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咲いた月の下で #39

11月も半ばを過ぎ、いよいよ年明けの予定日が近づいてきた。すっかりお腹も大きくなり、動くのも一苦労になった、ある夜。

◯:…zzz

咲:…zzz

いつも通り、ぐっすり眠る二人。

咲:…っ!!!イタタタタ!!!

突如苦しみだす咲月。

◯:…ん…えっ!?さ、咲月!?大丈夫!?

◯◯も目を覚まし、何事かと慌てる。

◯:まさか、もう産まれそう!?

早まる可能性もある、と聞かされていたので、焦る◯◯。

咲:ち、違うの…あ、脚が…

◯:脚?

咲:脚が…攣った~…の、伸ばして〜…

妊娠後期によくある現象だった。

◯:な、なんだ…びっくりした…よいしょっと…

咲月の足を伸ばし、マッサージする。

咲:はぁ〜、治ってきた…驚かせてごめんね〜…

◯:全然いいんだけど…寝てる間とかでも急に来るんだな…

咲:びっくりした〜…しかも自分じゃ伸ばせなくて…

とにかく、動くのにも一苦労なのだ。

◯:そうだよなぁ。本当に大変だな。

苦笑いして、再び布団に戻った二人だった。


***


今日は自治体が行っているプレパパ・プレママクラスというイベントに二人でやってきた。
初産を迎える夫婦に、必要な事務手続きや先輩の体験談まで、色々と教えてもらえるイベントだ。同じような状況の夫婦が集まることもあり、殊更コミュニケーションを取るわけではないが、なんとなく心強い感じもする。


◯:大体の情報は得られたかな。

咲:そうだね。やっぱり産まれてからの手続きが結構大変だね。

◯:そうだな。まぁその辺は俺に任せてくれれば良いから。

咲:うん、ありがとう。市の職員さんとかも定期的に様子を見に来てくれるんだね。

◯:手厚いよなぁ。


そんな話をしていると、体験コーナーに通りかかる。

◯:妊婦体験、ってなんだこれ?

咲:あ、知ってる!男の人に赤ちゃんがお腹にいる感じを体験してもらうやつだ!◯◯もやってみてよ!

救命胴衣のようなジャケットを着せられる。
お腹の辺りが突き出ており、ずっしり重い。

◯:おぉ…これは…

咲月を見ていて、大変なのはもちろん承知していたが、体験してみると想像以上だった。重さはもとより、足元は見えないし、肩は凝る。しかも一時じゃなくて一日中こうなのだ。
椅子に座ったりマットに寝転んだりしてみる。ただ重いだけではなく、抱えているのは一人の命。優しく、衝撃を与えないように気をつけないといけないとなると、かなりの負担だ。

◯:う~ん…わかった気になってたけど、全然だったわ…

咲:いきなりこうなるわけじゃなくて、数カ月かけてだけどね〜。

改めて、命の重みを感じる。
それを担ってくれている咲月に感謝し、頑張ってサポートしようと思い直した◯◯だった。


***


年末大晦日。
年明けまもなくに予定日を迎えるにあたり、この日から咲月は実家で過ごすことにしていた。いわゆる里帰り出産だ。


咲:ふ〜、ただいま〜。

咲母:おかえりなさい。あら〜、大きくなったわね〜。◯◯君もお疲れ様。

◯:しばらくお世話になります。

隣の家から◯◯の両親もやってきた。
いつも集まるのは元旦だが、やはり見たくなってしまい、今年は大晦日から始まってしまった。

◯父:もういよいよだなぁ。

◯母:咲月ちゃんはこの家にいるとして、◯◯はどうするの?

◯:俺はバイトが詰め詰めだから、基本家に戻るよ。空きの都度、こっちに来る。

そう遠いわけではないが、遅くに帰って朝早く出かけてもあまり意味がないね、と事前に話していた。ビデオ通話も身近なこの時代、やりようはいくらでもある。

◯母:私たちの誰かがいるから、始まったらすぐ電話してあげるわ。すぐ来なさいよ。

咲:みんな、ありがとう〜。心強いよ〜。

大晦日の晩ご飯もみんなで囲む。
話題はもちろん、ずっと子供関係のことだ。


◯父:ゆっくり紅白見るのも、しばらくお預けじゃないか?

◯:やっぱりそうなの?

◯母:来年の今頃なら夜泣きも落ち着いてるかもしれないけど、日中相手するのに疲れ果てて親も寝ちゃうのよね 笑

咲:あ~、やっぱりそうなるのかなぁ〜。

咲父:この家にいれば父さんたちが手伝ってやれるけどなぁ。

咲母:よく言うわよ!咲月のとき何もしなかったくせに!

咲父:うっ!お、俺は仕事がだな…

咲母:◯◯君、こうなっちゃわないように、最初が肝心よ!

笑いが絶えないリビングだった。


***


正月を過ごし、家に戻って再びバイト三昧の日々に戻った◯◯。とはいえ本当にもうまもなくで、風呂の中にもスマホを持ち込み着信に備えるほど、落ち着かない毎日を過ごしていた。


◯:お疲れ様で〜す。

今日は「みづき」のバイトの日。

奈:◯◯センパイお疲れ様です!

先に来ていた奈央が今日も元気に返事をくれる。

美:◯◯君、お疲れ様。今日もよろしくね。

はい、と返事しようとしたところに、けたたましく鳴るスマホの音。発信者は、咲月の母親。

◯:!!

美:ついに来たかしら!?

◯T:も、もしもし?

スピーカーにして電話を取る。

咲母T:◯◯君?陣痛始まったわよ。今から病院に行くから、あなたも来てちょうだい。

◯T:わ、わかりました!

咲母T:気をつけてね。慌てて事故ったら意味ないんだから。ゆっくり、急いで来てちょうだい。

難しい注文をされた。

奈:い、いよいよですね!早く行ってください!

美:ここは私と奈央ちゃんで大丈夫だから。しっかり咲月ちゃんについててあげてね!

◯:はい!ありがとうございます!

とんぼ返りで一旦自宅に戻り、必要な荷物を取って駅へ向かう。

待ちわびた瞬間がもうすぐそばまで来ている。
頑張っている咲月の下に急ぐ◯◯を満月が力強く照らしていた。

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