咲いた月の下で #25
ある休日の夕方。咲月は悩んでいた。
咲:(う~ん…)
ソファの隣では、〇〇が座ってテレビを見て笑っている。
咲:(どうしたものか…)
咲月も一緒にテレビを見ているふりをしているが、頭の中では別のことを考えていた。
***
話は夏休み明けまで遡る。
咲:和~、美空~、久しぶり~!
新学期が始まり、久しぶりに二人と再開。
和:さっちゃん!
美:久しぶり〜。珍しく夏休みは会わなかったね。
大学一年の夏休み。部活やサークルなど、それぞれ過ごし方が違ったので、三人で会う機会が取れていなかった。
行きつけのカフェに移動し、女子三人のおしゃべりが始まる。
和:大学は休みが長いから、すごく久しぶりだね。
咲:そうだね!
美:和は部活、私はサークルやらバイトやら色々だったけど…
怪しい笑みで咲月を見る美空。
美:フッフッフ…たっぷり聞かせてもらおうじゃないの…愛の新婚旅行エピソード!!
ビシッと指差す。
咲:や、やっぱりそうなる?
和:また美空ったら…でも確かに今日のメインディッシュだよね 笑
興味津々、という笑みで咲月を見る和。
咲:和まで…
予想はしてたものの、苦笑いの咲月。
咲:あっ、そうそう、先にお土産渡しておくね〜。
二人用に準備しておいたお土産を渡す。
和:わ〜!ありがとう!Tシャツかわいい〜!
某有名アイスクリームチェーンのTシャツ、レトルトの沖縄名産、キーホルダーなどがラインナップ。
美:たくさんありがとう!
咲:いえいえ〜、二人にはたくさん相談に乗ってもらっちゃったし!
しばしお土産の話題を楽しんだ後、いよいよ美空の事情聴取が始まった。
美:…で!どうだった!?
咲:ど、どうって…
美:ちゃんと〇〇君とは進展できたの!?
和:既に結婚してる人にその聞き方は正しいの?笑
和の冷静な突っ込みには完全無視を決め込む美空。
咲:え、えっと…大変…ロ、ロマンチックな時間を過ごさせていただきました…
湯気が出そうなほど真っ赤になって、それでも正直に答える咲月。
美:…
和:あれ?てっきり大騒ぎすると思ったのに…
硬直している美空をのぞき込む和。
美:咲月…大人に…なっちゃったのね…
感慨深げに、目を潤ませる。
またしても謎のリアクションを見せる美空に、戸惑う二人。
和:相変わらず美空はよくわかんないけど…でもよかったじゃん。素敵な感じだったんでしょ?
咲:う、うん…そりゃもう…
一夜を思い出し、また湯気を放ち始める。
その後もプレゼントのサプライズのことから理々杏の食堂の話まで、旅行のエピソードを端から端まで聞き出された。
美:はー…お腹一杯。ラブラブ極まれり、ね…
咲:うん…そうなんだけどね…
はにかみつつも、少し困った顔の咲月。
和:あれ?ちょっと浮かない顔ね?
咲:あのね…実はね…
チョイチョイと二人を手招きし、二人に耳打ちする。
美:…えっ?
和:…あの日以来…
美:…して…ない…の…?
顔を見合わせる和と美空。
和美:えええ〜っ!!!
にわかに店内で注目を集める。
咲:ちょ、ちょっと!声抑えて!!
慌てて二人の口を押さえる咲月。
和:だ、だって!一線越えたら、もう後は定期的に、って思うじゃん!
美:◯◯〜!あの根性なし!
美空がヒートアップするのはいつものことだが、珍しく和まで興奮している。
咲:べ、別に◯◯が悪いわけじゃ…ない…のかな??
◯◯を養護すべきなのかなんなのか、よくわからなくなっていた。
和:んんん〜…◯◯君的にはどういう心境なんだろう…
美:オトコだったらガンガンこんかい!
咲:ガンガンって…
すぐに冷静さを取り戻した和、収まらない美空、オロオロする咲月。
美:これは、もう少しあの日の夜を深掘りさせてもらわにゃいかんね!
