咲いた月の下で #13
「みづき」での短期バイト期間が終わった後、二人は本格的にアルバイトをどうするか、考えていた。
リビングで求人サイトを見ながら、相談する。
◯:さて、どうするかなぁ。早めに始めないと、負債が大変なことになりそう…
実家の方では着々とライフイベントに向けた協議が進んでいるようだった。
咲:私はね、もうしばらく「みづき」でやってみようかと思って。
◯:あ、そうなの?
咲:うん。よかったら、って美月さんも言ってくれたし、あそこのご飯本当に美味しいから、味も盗みたいし。それに…
◯:それに?
咲:なんか、私のファンがついちゃったみたいで…今年の繁忙期は3割増で売り上がっちゃったみたい。
◯:マジで!?
咲:も、もちろん、全部が全部私の効果ってわけじゃないよ!でも、もしそうなら、「みづき」に貢献できてたらうれしいなぁって。
◯:むむむ…夫としてはかなり複雑だが…
味のファンならともかく、居酒屋で店員のファンというのは、あまり健全ではない事態も想像できる。
咲:…ダメかな?
伺う咲月。
◯:いや、ダメってことはない。ないけど…
腕組みして頭を捻る。
しばし考え込み、ビシッと指一本。
◯:条件が一つ!帰りの夜道は必ず俺が迎えに行きます!
咲:えぇ~!悪いよ、そんなの…
◯:悪くない!大した距離じゃないし、家で心配してるほうが嫌だ!
咲:◯◯…ありがとう!大好き!
ガバッと抱きつく咲月。
ちょっと過保護気味だが、受け止めきってしまうあたりが新婚の熱なのかもしれない。
◯:じゃあ咲月は決まったとして、俺はどうしよっかなぁ。
咲:「みづき」も裏方はそこまででもなさそうだもんね。繁忙期はまた手伝って、って言われるかもだけど。
◯:それはいいけど…全然、自分が何に向いてるか、わからんわ。
求人サイトをパラパラ見ながら、思い悩む。
咲:そう言えば、駅前に塾あったよね?先生とかどう?
◯:個別指導、ってやつ?
咲:うん。受験の時、よく私に教えてくれたじゃない?◯◯教え方上手だったから、どうかなって。
◯:なるほど。確かに教えるのは嫌いじゃないし、まだ受験勉強の記憶も新しいから、いいかもな。
咲:でしょ?求人あるならやってみたら?
◯:どれどれ…あ、あるなぁ。ちょうど駅前のところで募集してるわ。
咲:おおー、いいじゃん。◯◯先生!
◯:気が早いよ 笑
善は急げとばかりに、早速申し込み、面接を受けたところ問題なく採用に至った。
そして初出勤。
今日は教室長からカリキュラムや庶務的な事を教えてもらうのみで、実際の授業は次回から、ということだった。
教:じゃあ、こんな感じで、早速次回からよろしくね。
◯:はい、ありがとうございました。
教:高2で、ちょうど前の先生が辞めちゃった子がいるから、その子をみてもらうよ。
◯:わかりました。予習しておきます。
***
◯:…って感じだった。
咲:へ〜、もう早速授業なんだ。研修とかあるのかと思ってた。
塾からの帰り道、早速働き始めた咲月を迎えに来たついでに、賄いのご相伴に預かっている◯◯。
◯:まぁ、一から教えるというよりは自習のサポートみたいな感じだから、テキスト予習しとけば大丈夫みたい。
咲:ふーん。まぁ良さそうな職場で良かったね。
美:あら、◯◯君、先生するんだ?
◯:美月さん。すいません、俺までごちそうになっちゃって。
美:いえいえ〜、咲月ちゃんのお迎えお駄賃よ。相変わらずラブラブね 笑
◯:…コホン。今日も豚汁美味しいです。
美:ウフフ、それ、咲月ちゃんが作ったのよ。
◯:えっ、そうなの?
咲:ふっふ〜ん。どんなもんだ!
美:◯◯君を唸らせるんだ、って頑張ってたもんね。
咲:ちょっ、美月さん!それナイショですぅ!
美月にからかわれ、二人して赤面するのだった。
***
◯:さて、どんな子なんだろ。ちょっと緊張するな。
いざ、初授業。
担当の個室ブースに向かう。
◯:こんにちは、今日から担当する◯◯です。
?:あっ、こんにちは!はじめまして!よろしくお願いします!
想像してた以上に元気な返事が返ってきた。
◯:えっと、お名前は…
奈:冨里奈央です!高2です!
◯:冨里さんだね。こちらこそ、よろしく。
奈央の隣の席に腰かけ、テキストを広げる。
奈:よろしくお願いします!私のことは奈央って呼んでください!
◯:いやいや、友達じゃないんだから…
奈:え〜、つまんない〜。
ほっぺたを膨らませるフリをする奈央。
◯:さ、早速始めよう。塾は勉強するところだよ。
奈:は~い。
順調に、勉強を進める奈央。
◯◯も、それなりにレベルの高い大学の試験を突破しただけあって、問題なく教えることができた。
奈:ふ〜、今日はおーわりっ!
◯:お疲れ様。今日やったところはしっかり理解できてると思うから、また復習しておいてね。
奈:〇〇先生、教えるの上手ですねっ!
◯:そうかな。自分ではわからないけど、冨里さんがそうならよかった。
奈:む〜、奈央って呼んでくれない…
◯:だから、友達じゃないってば。さ、気を付けて帰りなよ。
奈:は~い!さよなら〜!
手を振って駅の方に走っていく奈央。
教:◯◯君、お疲れ様。どうだった?
◯:教室長、お疲れ様です。特に問題なく教えられたと思います。
教:そうか、それはよかった。冨里さんは真面目で明るい子だけど、ちょっと距離感近めだから気をつけてね。
◯:あぁ、それは感じました。了解です。
こうして◯◯の初授業は無事幕を閉じた。
***
咲:…また◯◯に私の知らない女の影が増えた…
美:あらあら〜、それは不穏な空気ねぇ。
バイト後、「みづき」に立ち寄るのがもはや恒例になった◯◯。カウンターにはふくれっ面の咲月。
◯:いやいや、仕事ですよ。相手は高校生だし…
咲:高校生の私に結婚申し込んだの誰よ。
◯:…俺だな…って、それとこれとは別だろ!
美:アハハ、前科アリね 笑
ビールを飲みながら、面白がっている美月。
咲:まぁ、本気で言ってるわけじゃないけどさ。一人だけなの?
◯:今はな。他の先生の様子見てると、もう一人二人増えていくのかも。
無事に働き口が決まった二人。
別行動が増えた分、多少の心配事もあるが、一先ず新生活も徐々に整ってきていた。
***
その頃、奈央の自宅では…
奈:◯◯先生か〜、よさそうな先生だったな〜。これから楽しみだな〜♪
机に今日のノートを広げ、窓から三日月を見上げる奈央だった。