ダウン・ザ・ライン
大学生活は、高校生までのそれとは違い、授業以外の時間の使い方に極めて広いバリエーションがある。アルバイトやボランティア、あるいは家にひたすら引きこもるなど、三者三様。
その中でも多数派と思われるのがサークル活動だろう。スポーツや音楽、あるいはコアなものから怪しいものまで、こちらもバラエティには事欠かないが、活動の深さも含めて自分で選べるから、多くの学生が参加する。
かくいう自分もその一人。高校の部活でやっていたテニスをサークルで続けている。
テニスサークルというと、テニスとは名ばかりで、飲み会ばかりやっているところもあるが、その点うちは比較的まともで、部活ほど厳しくはないものの、それなりに充実した練習を中心に、初心者から玄人まで楽しめる、というのを売りにしている。
今年3年生になって、サークルの副会長を務めることになった。会長のサポートが主な役割だが、明確なタスクがない分、なんでも屋さんのような感じだ。僕の代は経験者があまり多くなかったので、練習のメニューを考えたり、初心者指導なんかもやっている。
前置きが長くなってしまったが、新歓もある程度落ち着いた6月、今日も授業を終えて、テニスコートへ向かった。
?:あ、◯◯君〜、お疲れ様〜!
着替えてコートに入ると、声をかけてきたのは女子幹部の川崎桜さん。アイドル並みに可愛いルックスながら、いつも笑顔でふわふわした雰囲気から、サークル内の男子から絶大な人気を誇る。
◯:川崎さん、お疲れ様。今日も結構集まってるね。
桜:うん!人数多いと、賑やかで楽しいね!
サークル活動は部活と違って参加も自由なので、割と人数にムラがあるものなのだが、僕たちの代に変わってからぐっと増えた。まぁ川崎さん目当ての男どもが増えているのは明らかなのだが、彼女はそれに気づいているのかいないのか、無邪気に喜んでいた。
◯:しかしこれだけいると、一人あたりはあまり数を打てなくなるなぁ。コートをもう一面多く取るようにしたほうがいいのかも。
桜:そっかぁ…今日の幹部会議で相談しよっ!
会話もほどほどに、みんなを集めて練習を開始する。練習メニューは同じだが、初心者には初心者の、経験者には経験者なりのスキルアップにつながるよう、課題を設定して汗を流した。
夕方、練習を終えて、希望者で近場の食堂でご飯を食べる。いわゆるアフターというやつだ。
アフター=飲み会というサークルもあるが、このサークルでは普通の食事会である。テニスより酒が目当てなメンバーもいないことはないが、まぁ勝手にやってくれ、としている。
アフターの終了をもって一日の活動は終了となるが、週に一回、その後に幹部会議をすることにしていた。練習メニューやイベント準備の段取りなど、その時に応じたテーマを話し合うが、まぁ真面目な話をしているのも最初の一時間程度で、その後は割と自由に遊んでいたりもする。
会場はいつも会長宅。幹部はみんな一人暮らしだが、一番広いという理由で選ばれた。僅かな差だが。
会:コートかぁ。確かに最近狭いよな。
◯:もうちょっと練習を充実させるには、必要だと思うよ。
計:予算的にはなんとかなるかな。最近入会者も多いし。
会計担当が帳簿をみながら言う。
桜:秋の大会に向けて、スキルアップしたいもんね!増やすのに賛成!!
?:じゃあ、次回から1面増やしておくね。
話がまとまったところで、もう一人の女子幹部の井上さんがスマホで施設予約をしてくれた。彼女はプレーヤーではなくマネージャーとしてサークルに参加して、主に庶務を担当してくれている。幹部はもう一人、渉外担当がいるが、今日は用事があるとかで参加していなかった。
今日の主な議題は、この他に夏合宿に向けた打ち合わせだった。千葉の外房で約一週間行う一大イベントに向けて、そろそろ動き出す時期になっていた。
***
7月。前期の試験期間に当たるこの時期は、サークルの参加人数もぐっと少なくなる。幹部も状況次第で不在になることもあったが、僕は幸い昨年頑張ったおかげで、それほど欠席しなくて済んでいた。
◯:お疲れ〜、って、今日は特に少ないね。
桜:◯◯君、お疲れ様〜。今日は1年も2年も、語学の試験前なんだって。
◯:おぉ、それはそれは。語学落とすと辛いからな…
桜:そうだよね〜。桜も去年取れててホントに良かったよ〜。
なんとしてもこれだけは落とすまい!と勉強したのを思い出した。
◯:今日は幹部も僕たちだけか。
桜:会長、去年落としちゃったから 笑
◯:そっか 笑 そりゃ仕方ない。
彼は会長に選ばれるだけあって、テニスに全力を注いでいる。とはいえ、今年落とすと留年だから、背に腹は代えられないということだろう。
桜:◯◯君、今日は人少ないから、みっちり教えてね!
