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咲いた月の下で #28.5 番外編 遠藤さくらのMy Wayで行こう

大学3年生の冬。
楽しかった学生生活も、残すところ後一年。

さ:はぁ〜…どうしようかなぁ…

身を刺す冬の風に晒されながら、思い悩んでいるのは遠藤さくら。購買脇のベンチゾーンで、お昼ごはんのおにぎりをかじっていた。

?:さくちゃん!やっほ~!

さ:あ、かっきー。

声をかけてきたのは同級生の賀喜遥香。彼女はいつも元気に声をかけてくれる。

遥:この寒いのに外でご飯食べてるの?

さ:うん、考え事するときは、寒いくらいがちょうどよかったりするんだ〜。

えへへ、と微笑み、おにぎりをもうひとかじり。梅の酸っぱさが体に染みる。

遥:まぁいいけど…なんか表情冴えないね。

さ:うん…この後、就職説明会なんだけどさ〜…

大学に複数の企業の採用担当者を呼んで開かれる合同説明会。この時期の学生の多くが参加するイベントだ。

遥:あー、なるほど…

さ:いろいろ調べてるんだけど、自分が何に向いてるかとか、全然わからないんだよね…

野菜ジュースを飲み干し、溜め息を一つ。

遥:そっか~、なかなか難しいよねぇ…

首をひねる遥香。


遥:よくあるのは、アルバイトの経験を経て!みたいな感じだけど…

さ:私、実家のお蕎麦屋さんのお手伝いしかしてなかったからなぁ…やりたいというより、やらなきゃいけなかった、というか…

遥:でも、結構楽しそうにやってたよね?看板娘だ、って。

さ:まぁね。でもずっと飲食接客でいくかというと、なんかちょっと違う気もして…

遥:そうだね〜、いろいろ考えちゃって、難しいよね。

さ:うん、いろいろ聞いてみるしかないかなぁ。

ゴミをまとめて立ち上がり、二人で会場へ向かう。

さ:かっきーはもう絞り込めてるの?

遥:大凡はね。今日はそれ以外も幅広く情報収集って感じかな〜。


会場となる体育館は、既に多くの人でごった返していた。職種ごとにエリアが分かれており、その中で企業がブースを出している。

遥:じゃあ、私はあっちから見て周るね!頑張ろ!

さ:うん、じゃあね。

遥香と別れて、順にブースを見て回る。
メーカー、販売、IT…一通りの業界を周り、数社の説明を受けてみた。

さ:(うーん、やっぱりピンとこないけど…続けていくしかないよね…)

何回目かの溜め息とともに、会場を後にしたさくらだった。


***


その週末。
今日は学外の大きなイベント会場で合説が開かれた。
着慣れないリクルートスーツに身を包み、歩き辛いヒールで会場に向かったが、やはり徒労に終わる。

さ:(ダメだ…まともにエントリーすらできる気がしないよ…)

トボトボと駅までの道を歩いていたところに、大きな鐘の音が響く。

さ:(鐘の音…?なんだろ…)


少し道を逸れると、そこにあったのは大きな教会。ちょうど結婚式が行われており、新郎新婦が出てくるところだった。

さ:(うわぁ…結婚式だ…)

フラワーシャワーを受ける夫婦も花を投げる列席者も、みな表情は喜びに溢れている。

さ:(みんな笑顔で幸せそうだな…いいなぁ…)

嬉しそうな人々を見ると、自然と自分も笑顔になる。思えば、実家の手伝いとはいえ、アルバイトを続けられたのも、お客さんが美味しそうに食べているのを見るのは楽しかったからだった。

さ:(あっ…もしかしたら、私がやりたいことって…)

その瞬間、一気に目の前の霧が開けた気がした。

「自分の頑張りで周りの人が笑顔になってくれること」

ようやく見つけた、自分の就活の軸だった。


***


遥:さくちゃん!内定出たんだって!?おめでとう!!

数カ月後、4年生になったさくらは、無事ウェディングプランナー見習いとして内定を取ることができた。 

さ:かっきー!ありがとう!なんとか就職先決まったよ〜…

安堵の表情を浮かべ、応える。
軸が決まってももちろんすぐ内定とはいかず、業界研究、OB訪問、選考開始後もエントリーシート落ち、面接落ちといろいろあったが、なんとか一つ勝ち取ることができた。

遥:なんだか私も安心したよ〜!ウェディングプランナーって、さくちゃんにぴったりだと思う!

手を握って飛び跳ねる遥香。
こんなにも共感してくれる友達ができただけでも、大学生活は実り多かったと言えるとしみじみ思った。

さ:かっきー、ありがとう。かっきーはコンサルでしょ?やっぱり凄いなぁ。

遥:えへへっ。切った貼ったの世界で、大仕事やったるわよ!

