咲いた月の下で #09
4月2日、今日は大学の入学式。
慣れないネクタイを締めて、姿見で整える。
咲:おー、カッコイイじゃ〜ん。
家を出て咲月に会うと、ニヤッと微笑みながらネクタイを直してくれる素振りをする。咲月とは別の大学だが、入学式は同じ日だったので、朝は一緒に出発することにしていた。
ちなみに今日の午後からは新居への引っ越し、入居。なかなかに慌ただしい一日になりそうだ。
◯:咲月もスーツ似合ってんじゃん。
咲:えへへ~。そう?
ビシッと背筋を伸ばしてポーズする咲月。
◯:まだまだ服に着られてるけどな。
咲:なにを!お互い様だぞっ!
そんな話をしながら駅まで歩き、別れて大学へと向かう。
大学生活はそれまでの学生生活とは違い、クラス行事などの団体行動は非常に少なくなる。部活やサークルに加入しなければ、本当に一人ぼっちで過ごすというケースも少なくない。
ただしその分活動のフィールドは広くなり、学内だけでなく、アルバイトや社会貢献活動など、興味を持ったことに取り組める。
新入生全員が集う入学式には部活やサークル、怪しい団体まで様々な勧誘も詰めかけ、大変な混雑になっていた。
◯:部活にサークル、ボランティア…バタバタしててそこまで考えてなかったけど、大学生活って勉強だけじゃないんだな。
勧誘に来ている人たちはみんな熱心で、その団体を盛り上げようとしているのが伝わる。高校までの部活とはまた違う、面白さがありそうだ。
◯:まぁ、しばらくは無理かな…いろいろやることあるしな…
◯◯が通り過ぎようとすると…
瑛:◯◯!
◯:…出たな。
瑛:なんだ人をオバケみたいに!
服装こそリクルートスーツだが、高校時代と変わらない仁王立ちの瑛紗がいた。
◯:もう成績勝負もないだろ?
瑛:勝負じゃなければ話しかけてはいけないのか?
◯:そういうわけじゃないけどさ…他に友達作ればいいじゃん。
瑛:わたしは人見知りだ!初対面の人には話しかけられない!
◯:威張って言うことか…
そういえば塾のときも見知ってから話すようになるまでにずいぶんかかったな、と思い出した◯◯。
瑛:そういうことだから、またよろしくな!
◯:まったく…
よろしくと言われても…と頭をかいていると、
?:あ、合格発表でいちゃついてた人や。
不意に、不本意な呼ばれ方をする。
◯:ん?俺のこと?
?:他に誰がおるん 笑
ケラケラと笑う女の子。格好からして、同じ新入生らしい。
◯:えーっと…
?:あ、私?私は五百城茉央!同じ新入生やから、これからよろしくな!
瑛:おぉ、リアル関西弁だ…
◯◯の後ろから顔を出して伺う瑛紗。早速人見知りが発動してるらしい。
茉:神戸から出てきてん。だからまだ友達おらんくってさー。早速有名人と知り合えて良かったわ。
◯:有名人って、俺?あ、俺は◯◯。
茉:◯◯、よろしく!◯◯というより、二人?
瑛:わたしも?
◯:あ、こいつは池田瑛紗。人見知りらしいんで、勘弁してやってくれ。
茉:瑛紗!よろしくね!
瑛:よ、よろしく…
まだ◯◯の後ろに隠れている瑛紗。
◯:まったく、自己紹介したんだからでてこいよ…
茉:これが例のイチャイチャ?
◯:例のってなんだよ?
茉:合格発表の時、門の所で痴話喧嘩して、合格したのがわかったら結婚する事になったんでしょ?
◯:な、なんだそれ…どこでそんな話に…
茉:SNSでめっちゃ回ってたよ?
ほら、とスマホを見せる茉央。
◯:ものすごく尾ヒレがついてるな…
瑛:わ、私と◯◯が結婚したことになってる!