眉間にシワを寄せて力こぶ作るふりをする。まったく出来ていないのが面白いし、顔は相変わらず可愛いだけだったが、やる気は伝わってきた。
練習を終えて、アフターへ。
アフターと言っても、今日はみんな試験勉強のため帰ってしまったので、僕と川崎さん2人だけになってしまった。
桜:あぅ〜…つ、疲れたぁ…
ご要望通り、部活ばりの内容にしてみたが、さすがに堪えたようだ。
◯:お疲れ様。さすがに厳しすぎた?
桜:腕が上がらないよ〜…
大げさに、お箸を持つのも辛い、というフリをする。まぁ、しっかりやれたようでよかった。
◯:川崎さんって入った時は初心者だったよね?
桜:そうだよ〜。
◯:なんでまたテニスに?
これまで二人で話すという機会はあまりなかったので、聞いてみた。
桜:色々回ったんだけどね〜。ここが一番面白そうかなって。
特に最初からテニスに強い意志があったわけではないようだ。彼女のことだろうから、各団体からは熱心に誘われたんだろうけど。
◯:でも、幹部に選ばれるなんてすごいじゃん。
桜:えへへ〜、桜かわいいからかな?
冗談っぽく両ほっぺに人差し指を指して首をかしげる。
◯:自分で言っちゃう?笑
確かにかわいいけどさ。
桜:あはは、なんてね〜 笑
本音なのか冗談なのかわからないけど、いつものふわふわした笑顔で笑う。
桜:…でもさ、やると決めたから、選ばれたからには頑張りたいんだよね。
ふと、真剣な表情になった。
◯:うん?
桜:テニスも幹部も。これまであんまり必死に何かを追い求めたことなかったから、大学では勉強以外でも自分で決めたことをしっかりやりたいなと思って。
普段の印象とは全然違う、初めて見る表情だった。
桜:上手になりたいし、幹部としても頑張ってチームの底上げして、秋の大会でしっかり結果を出したいんだ。
真剣な表情で言う。いつもニコニコしている彼女がこんな強い想いを持って取り組んでいたとは。
◯:そうだったんだ…
桜:ガラにもなくマジな話しちゃった。また今日みたいな機会があったら、◯◯君教えてね!桜頑張るから!
◯:僕に出来ることがあれば、何でも手伝うよ。
桜:やったぁ!ありがとう!
自分比だが、いつもの2割増しの笑顔を見せてくれた。
思わぬ川崎さんの一面を見る機会になったが、正直予想外だった。言っちゃ悪いけど、チヤホヤされるのを良しとしているのかと思っていたし、同じ幹部でも、まぁ別に知ったこっちゃないと考えていた。
でも確かに、思い返してみると、いつも練習にはいち早く来ていたし、先輩後輩分け隔てなく声をかけ、幹部会議でもみんなが楽しいように、スキルアップ出来るようにと色々な提案をしていた。
幹部になるまではあまり関わる機会が多くなかったとはいえ、色眼鏡で見てしまっていた自分を恥じた。僕も、協力出来ることをしていこうと思った。
***
迎えた夏休み、夏合宿。
バスをチャーターし、千葉県まで出向いて約一週間の合宿を行う、一年の中でも三指に入るビッグイベントだ。幹部としても、宿の予約、コートの手配、部内試合のコーディネートなど、テニス関係の準備はもとより、夜の飲み会やイベント事の準備などサークルならではの事柄もあり、準備は非常に大変だった。
同学年のメンバーたちにも助っ人してもらって準備を行い、いよいよ当日の朝を迎えた。
桜:◯◯く〜ん、お疲れ〜!
集合場所へ行くと、いつものごとく川崎さんが一番乗りしていた。
◯:川崎さん、今日も早いね。
桜:楽しみでさ、つい早く来ちゃった!
確かに、遠足に向かう子供のような様子。
◯:それにしても凄い荷物だね…去年も一昨年も、なんで電車にしないんだろうと思ってたけど、幹部が持ってく荷物量のせいだったんだな…
桜:確かにそうかも…約一週間あるから、飲み会用のお菓子だけでもすごい量だね…
◯:忘れ物がないか、もう一回チェックしとこうか。
桜:そうだね!