咲:えぇ…恥ずかしいよ…
和:特に導入部分よね!どんな感じだったの?
咲:え、えっと…晩御飯の後、部屋への桟橋で星を見てて…なんとなくいつもよりちょっと強めに腕を組んで部屋まで帰ったら、そのまま…
美:…改めて聞いたら生々しいわね…
咲:い、言わせといて何よ〜!!
美空に猫パンチ。
和:だいぶ雰囲気良かったのね…これは確かに日常の中だと、誘いにくいのかも…
美:でも!わざわざ沖縄に行くのにも準備をちゃんとしてきてくれたんでしょ?だったら、家でも怖いものないじゃない!
和:それは確かにそうよね…そのあたり、さっちゃん的にはどうなの?
真っ赤になりすぎて、涙目の咲月に更問。
咲:◯◯は…お互いそういう気持ちになったときに、って言ってくれたんだけど…
美:大事にしてくれてるのはわかるけど、多少はどちらかが欲出さないと、そうそう無いわよ!
美空のヒートアップは止まらない。
和:美空、落ち着きなさいってば…でも一理はありそうね。
美:咲月さんよ…こりゃあやっぱりこっちから仕掛けないとダメみたいだぜ…
咲:また変なキャラになってるし…
***
大荒れになった女子会を思い出していた。
今日の休日も、特に変わったことはない日常だった。
朝一緒に起きて、いつも通りおはようのキスをして、朝ご飯を食べた後は家事を手分けして片付ける。
手を繋いで散歩をし、パン屋でお昼ご飯。午後からは学校の課題をやったり、ゲームをしたり、本当になんてことはない、のどかで幸せな日だった。
このままだと、ほぼ間違いなくいつものように晩ご飯を食べてお風呂に入って寝ることになる。
咲:(和のアドバイス、やってみようか…)
女子会で授かったプランのことを思い出す。
咲:◯◯、私晩ご飯作るね〜。
◯:おう、ありがとう。
今日は咲月の番だったこともあり、ここは特に違和感なく、準備に取り掛かる。
バイトでの鍛錬も奏功し、すっかり炊事の手際が良くなった咲月。程なく出来上がる。
咲:◯◯〜、晩ご飯出来たよ〜。
リビングにいた◯◯をダイニングへ呼ぶ。
***
和:なんか、精の付くご飯でも作ってみたら?
咲:精?
美:ニンニク増々餃子!スッポン鍋!
和:露骨すぎるわよ 笑 自然に出てきそうなやつに、ちょちょっと工夫をするのよ。
スマホでレシピを検索し、見せてくれる。
咲:な、なるほど…
美:即効性はないかもだけど、いいアイデアね!
和:やりすぎると不自然だから、あくまで自然に、ね。
***
というわけで、本日のメニューは、鰻丼山芋がけと御澄まし(隠し味にスッポン粉末を少々)。
◯:おっ、なんか今日は豪勢!
咲:う、うん、スーパーで安かったのと、まだ暑さも残ってるから、もうひと頑張りってことで…
◯:いいねぇ。いただきまーす!
美味しそうに食べ進める◯◯。
咲:(なんか、毒盛ってるみたいで緊張するわね…)
自分も食べながら、チラチラと様子を見る。
◯:ん?どうかした?
咲:あっ、ううん、味どうかな?
◯:美味いよ!元気出そうだわ〜
咲:…
とはいえ、これを食べたからといっていきなり襲いかかってくるわけもなく、何事もなく晩ご飯終了。
◯:ごちそうさまでした!
咲:ごちそうさま…お皿洗っとくからお風呂入ってきたら?
◯:サンキュー、そうさせてもらうわ〜。
風呂場に向かった◯◯を見送り、洗い物をしながら物思いにふける。
咲:(まぁそうよね…これでどうこうというより、下準備って思ったほうがよさそうね…)
咲:(次は…美空がなんか言ってたような…)
***
美:やっぱり、誘うためには見た目も大事よね!