力こぶを作るふりをしておどける遥香。

苦戦はしたものの、無事、進路を切り開き、残りの学生生活を楽しんださくらだった。


***


4月になり、晴れて新社会人としての生活が始まった。

在学中からインターンという名目で、職場見学や簡単なマナー研修を行ってきたが、入社式終了後からすぐに本格的な教育が開始された。

ウェディングプランナーと聞くと華やかな仕事を思い浮かべるが、実態は裏方。ほとんどは見積作成や受発注処理など、極めて地味な作業に明け暮れる。
また、結婚式というのは顧客にとっては一生に一度の晴れ舞台。失敗は許されず、打ち合わせの言葉遣い一つを取っても神経を使う。
ある程度は覚悟していたものの、実際に体験してみると、想像以上だった。

さ:(覚えることもたくさん、気遣いもやっぱり大変だな…やっていけるかな…)

大学時代のアルバイトで、お客様への向き合い方など、ある程度は心得ていたつもりだったが、先輩から指導を受ける日々に、なかなか自信を持てないでいた。


そんなある日。
さくらは先輩プランナーと一緒に、あるお客様のプランニングを担当していた。

さ:(今日はドレスの打ち合わせだったな…資料は揃えてあるし、在庫状況も確認したし…よし!)

万全の準備を整え、お客様をお出迎えする。
打ち合わせは順調に進んでいたが、中盤、トラブルが発生した。

先:遠藤さん、先週お客様からご依頼いただいていた、ドレスに合わせる小物、お持ちして。

さ:え!?小物の…実物、ですか…?

客:ドレス選ぶのに、小物は実物を見たいな、ってお願いしていたかと…

自分一人だけ認識を誤っていたことに気づき、一気に血の気が引く。

さ:も、申し訳ありません!!すぐ見てきます!

慌てて頭を下げ、大急ぎでバックヤードへ向かう。
急ぐあまり、その途中で他の打ち合わせ中だったテーブルに躓き、派手に書類をぶちまけてしまった。

さ:あわわわ…す、すみません…

泣きそうになるのを堪えながら、その場にいた他の社員の手も借りて、片付ける。
結局この日は、お客様の要望に応えることができなかった。


打ち合わせ終了後、先輩からお叱りを受ける。

先:失敗は誰にでもあるけど、我々はやっぱりお客様のことではやってはいけないよね。

さ:はい…本当にすみませんでした…

先:…まぁ、遠藤さんがすごく頑張ってるのはわかってるんだけどね。これからは、しっかり確認していこうね。

さ:ありがとうございます…

項垂れるさくら。先輩からはああ言ってもらえたが、どうして自分はミスが減らないのかと、自己嫌悪に陥る。

デスクに戻ると時刻はちょうど終業時間。
スマホを見ると、遥香からメッセージが来ていた。


***


遥:あ、さくちゃん!!こっちこっち!!

さ:かっきー…卒業式以来だね。

遥香からのメッセージは、アフター5のお誘いだった。チェーンの居酒屋で、二人でテーブルに着く。


遥:まずはお疲れのかんぱーい!

さ:か、かんぱーい…

ビールジョッキを打ち合わせ、大きく一口。

遥:あーー!仕事の後はこれに限るねぇ!

オッサンのリアクションをそのまま再現する遥香。小さい口でチビチビ飲むさくら。

さ:学生の時は「授業の後は」って言ってなかったっけ?笑

遥:そうよ!何事も頑張った後はこれだよねぇ 笑


おつまみを食べながら、4月に入ってからの近況等を話し合う。学生時代と変わらない遥香に安心感を感じていると、徐々に落ち込んだ気持ちも持ち直してきた。

遥:そっかー、ブライダル業界も大変だね~。今日もなんか落ち込んでた?

さ:うん…ちょっと失敗しちゃって…

今日の顛末を話す。

遥:なるほど…それは落ち込んじゃうね。

さ:頑張ってお客様のためになりたい、とは思ってるんだけど…なかなか上手くいかなくて…

またため息を一つ。気分が沈んでいるときはビールがより一層苦い。

遥:でも!さくちゃんは一生懸命やってるじゃん!お客様のために、って思えてるなら大丈夫だよ!!

さ:そう…なのかな。

遥:大丈夫!自信もって!笑顔笑顔!!

ほっぺたを押しながら笑う遥香に、つられてさくらも笑顔になる。

さ:うん、ありがとう!かっきーは調子どう?

遥:それがさー、クライアントがすごいセクハラしてくる人で…

その後も近況の話を中心に、大学時代の思い出話から最近食べた美味しいものまで、盛り上がった二人だった。


***


翌週。

さ:(さぁ、今週も週末だ!掻き入れ時、がんばらなきゃ!)

結婚式は当然ながら週末に行われることが多い。
式を運営しながらも、見学や打ち合わせなどにも対応する必要があり、土日は忙しいのが常だ。新人とはいえ、何かで少しでも力になりたいと意気込む。

さ:(でも今日は式のアサインはないし、打ち合わせ予定もないな…電話番と来週の準備かな…)

とりあえず玄関の掃除でもしようかな、と思っていた矢先に電話が鳴る。
が、ここは席にいた先輩が取ってしまった。


先:あっ、遠藤さん、今日空いてる?