その後荷物を再点検し、みんなでバスに乗り込んだ。
バスの中で、前の席に座っていた川崎さんが、ヒョイとこちらに顔を出した。
桜:ねぇねぇ◯◯君、ちょっと相談があるんだけど…
◯:ん?どうしたの?
川崎さんの隣に座っている井上さんも、僕の隣に座っている会長も寝てしまったようだ。
桜:この合宿中にさ、なんとかもうワンランクスキルアップしたいなって思ってるんだけど…何すればいいかな?
以前言っていた、秋の大会に向けてレベルを上げたいというのは本気のようだ。
◯:そうだね…体力とか筋力とかはそんなにすぐ上がるものじゃないし、例えば得意なプレーを作るとかどうかな。
桜:得意なプレー…ちょっとこっち来て!
寝ている会長と井上さんを残し、空いている席に二人で移動する。
桜:ねぇねぇ、もうちょっと詳しく教えて!
ズイッとこちらに迫ってくる川崎さん。可愛い顔で迫られると緊張する…
◯:え、えっと…サーブでもボレーでもいいんだけど、自分が得意なプレーを作って、試合でなるべくそのプレーを出せるように組み立てるんだよ。
桜:ほうほう、なるほど…
◯:自信があるプレーならミスしにくいし、決まったらテンション上がるしね。有利に運べるってわけ。
桜:そっか〜、確かにそうだね。桜って何が得意なんだろ?
腕を組んで首を捻る。
◯:それは色々試してみないとわからないね。
桜:わかった!じゃあこの合宿はそれを見つけることをテーマにするね!
そんな話をしながらバスは進み、目的地の合宿所に到着した。
***
合宿にはテニスをしに来たわけで、基本的には朝から晩までひたすら練習をする。とはいえ部活ではないので、夜は毎夜飲み会をするし、疲れが溜まる頃の3日目は昼にバーベキューをし、午後からは自由行動にするなど、お楽しみイベントもしっかり用意している。
4日目には一日使って個人戦を行い、その結果をもって秋の大会のチームを決める。5日目はそのチームで団体戦の練習試合をして、夜は花火をして盛大に打ち上げる、といった段取りだ。
初日は移動の疲れもあるし、張り切りすぎると怪我をするので、午後のみの軽めの練習で終了。夜の飲み会も、まだ途中合流組がいないので、比較的こじんまりとしたものになるのが通例だ。
まだまだ先は長いので、一部のパリピを除いたメンバーはほどほどで切り上げ、布団に入った。
翌朝。
男子幹部は貴重品の管理のため、幹部部屋で寝ることになっていた。
桜:…君。◯◯君。
◯:む…もう朝…?
誰かに静かに身体を揺さぶられ、うつつに眼を覚ますと、目の前には川崎さんが。一瞬、夢かと思った。
桜:ごめんね、朝早く。
時刻は朝食より1時間半ほど早い。
◯:おはよう…どうしたの?
桜:昨日のうちに言っておけなくてごめんなんだけど、よかったら少し朝練付き合ってくれないかな?バスでしてた話…
得意なプレーを探したい、ってやつか。
桜:日中の練習だとなかなか個人練習の時間取れなくて…
朝練は自由参加なので、めいめい勝手にやって良いことになっている。会長なんかはとっくにガチ勢のメンバーを誘って出かけたようだった。
◯:あぁ、全然いいよ。支度するからちょっとだけ待ってくれる?
桜:ホントに!?ありがとう!
寝ている人を起こして朝練に付き合わせるのだから、結構不安げな顔をしていたけど、パッと笑顔の花が咲いた。こちらの目も覚めるってもんだ。
手早く準備をしてコートへ。
桜:さて、何からやったらいいかな?
◯:うん、バスの話もあったから、昨日の練習で少し川崎さんのプレー見てたんだけど、いくつか思うところがあったから、まずはそれを確かめさせてもらってもいい?
桜:へぇ、なんか凄いね!トレーナーさんみたい!お願いします!
しばらく色々な状況でボールを打ち合う。
◯:…うん、大体あってたみたい。
ネットを挟んで会話する。
◯:川崎さんは背が低めで、華奢だから筋力もあまりない。でも、代わりにすごく体が柔らかくて、しなやかだよね。
桜:ふむふむ…柔軟とかやってるからかな。
◯:そんな川崎さんが一番綺麗に打ててるのが、バックのストロークだね。腕の力で打っちゃいがちなフォアより、腰の回転がスムーズに伝わってたよ。
桜:バックって、打たれたら嫌なコースなイメージだったよ?
