レトロカフェ(小説)
都内のマンションに一人暮らし歴13年の長滝洋介は小説家だ。彼は大手の出版社から本を出している。サブカルチャーの雑誌のコラムの担当も引き受けていて締切に追われて居た。
彼の日課は朝4時に起きて、身の回りを整える。洗顔、歯磨き、髭剃りなどを終えると、一日づつ交代で来ているドラえもんのキャラクターが付いた紺色のパーカーとジーンズに着替える。
朝の情報番組で天気予報やニュースなどをチェックするとマンションを出ていく。
徒歩で5分、朝五時からモーニングメニューをしている「ひだまり喫茶店」とゆうお店で珈琲と特性フレンチトースト、玉ねぎドレッシングサラダを食するのが彼の日課なのだ。
蔦の絡まる赤レンガの外観の、ひだまり喫茶店は昭和41年創業のレトロな喫茶店だ。
洋介が入店するとドアからカラーンとレトロな音がする。中は、珈琲の香りに包まれていて、カウンターと座席が5個位あり壁にはゴッホのひまわりとかクロード・モネの日傘を指す女とか名画が額縁に飾られていた。
「おはよう。いつものね」
カウンターの中からマスターのエプロンをしたイキな髭を生やした篠山慎吾が洋介に話しかけた。
「おはようございます。今朝は涼しいですね、もうすっかり秋の気配になって」
「そうだね、わたしなんか寝る時もクーラーをやっと付けなくなったよ」
洋介はいつものカウンターに座った。洋介はここの常連客だが、他にも1人朝早くから来ている三島健介が居た。
三島は無口で、カウンターで、ただひたすらモーニングを食べ終えるとすぐに帰るのだ。マスターの篠山にしては可愛い常連客らしく、話しかけずに今日もサイフォンで珈琲を入れる。
洋介は、三島とは反しておしゃべりでマスターとの話が楽しみでここに来ているようなものなのだ。
「マスター、今日の情報番組で見たんですけど今度ピカソ展が国立の画廊でありますよ」
「そうなんですか、こないだは休みの日に新宿の画廊に行ってきたよ」
そこへ、ドアのカラーンとゆう音がする。
「いらっしゃいませ」
洋介が目をやると、派手な赤い色の髪の毛をしリュックサックを背負ってオシャレな格好をした20代位の青年が姿を現したところだった。
彼は奥にあるテーブル席の方へ行きリュックサックを降ろすと、メニュー表を眺めていた。
陽介のところにモーニングのフレンチトーストセットが運ばれてきた。砂糖卵液で付けたパンだが程よく焼けたパンの柔らかさが洋介のお気に入りだ。ジャマイカブレンドの珈琲はブラックで飲み香りを味わう。お手製のサラダはマスターのお得意の玉ねぎドレッシングのほんのり甘みのするサラダでゆで卵入りだった。
「すみません、Cモーニングください」
奥のテーブルから、先程の青年の声がする
「ありがとうございます。少々お待ちください。お客さん、初めての方?」
マスターが愛想良く話しかけた。
「あ、はい。実は僕、役者の卵なんですよ。今日も深夜から稽古があってその帰りなんです」
「そうなの?なにか劇団に入ってるの?」
マスターの調理する手は止まらない様子だ。
「子役の時にテレビに出て、それからずっと低迷期でたまに芝居の依頼の声がかかるんです。今度は時代劇で、赤髪のスペクトル武士の役をするんで殺陣の練習とか必死なんですよ」
「そうなんだ。なんてゆうタイトルの?」
「早野一郎さんの月夜セレナーデです」
洋介は思わず口を挟んだ。
「早野一郎原作なら、僕と同じ出版社だよ」
「そうなんですか。若い子に人気のある新世代の時代劇なんです。そちらのお名前は?」
「長滝洋介です」
「あー、知ってる。咲き乱れる花って本、有名ですよね」
「読んでいただけましたか?」
「本のタイトルだけは知ってるんですけど。お名前は知ってます。良かったらスケジュール帳にサインして貰っていいですか?」
「僕で良かったらいいですよ。」
青年は、スケジュール帳を取り出し、洋介はサササっとサインした。
「ありがとうございます。今度、下北沢の芝居小屋で演劇が始まるんです。良かったら観に来てください」
洋介は若者が頑張っている姿に、感動していた。昨今、インターネットが普及してきて現実コミュ障とかよく耳にしていたけれど、ちゃんと丁寧に話してくれて、若者の夢を応援しよう、と感慨深く思った。
朝の1時間とゆうものは、あっとゆう間に過ぎ、洋介は更にいつものカフェが居心地良いものとなっていた。
珈琲の香りも心地良く漂っていた。
洋介は翌週、下北沢の芝居小屋に足を運んでいた。
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