さ:あっ、はい。空いてます。何かお手伝いしましょうか?

先:急遽なんだけど、見学したいってお客様からお電話があったの。他は誰もいないから、案内よろしくね!

さ:えっ!?ひ、一人ですか?

先:案内だけだから!気負わずやってみな!

先輩の案内についたことはあったが、一人でとなると初めてだ。途端に不安が襲ってくる。
案内といっても単に会場を紹介するだけではなく、要望をヒアリングして簡単なプランの立案、説明をしたりするので、それなりの知識が必要だ。当然、申し込み獲得につなげる営業スキルも必要となる。
大慌てでパンフレットなどの準備をし、玄関でお出迎えの準備をする。

さ:(うぅ…緊張する…でも、やるしかない!!)

さ:よ、ようこそいらっしゃいました!

勢いよく、頭を下げた。


***


先:えっ!?申し込み取れたの!?

案内した翌日、〇〇と咲月から申し込みの電話があったことを先輩に報告したら、ものすごく驚かれた。

さ:そ、そうなんです…私もびっくりしちゃって…

先:こ、これは課長に報告しなきゃ!課長~!!

課:なに!?遠藤君が!?一体どんな手を使ったんだ!?

入社1ヶ月にも満たない新入社員、ましてやここまで失敗続きのさくらが即日の申し込みを取ったということで大騒ぎになったオフィス。当の本人が一番驚いているところではあるが、何はともあれさくらにとって初めてのお客様ができた。

先:しかしこれ…今から6月の式って、かなりスケジュールがタイトね。相当上手く進めないと難しいと思うけど、大丈夫?

通常、結婚式というと半年から1年かけて準備するもの。初めてにしてはかなりハードルが高い案件だ、

さ:お聞きした限りでは、そこまで複雑なご要望はなかったので…が、頑張ってみたいです!

先:…よし!フォローはするから、やってみな!確認だけは忘れずにね!

さ:はい!

さ:(よし!要領は悪いかもしれないけど、二人のために全力を尽くそう!!)

絶対に二人にとって最高の結婚式にすると、心に誓ったさくらだった。


***


さ:こ、ここでいいのかな…?お邪魔しまーす…

咲:あっ!遠藤さん!

〇:お久しぶりです!お待ちしてました。

結婚式から数週間後。
頑張ってはみたものの、やっぱり色々と失敗もした結婚式だったが、何とかやり遂げることができた。
今日は〇〇と咲月に誘われ、小料理屋「みづき」を訪れていた。

さ:〇〇さん、咲月さん、お久しぶりです!お招きありがとうございます。

今日は結婚式終了後に約束した打ち上げの日。

咲:ここ、私たちがアルバイトしてるお店なんです。ご飯おいしいんですよ!

さ:そうなんですね!アットホーム感あっていいお店ですね。

〇:さぁ、座ってください。今日は俺たちがおもてなしします!

さ:あはは、ありがとうございます!

貸切とまではいかないが、料理や品出しも二人が行い、思い出話に花を咲かせた。


〇:いや~、メイクの時に寝ちゃったのは笑ったなぁ 笑

咲:ホントですよ 笑 さっきまでお話してたのに、振り返ったら落ちてましたよね 笑

さ:お恥ずかしい…一瞬、気を抜いたらもうダメでした…

てへへ、と笑いながら頬を掻く。

さ:…私、これまで失敗ばかりで、本当に向いてないのかな、って落ち込んでたんです…

ふと、振り返って話す。

さ:でもお二人に最後にお礼を伝えてもらって…もう、なんというか極まっちゃって…

咲:遠藤さん…

さ:就職活動の時に思った気持ち、間違いじゃなかったって…この仕事選んで良かったって本当に思いました。

〇:でも俺たちもすごく楽しく準備できましたよ。遠藤さんが一生懸命やってくれてるのが伝わったからだと思います。

咲:うんうん、遠藤さんのところに決めたのも、それが決め手だったよね~

さ:私、それしか取り柄がないけど、でもそれでいいんですね。はぁ~、なんかうれしいです…

和やかな会は遅くまで続いた。


***


さ:…ってことがあってね。

遥:えー!!なにそれ最高じゃん!!

また別の日、再び居酒屋。あまりにもうれしかったので、遥香を呼び出して報告会をしていた。前回とは対極的に、笑顔が絶えない。

さ:…かっきー、私、この業界で頑張れそうだよ。

遥:うん!頑張れ!!私もさっさと独立するぞー!!

さ:ええっ!?やっぱりかっきーは凄いなぁ!

「自分の頑張りで周りの人を笑顔にする」
このモットーの下に、これからも頑張ろうと思ったさくらだった。


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