プロならいざ知らず、このレベルでは攻めるにはバック狙い、は常識だった。
◯:うん、確かに打点への入り方とか難しいよね。でもそこは練習でしっかり鍛えられれば、いい球を打っていけると思うよ。
桜:…わかった!この合宿ではバック中心に練習してみる!
それからしばらく重点的にバック打ちの練習をした。もちろん今日だけでどうにかなるわけではないが、毎朝朝練に付き合って、日中の練習でも意識していたようで、段々と感触をつかんできたようだった。
桜:なんか、だいぶ上達した気がするよ!
3日目の午前練習が終わったあと、川崎さんが嬉しそうに話しかけてきた。
◯:うん、良くなってると思う。後はここぞという時にしっかり打てるようにしていこう。
桜:ここぞ?
◯:やっぱりフォアで打てる状況ならそのほうがいいからね。相手がバックサイドを狙ってきた時に、ガツンと返すというか、カウンターショットみたいな感じ?
桜:おぉ~、必殺技みたいでカッコいい!わかった!
特訓の充実感からか、晴れやかな表情の川崎さん。
◯:さて、お腹も空いたしバーベキューに行こうか。
桜:うん!…あっ、そういえば…
ふと、何かを思い出したように言う。
桜:◯◯君、今日の午後って、何か予定入れてる?
今日はバーベキューをした後は自由時間で、引き続きテニスをする人もいれば、のんびり休む人もいる。
◯:ううん、特に予定はないけど。
桜:ほんと?じゃあ、ちょっとお散歩したところにあるカフェに行かない?特訓してもらったお礼したいな〜と思って。
少し遠慮がちにこちらを伺う川崎さん。
◯:そんな大したことはしてないけど…でもありがとう。行こっか。
桜:うん!あのさ…
こちらに一歩近寄り…
桜:バレると面倒だから、二人でササッと出ようね。
周りに聞こえないように耳打ちされた。
すぐに離れて、じゃあね!と去っていく川崎さんを呆然と見送ってしまった。
***
バーベキューも終わり、無事抜け出すことに成功した僕たちは、少し離れた場所にあるカフェにやってきた。平日だからかお客さんもまばらで、落ち着いた雰囲気だった。
桜:ケーキ美味しいね〜!
イチゴのショートケーキを美味しそうに頬張る。ほっぺに少しクリームがついているのは、わざとなのか、天然なのか…
◯:うん、コーヒーとよく合うね。
チョイチョイと自分のほっぺを指差すと、気づいてくれたのか、恥ずかしそうにナプキンで拭っていた。
桜:でも本当に練習付き合ってくれてありがとう。
◯:川崎さんが頑張ってたからだよ。こっちも手伝いたくなるというかさ。
桜:えへへ、そう言われると照れちゃうね!
しばらく合宿とテニスの話を中心に、お茶の時間を楽しんだ。
桜:…あのね、また一つお願いになっちゃうんだけど…
◯:?
桜:桜のこと…名前で呼んでくれない?
焦ってコーヒーを落としそうになった。
桜:だ、だって、みんな「桜ちゃん」とか「さくたん」とか呼んでくれるのに、◯◯君ずっと「川崎さん」なんだもん!もうすっかり仲良しなのに、なんだか距離感じちゃうよ!
川崎さんも慌ててまくし立ててくる。
◯:う、うん、わかった…けど、女の子を名前で呼んだことなんてないから、なんだか恥ずかしいな…
桜:そ…そうなんだ…
お互い真っ赤になってしまう。
◯:…じゃあ、「桜ちゃん」も「桜さん」もなんか違う気がするから、これからは桜って呼ばせてもらっていい?
桜:うん!嬉しい!改めてよろしくね!
満面の笑みの川崎さん、もとい、桜。呼び方を変えたら、一気に親近感が増した気がして、僕もすごく嬉しかった。
***
四日目は個人戦が行われた。
男女に分かれて予選リーグと決勝トーナメントを行い、結果を総合的に見て秋の大会に出る混合の団体チームを作る。
一日かけて試合をした結果、一番実力者が集まるAチームは男子も女子も会長を筆頭としたガチ勢で固まり、僕は次点のBチームに入ることになった。
桜:◯◯君!Bチーム一緒だね!
