咲いた月の下で #29
ある朝。
◯:う~ん…朝か…あれ?
いつもは大抵自分より早く起きている咲月だが、今日はまだ寝息を立てていた。
◯:(昨日もバイトだったし、疲れてるのかもな…)
幸い今日は日曜日。◯◯は昼から塾のバイトに行くが、咲月は今日はなにもないはず。
起こさないように、そっと布団を出て、リビングへ移動する。
起きたら食べられるよう、少し朝食の準備をして、コーヒーを飲みながらテレビを見ていると、咲月が起きてきた。
咲:◯◯…おはよう…
◯:おはよう咲月。…ん?どうしたの?
普段寝覚めはいい方の咲月だが、今日はなんだかボンヤリしている。
咲:なんだかちょっと体がダルくて…
◯:あらら、風邪かなぁ?
咲:いろいろ立て込んでたから、ちょっと疲れたのかも…
咲月の額に手を当てる◯◯。
◯:高熱、ってわけではなさそうだな。日曜日だしゆっくり休んでれば?
咲:うん、そうするね…ヨーグルトだけ、食べようかな…
ノソノソと冷蔵庫を開けて、食べ物を物色する。いつも朝から元気な咲月なだけに、余計に心配になる。
◯:そういえば風邪の時の必要品も全然買ってなかったから、この後買い物行ってくるよ。何か欲しいものある?
咲:冷えピタとか、ゼリーとか、スポドリあると嬉しいかも…
◯:わかった、他にも適当に見繕ってくるよ。
咲:うん、ありがとう…
その後、咲月は布団に戻り、◯◯は買い出しへ。食事も結局ゼリー程度しか食べず、一日寝て過ごした咲月だった。
***
翌朝。
◯:…まだ調子悪そうだなぁ。
相変わらず、ひどい症状ではないが、元気がない。
咲:うん…今日は大学休むね…
◯:一応、病院行ったほうがいいかもな。
近くの病院の空き状況を見る。
◯:夕方なら空いてそう。
咲:ち、注射とかするかな…?
◯:相変わらず苦手なんだな 笑 俺も付き添うから、一緒に行こうな。
咲:うん…ありがとう。行ってらっしゃい。
◯◯は大学へ行き、咲月は家で一日休んでいた。
***
夕方、二人は駅前の医療モールにある内科にやってきた。内科をはじめ、耳鼻科や皮膚科など、複数の医療機関が集まっている、あったらいざというときに大変助かる施設だ。
◯:最近できたらしいけど、きれいなところだな。
咲:そうだね。病院がきれいだと、なんかちょっと安心するね。
順番を待ち、診察を受ける。
しばらくすると、診察を終えて咲月が出てきた。
◯:どうだった?
咲:うん、特段何もなかったんだけどね…
なんとなく、言いづらそうな咲月。
咲:念の為、なんだけど…
◯:?
咲:産婦人科にも行ってきなさい、って。
◯:産婦人科…ってことは…
一瞬、沈黙する二人。
咲:あ、あくまで念の為だよ!可能性として、なくはない、から…
もちろんそうならないようにはしているものの、言われてみればその通りだ。
◯:…そうだよな。ごめん、思い至らなかった。すぐに行こう。
咲:う、うん…
医療モール内には産婦人科はないが、少しだけ離れたところが今からでも診てくれるとわかった。
◯:…よし、診てもらえそうだ。行こうか。
咲:うん…
ただでさえ体調が悪いのに、不安も募って、いつもよりピッタリと◯◯にくっついて歩く。◯◯もそれを察して、少しでも安心させようと背筋を伸ばして歩く。
会話も少ないまま、程なく産婦人科に到着。受付し、診察の順番を待つ。なんとも言えない空気が二人の間に流れる。
そして、名前が呼ばれた。診察室に向かおうとする咲月を呼び止める。
◯:…咲月。
咲:…えっ?
診察室に向かう咲月に声を掛ける。
◯:大丈夫。なんて言われても大丈夫だから、安心して診てもらってきて。
力強く、目を見て咲月に声を掛ける。
咲:◯◯…
目に少し涙が浮かぶ。
咲:…うん、わかった…
目頭を拭い、背筋を伸ばして診察室をノックする。
不安を全て拭えたとは思わないが、少しは解消できただろうか。根拠のある大丈夫ではない。でも、少なくとも二人で受け止めたほうがいいはずだし、そうすべきことだ。
***
咲:ありがとうございました…
しばらくして、咲月がお礼を言って診察室から出てきた。
咲:◯◯…
◯:咲月…
駆け寄る◯◯。
咲:妊娠は…してないって…
◯:そっ…か…
肩の力が一気に抜けて、しゃがみ込む咲月。
咲:あぁ~…力抜けたよぅ…
涙目で、微笑む咲月。数日ぶりに咲月の笑顔を見た気がした。
◯:…本当だな。俺も腰が抜けそうだ。
苦笑いで頭を掻く〇〇。
椅子に腰掛けて、会計を待つ。
咲:ただの体調不良だから、数日で治るだろうって。
◯:まぁ、しばらくは無理せずゆっくりだな。
咲:うん。ごめんね、お騒がせして。
◯:謝ることないよ。
ようやく、いつもの空気感での会話に戻った。
咲:◯◯、ありがとう。
◯:ん?
咲:診察室に入る前、声かけてくれて。すっごい不安だったから、安心したよ。
◯:あぁ…全然、根拠はなかったけどな。
咲:ううん、◯◯は味方してくれるってわかっただけで、すごく落ち着いたんだ。
コテン、と頭を◯◯の肩に傾ける。
◯:…待ってる間さ。
ゆっくりと話す。
◯:考えちゃったよ。もし咲月が妊娠してたら、って。
咲:うん…どう思ったの?
◯:…めっちゃ可愛い子なんだろうな、って思った。
咲:えぇ…なにそれ 笑
◯:だって俺たちの子だもん。可愛くないわけないじゃん。
咲:そうだけど…普通、どうしよう〜とかなんじゃないの?
◯:全然、思わなかったわ。意地でもなんとかするしかないし、俺にできることは二人のために死ぬ気で働くことしかないなって。
咲:◯◯…
◯:まぁ、いつかしっかり準備が整ったときに、そういう日が来るといいな。
咲:ふふっ、そうだね。男の子かなぁ。女の子かなぁ。
◯:双子かもよ?
咲:えぇ~大変だ…でも楽しそうかも 笑
まだ少し先の未来を想像しながら、和やかに会話をする二人だった。