな瑛紗に相談しても解決する気がしない。
もちろんそんな本音は言えないが。

瑛:今日の昼休みは12月月例テストの結果返しだな。今度こそ、キサマと席順交換してやる!

〇:なんで毎回張り合ってくるんだよ…年度最初の頃は瑛紗の方が前だったのに。

瑛:夏以降一回も勝ててないんだよぉぉぉぉ

先:池田ー、〇〇ー、うるさいぞー。いちゃつくなら外でやれー

〇瑛:いちゃついてない!

まったく、昨日といい今日といい、なんでそっち方面の話題ばっかりなんだ…

朝から騒ぎに巻き込まれてペースを乱されたものの、そこは受験生。
切り替えて、午前の授業に集中する。

***

昼休み、カフェテリアで昼ご飯。

瑛:ぐぬぬぬぬぬ…このケアレスミス一問さえなければ…

目の前には歯ぎしりして悔しがる瑛紗。

〇:早く食えよ。冷めるぞ。

瑛:あんなに!あんなに見直ししたのに!何故だ!

〇:確かにすごい気迫だったもんな…問題用紙に嚙みつくかと思った。

瑛:私のこと見てる余裕があったのか!なぜそんな奴に勝てないんだ!

〇:逆に視野狭くなってたんじゃねーの。

瑛:そんな…私は一体どうすればいいというのだ!

〇:まぁ、ちょっと力抜けよ。

瑛:うぅぅ…悩みで夜寝れないやつに言われたくない…

〇:いやいや、一緒にされても…

瑛:はぁぁぁ…もう次は共テ本番で勝負をかけるしかない…

〇:本番は俺とじゃなくて自分の志望校と勝負しろよ… 笑

ため息を吐き出しながら反動でうどんをすする器用な瑛紗を眺めながら、力を抜けといった自分の言葉を反芻する。

***

瑛:じゃあなー。今日はさっさと寝るんだぞー

〇:お疲れ。大きなお世話だ。

授業を終えた帰り道。LINEにお袋からのメッセージが。

〇母L:ごめん!急患が多くて帰るの遅くなっちゃいそう!晩御飯は適当によろしく!

インフルエンザも流行してきてるし、冬場の病院の戦場っぷりは想像に難くない。
自分の晩飯なんかより、仕事を頑張ってくれてることへの感謝と尊敬だな。

〇:さて、晩飯どうするかな…

コンビニでも寄って帰ろうかと思ってたら、咲月から電話が。

咲T:もしもし〇〇?塾終わった?

〇T:今終わったとこ。

咲T:あのね、うちのお母さんやっぱり急患で帰ってこれなくなっちゃったんだ。もしかして〇〇のところも?と思って。

〇T:ご明察。ちょうど今適当にやっといて、って連絡が来たとこだよ。

咲T:やっぱり。じゃあうちにおいでよ。カレーの残りがあるんだ。

〇T:おっ、そりゃ助かるわ。喜んでご相伴に預かります。

咲T:うんうん♪じゃあ待ってるね~

〇T:サンキュー。30分くらいで着くかな。

咲T:わかった~。

これまでも何度もあった、珍しくもないやり取り。
コンビニでは弁当じゃなく、咲月の好きなスイーツでも買って帰ろうか、なんて考えていると、思わず足取りも軽くなった。

***

咲:〇〇おかえり!

〇:ただいま~。晩御飯サンキューな。

咲:ううん。おっ、その左手に持ってるのは…

〇:ショートケーキ買ってきた。食後に食おうぜ。

咲:いやったぁ!クリスマスを先取りだね!

〇:そういやそんな時期か。最近日にち感ないわ 笑

咲:わかる。受験生辛いよね…

〇:今日が何日、じゃなくて、あと何日、って言われるしな…

咲:ご飯できてるから手洗ってきてね!

カレーと、サラダのシンプルな晩御飯。
今日やった勉強の話、買い物でスーパーに行った時の話、夕方のニュースでやってた話。
日中会わなかっただけなのに、咲月からは次々に話が出てくる。
相槌打って、時には適当に突っ込みを入れる、もう長年やってる会話のスタイル。

食後のケーキは、咲月が見たい映画があるというので、ソファへ移動して。

咲:この映画ね、和が教えてくれたんだ。ちょっと昔のだけど、すごい感動するって。

〇:へぇ、どんな話?

咲:ファンタジー要素入った恋愛もの?死んだ人が強い気持ちにひかれて甦る、ってやつ。

〇:あー、聞いたことあるかも。なんかそれだけ聞いたらホラーにもなりそうだな。

咲:確かに 笑

二人並んで映画鑑賞。
物語の終盤。感動的な展開に思わずグッとくる。
ティッシュを取ろうと隣を向いたら、涙と鼻水でボロボロになってる咲月がいた。

〇:泣きすぎだろ 笑

咲:だってぇぇ…これヤバいよ…

余韻を残したまま、終幕。

〇:まだ泣いてんの?

咲:うぅ…グスッ…刺さったわ…

〇:まぁ、確かに良かったな。

咲:ヒロインの「私はXXに会いたかったの!」って…あぁ思い出したらまた涙が…

〇:鼻水も出てんぞ 笑

咲:言うなぁ…

しばらくしたら落ち着いたようで、ソファでアフタートーク。

咲:あー、面白かった。なんか心が洗われた~。

〇:思いっきり泣くのは、メンタルには良いらしいぞ。

咲:そーかも。すっきりするよね。

〇:受験前のストレスMaxだから、いい息抜きできたな。

咲:そうだね。

ふいに、神妙な顔をする咲月。

咲:映画見てて思ったんだけどさ、なんかちょっと似てる状況あるよね。

〇:うん?

咲:私たち。生まれた時からずーっとなんだかんだで近くにいるけどさ。もうすぐ大学入ったら、さすがに進路は分かれるだろうし。

〇:あぁ…まぁそうかもな。

咲:〇〇は、大学に入ったら一人暮らしするの?

〇:う~ん、共テ次第だな。近いところはレベル高めだから。

咲:そっか…私はまだここにいると思うけど。

〇:何?俺が家出たら寂しいの?

咲:そんなわけな!…くはないかな…やっぱり…

いつもの軽いノリの突っ込みのつもりだったけど、予想外のリアクションに面食らった。

咲:映画の余韻が残ってるのかもね。ごめんねしんみりしちゃって。

〇:いや、こちらこそいつもの軽口ですまん。さーて、そろそろ帰って勉強すっかな!

ちょっとぎこちない空気感になってしまったのを、慌ててごまかす。

咲:うん、また明日ね。勉強頑張って。

〇:おう、咲月もな。

家に帰って少し復習。家事雑事をこなして布団に入る。

思いがけず咲月の気持ちに触れて、改めて数か月後の自分の状況を想像する。
咲月と離れることになった自分、咲月とこれからも一緒にいられることになった自分。

〇:あー…わかった…これが好きってことなんだな…

離れたくない、一緒にいたい。自分の願いをはっきりと自覚した。

〇:じゃあ、やることは決まってんじゃん。

今日はすっきり寝れそうだ。

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