夜の飲み会で、桜が話しかけてきた。
◯:桜もBチームに入るなんてすごいね。Aほどガチじゃなくても、大体経験者で固まるのに。
桜:一応もう2年やってますから!
エヘン、と胸を張る桜。
◯:明日の部内戦、頑張ろうね。
桜:うん!◯◯君とミックスダブルス組めるといいな〜!
そんなことを大きな声で言うもんだから、近くにいた男子部員に若干睨まれた気がした。
翌日。
団体戦は、男子ダブルス、女子シングルス、女子ダブルス、男子シングルス、ミックスダブルスの5試合で構成される。この日はいろいろとペアを組み替えたりしながら何度か試合を行い、最終的にプレースタイルや相性を見ながらオーダーを決める。
基本的には揺らぎ要素の少ないシングルスにレベルの高い人を配置してポイントを取りに行く作戦になるので、残るはダブルスとミックスをどう組むかだが、僕と桜以外は男子も女子も昨年の試合で組んでいたメンバーだったので、結局残った二人でミックスを組むことになった。
その夜は合宿の総打ち上げの花火大会。暗闇に包まれた海辺で楽しんでいると、桜を見つけた。
◯:あれよあれよとペア決まっちゃったね 笑
桜:そうだね。でも◯◯君とならリラックスして出来そう!
◯:ミックスは5試合目だから、天秤で回ってくるかもね。
桜:うっ、それはプレッシャーかも…
苦い顔をする桜と笑い合う。
手に持っていた花火が燃え尽きる。もうそろそろ花火大会も終わる頃合いだ。
桜:あ~、夏合宿も終わっちゃうね…
◯:そうだね。準備は大変だったけど、あっという間だったなぁ。
桜:でも、実り多い合宿だった!必殺技も授けてもらったし!
ぐっとガッツポーズを取る桜。
◯:必殺技って、大袈裟だなぁ 笑
桜:でも…何より◯◯君が桜って呼んでくれるようになったことと、秋にペアが組めることが一番嬉しい!
少し頬を赤らめながら、満面の笑みを向けてくれる。
◯:さ、桜…
そんなことを言われるとは思わず、言葉が出てこない。
桜:試合、頑張ろうねっ!
僕を残してみんなの方へ走っていってしまった。
彼女の言葉の真意を掴みきれないまま、夏合宿は幕を閉じた。
***
夏合宿を終えてしばらくオフを挟んだ後、9月に入ってすぐに秋の大会がある。
大会と言ってもそれほど大仰なものではなく、近隣のいくつかの大学の、同じようなサークルが集まって開いている交流戦のようなものだ。ただ、のんびりやってるサークル活動で、唯一勝ちを求める試合なので、みんなのモチベーションは高い。
全部で3試合を予定しているが、2試合を終えて、ここまではミックスに試合が回ってくる前にチームとして勝ち負けが決まっていた。それもあってか、僕と桜はここまで2連敗。
桜:む〜…いいところまでいくのに〜…
不満げな桜。善戦はしているが、あと一歩勝ちきれない試合が続いていた。
◯:なかなかフラストレーションが溜まる負け方だね…なんとか最後に一つ、勝ちたいね。
桜:うん!絶対勝とうね!
意気込んで臨んだ最終戦。それに呼応したかのように、2対2の天秤で僕たちに回ってきた。仲間の期待を背負いつつ、コートに立つ。
試合は膠着した流れに。
1セットマッチの今回は、互いに6ゲームを取り合い、タイブレークまで縺れ込んだ。ファイナルゲーム開始前に、ベンチで給水する。
◯:一進一退だな…ここ、1本ずつ頑張ろう!
桜:…うん!
今日3試合目でタイブレーク。僕も桜も体力の限界に近づいている。
互いにサービスプレーをキープしながら、5対5。
桜のサーブのリターンを僕がボレーで決めて、マッチポイントを握った。
桜:◯◯君、ナイスボレー!
駆け寄ってきた桜とハイタッチ。
◯:よし!次で決めよう!思い切ってね!
桜:オッケー!
相手のサーブを、僕がリターン。相手にボレーされるが、それほどの勢いはなく、僕がネット際に詰めて拾う。陣形は僕が右のネット際、桜が左のベースライン。この展開だと、間違いなく相手は桜のバックを狙う。
◯:…桜!!
思わず振り向いて声を上げる。やはり相手は狙ってきた。
桜:!!