咲:…見た目…
思わず自分の胸元を見てシュンとする咲月。
美:別に胸だけじゃないわよ…男の子って、ちょっとしたところにドキッとするらしいから!
和:例えば?
美:う~んと…
自分で言った割に、必死でネット検索をしながら答える美空。
美:「うなじ」「いつもより薄着」「短パンからの太もも」が王道だって!
和:一体なんのサイトを見てるのよ…
咲:短パンくらいは夏にはよく履いてたけど…
美:ポイントは、普段見せないところをチラッと見せるってことみたい!
咲:なるほど…
***
咲:(〇〇はたまにお風呂上りにアンダーシャツで出てくるけど、確かにちょっとドキッとするもんね…そういうことなんだろうな…よし!)
洗い物を終えて、衣装ケースを漁る。そうこうしているうちに◯◯が出てきた。
◯:お先〜。
咲:はーい。私も入っちゃうね〜。
改めてこれからの作戦を考えながら湯船に浸かる。
咲:(服装で攻めるのはいいけど、それだけじゃ足りないかな…〇〇ちょっと鈍感なところあるし…う~む…)
そんなことを考えていたら、思ったよりも長湯してしまった。
咲:ふ~、やっぱりまだまだ暑いね~。
いつも通りを装いつつ、用意したゆるめのタンクトップ姿で髪を拭きながら出る。ちなみにこの服はバスケ部時代によく着ていたもので、ちょっと脇周りが緩く、下着がチラッと除く感じになっている。髪の毛を拭く動作で、その辺をさりげなくアピールする用意周到さ。
〇:あれ?いつものパジャマじゃないんだ?
さすがにそれくらいの変化には気づく〇〇。
咲:う、うん、暑くってさ~。
〇:…ふ~ん。まぁ、涼みなよ。
扇風機を向けてくれる〇〇。
咲:あ、ありがと…
咲:(う~ん、いつも通り?効いてるのかしら…)
しばらく、扇風機に当たりながら熱を飛ばす。
肩にバスタオルをかけ、髪をその上に乗せる。搔き上げる際に、ここでもチラリとうなじをアピール。
咲:(どうだっ?)
横目で◯◯を覗く。が、◯◯はテレビに夢中のご様子…
咲:(むぅ…手強い…)
咲:(こうなったら、最後の手段…)
咲:◯◯っ!
◯:ん〜?
咲:その…か、髪の毛乾かしてほしいな〜…なんて…
あまりにもベタな甘え方に、自分で言ってて恥ずかしくなる。
◯:お、おぅ。もちろんいいよ。
普段はそんなことしないので、戸惑いながらも了承する◯◯。
咲:(や、やったっ!)お願いしま〜す!
ソファに座っている◯◯の脚の間に座るポジションへ移動。
ゆっくりと髪を乾かしてもらっていると、頭をナデナデされているようで、ちょっと恥ずかしくも非常に心地よい。
後ろを向いているから顔は見えないが、多分◯◯もちょっと照れていると思う。
◯:ふぅ、終わったよ…
ドライヤーを置く◯◯。
咲:うん、ありがとう…
咲:(この流れで…)えいっ。
そのまま腰を上げ、ソファに座っている◯◯に収まる。
◯:おわっ!
驚く◯◯の両手を掴み、自分の首に巻きつける。いわゆるバックハグ状態に。
咲:…
我ながら、恥ずかしくて何も言えない。
◯:…何?今日はやけに甘えんぼさんじゃん…
最初は驚いた◯◯も、ゆっくり腕に力を入れて、咲月を抱きしめる。
咲:…そんな日もあるんだよ…
耳元で囁かれるように話されると、ちょっとゾクゾクする。
◯:…咲月…
後ろから、頬にキス。
咲:…ん…
咲月も振り向き、唇を合わせる。
朝の挨拶とは違う、あの夜を思い出す雰囲気に。
◯:…寝室行く?
咲:…うん!
和と美空の作戦が上手くいったかどうかは不明だが、無事、ミッションを達成した咲月だった。