もちろん当時の会話がつぶさに流れているわけでもないので、憶測と噂が入り混じって事実とは異なる結論になっていた。
茉:多分、新入生ほとんど知ってるんちゃうかな〜。
◯:そんな事になってたとは…
SNSの存在は知ってはいたが、いかんせんバタバタしていて新入生コミュニティの様子まで気にしている余裕がなかった。
その後、茉央にあれこれ説明し、どうにか状況をわかってもらえた。
茉:なるほどな~。事情はわかったけど、それにしても結婚って凄いなぁ。
瑛:私というものがありながら…
◯:まだそんなこと言ってんのか。
茉:瑛紗も◯◯のことが好きなの?
キョトンとした顔で聞く茉央。
瑛:ばっ、馬鹿な!そんな事、あ、あ、あるわけないだろ!!
手足をバタバタさせて暴れる瑛紗。
茉:なんやよーわからんけど、あんたらとおったら大学生活楽しそうやなぁ。
ニコニコ笑う茉央。
この後の新入生ガイダンスも三人で受け、お互いに連絡先を交換した。
茉:ほんなら、来週からよろしくな〜。また履修とか相談しよな〜。
◯:あぁ、こちらこそよろしくな。
瑛:茉央、◯◯、じゃあな〜。
瑛紗もようやく慣れたようだ。
◯:はぁ~、まずは会う人会う人に誤解を解くところから始まんのかな…めんどくさい…
明日からの展開を想像し、げんなりする◯◯だった。
***
夕方、入学式から帰った後、実家から荷物を搬出、新居で受け取って、荷解きをする二人。
◯:…ってことがあってさ。来週からのクラス授業がマジで憂鬱だわ…
咲:それは大変だねぇ。
◯:そっちの入学式はどうだったの?
咲:別に〜。和と美空も同じだし、高校と大して変わらないよ〜。
◯:…なんか怒ってる?
いつもならその日の出来事から昼ご飯のメニューまで楽しそうに話すのに、なんだか不穏な雰囲気を感じ取った〇〇。
咲:別に〜?瑛紗との噂が続いてたり、初日から女の子と仲良くなってきたからって、拗ねてなんていませんよ〜。
ツーン、という言葉がピッタリ合うリアクション。
◯:…もちろん誤解だし、茉央に話しかけられたのもあっちからだし…
咲:名前で呼んでるし…
◯:いや、あいつがそうしろって…
本格的に沈んでいく咲月に、ハッとする。
◯:…ごめん、楽しみにしてた新居に入るって日に気分悪かったよな、こんな話。
咲:…
◯:咲月を悲しませるつもりはなかったんだ。いつも通り、その日のことを話したかっただけなんだけど、ちょっと配慮足りなかったな。
咲:◯◯…
涙が一筋流れる。
咲:私こそごめん…疑ってるとかそんなんじゃなくて…◯◯と学校離れるの初めてだから、様子がわからなくて不安になっちゃった…
言われてみれば、環境が別れるのは本当に初めてだった。
ずっとお互いの行動は嫌でも目に入るところにいたし、あくまで単なる幼馴染という関係だったので、これまでそんな感情を抱いたことがなかった。
一気に深い関係になった分、その振り幅も大きくなってしまった。
荷解きの手を止めて、咲月を優しく抱きしめる。
◯:泣かせちゃってごめんな。
咲:ううん、急に重い女みたいになっちゃった…ビックリしたよね。
◯:確かに、ちょっとビックリしたよ 笑
咲:フフッ…こんな感情、初めてだよ…
涙を残しながらも、微笑む咲月に一安心の◯◯。
愛し合ってるが故のアクシデントだった。
◯:気持ち話してくれてありがとうな。もしかしたらまたこういうことあるかもだけど、嫌だったらすぐ言ってほしい。
咲:うん、私も◯◯の話聞きたいし、私の話も聞いてほしい。今日は驚いちゃったけど、これまで通り、いっぱい話しようね!
想定外のイザコザがあったものの、無事仲直りして、より一層絆が深まった二人だった。