強打を予想しておらず、少しポジションを下げていた相手のサイドを抜く、綺麗なダウン・ザ・ライン。合宿から何度も練習していたパターンが見事にハマり、勝利を収めた。
桜:き、決まった…やったーっ!!
◯:ナイスボール!!
ハイタッチに駆け寄ろうとすると、ものすごい勢いで桜に抱き着かれた。
◯:ちょ、ちょっと…
桜:勝ったよ!!うれしい!!
大激戦の劇的勝利だったので、気持ちはわからなくもないが、全会場からの視線が痛い。
◯:桜…お、落ち着いて…
桜:あっ!ご、ごめん!
慌てて離れて、対戦相手とゲームセットの握手をする。チームメンバーからも、敢闘を称えてもらった。
試合が長引いたので、大会としても僕たちの試合が最後だったようだ。閉会式や後片付けに慌ただしくなってしまい、改めて桜と話す時間が取れないまま、その後の合同打ち上げに移動していった。
合同打ち上げは、近くの居酒屋を借り切って行われた。表彰式では試合の勝敗だけではなくMIPのようなお楽しみ表彰もあったが、記憶に残る激戦を制した僕と桜がベストミックスペアに選ばれた。
桜:テニスで表彰されたの初めてだ!嬉しい〜!
◯:最後のショットは本当に印象的だったよ。僕の経験でもトップ3ショットに入るね。
桜:本当〜!?頑張ってよかったぁ…
賞状を受け取って、ご満悦の桜。
桜:…◯◯君、あのさ…
表彰の舞台から降りたところで、コソコソ話をされる。
***
桜:あっ、こっちだよ〜!
しばらくした後、会場を抜け出した僕たちは店の裏手にある川沿いのベンチに腰掛けた。
桜:まずは、改めて、お疲れ〜!
◯:お疲れ様!
持ってきたグラスを合わせる。
桜:頑張った後は美味しいね〜!
既に少しお酒が入っているせいか、いつもより少しテンションが高い。
桜:ごめんね、抜け出してきてもらっちゃって。
◯:ううん、僕も桜と話したかった。試合の後、ゆっくり話せなかったし。
桜:えへへ、ありがとう。合宿に続き、2回目の抜け出しだね!
それから今日の試合について振り返った。負けた試合の反省点や、もちろん最後の試合の劇的勝利まで。
桜:あ~…本当に楽しかったなぁ…
◯:うん、僕も楽しかったよ。今日だけじゃなくて、目的を持って一緒に努力して、それが叶ったからさ。
桜:そうだよね〜…◯◯君にお願いしてよかったぁ…
ボンヤリと川を眺めながら、呟く桜。
闇夜に浮かぶ横顔は、いつもの可愛さは影を潜め、大人びた綺麗な微笑みだった。
桜:…◯◯君…また、お願いになっちゃうんだけど…
僅かな静寂の後、桜が口を開く。
桜:桜のこと…彼女にしてもらえませんか?
高揚するでもなく、萎縮するでもなく、まるでただの日常会話のように伝えてくるものだから、一瞬告白されていることに気づかなかった。
◯:桜…僕なんかでいいの?
桜:僕なんか、なんて言わないで。桜は◯◯くんといて凄く楽しかったし、心が落ち着いたんだ。
ここ数ヶ月の思い出を浮かべているのか、微笑みながら話す桜。
桜:あぁ、好きだな〜、って思ったんだ…だから…
改めてこっちに向き直る。
桜:桜と、付き合ってください!
最後は、いつもの桜でストレートに伝えてくれた。
◯:ありがとう。僕も桜と過ごしたこの数ヶ月、凄く楽しかった。頑張ってる桜を見て、自分も前向きになれた気がしたよ。
少し、姿勢を正す。
◯:桜のことが好きです。これからもよろしくね。
桜:ホントに!?やったぁ!ありがとう!!
また飛びついてくる桜。今度はしっかり受け止めることができた。
桜:あはは〜!最高の日になったよ〜!
抱きついたまま、脚をバタバタさせてはしゃぐ桜。
◯:ちょ、ちょっと…暴れ過ぎだよ 笑
桜:だって嬉しいんだもん!天にも昇っちゃいそう!
ひとしきりはしゃいだ後、手をつないで居酒屋に戻るところを速攻でサークルメンバーに発見され、一気に公然の事実となってしまった。桜は嬉しそうだったが、僕が針の筵だったことは言うまでもない。
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