2022年9月のイチオシは歌舞伎座第三部!
2022年9月の歌舞伎座は、秀山祭九月大歌舞伎。
各部が2時間半から3時間程度(途中で幕間=休憩あり)と、比較的短時間の興行なので、初めて見る、あるいはあまり歌舞伎を見たことがないという方にも見やすいと思います。
その中で、一番のおすすめは、第三部。
「仮名手本忠臣蔵」七段目 祇園一力の場と、「藤戸」の二本立てです。
なぜ、第三部がイチオシかと言うと、「忠臣蔵」の七段目は、落語の「七段目」の下敷きになっている演目だからです。
演芸ファンの方なら、「忠臣蔵」がどんなお話かはご存知ご存じとは思いますが、もし、そもそも「忠臣蔵」って?と思われる方は、下記のサイトにざっと目を通してみると良いかもしれません。
「仮名手本忠臣蔵」は家臣たちが主君の仇を打つまでのさまざまな人間模様を描いていきますから、基本的には”男たちのドラマ”です。
女性が重要な役割を担っている場面もありますが、主役とは言えないですし、華やかさもあまりありません。そのためか、上演を重ねるうちに、道行という舞踊を新たに作り、途中途中で雰囲気を変えるという演出が生まれ、通し上演する際には、道行をはさむことが現在では一般的になっています。
また、道行だけが一つの演目として上演されることもあります。
そうした「仮名手本忠臣蔵」の中で、唯一といってもいい華やかな雰囲気を感じられるのが、七段目 祇園一力茶屋の場です。
落語の「七段目」では、歌舞伎で上演すると1時間半あまりかかるこの演目のほんの一部分だけを取り上げています。
仇討ちに逸る一党の者の苛立ちをよそに、毎夜、祇園の一力茶屋で遊蕩を繰り返す大星由良之助。主君・塩谷判官の仇を討つ気持ちがなくなったのか?と疑われている。そんな由良之助の真意を知ろうとやってくる三人侍と斧九太夫。由良之助は、仇・吉良上野介と密かにつながっている斧九太夫や仇討ちの同志たちを前に、酔った挙句…というのが七段目の大まかな筋です。
二人でお芝居をしようと誘われた定吉が「二人じゃ無理です」というのは、大勢の女中や幇間が出てきて華やかな茶屋遊びから始まり、お軽と九太夫が由良之助が読んでいる手紙を盗み読む場面が思い浮かんだからでしょう。
そこで若旦那は、由良之助がお軽を身請けすると言って茶屋の奥へ去ったところに平右衛門が現れ…という場面なら二人でやれるだろう?と定吉に持ちかけるわけです。
歌舞伎の「七段目」を見たことがあれば、落語の「七段目」で繰り広げられる若旦那と定吉の“芝居ごっこ“をより楽しめるのではないかと思います。
元の平右衛門とお軽のやり取りはどんなものか、とともに、芝居遊びに夢中になった若旦那が刀を抜く理由もよくわかるでしょう。
9月の歌舞伎座で第三部をイチオシに選んだ理由は、その配役にもあります。
現在、由良之助を演じる役者として最適と言われる人間国宝の片岡仁左衛門と、女方を代表する中村雀右衛門がお軽を演じます。仁左衛門の由良之助は、茶屋遊びをしている間は色気があって、祇園でもさぞモテたんだろうなという男ぶり。しかし、芝居の後半になると四十七士のリーダーとしてのスケールの大きさを見せてくれます。
雀右衛門は、可愛らしい、健気な女性も得意としていますから、お軽にぴったりだと思います。
ちなみに、落語の「百年目」で、酔って気の大きくなった番頭さんが、向島の土手で連れの芸者や幇間たちと目隠し鬼をする場面を初めて聞いた時、「あ、七段目だ!」と私は思いました。
なお、第三部、もう一つの演目である「藤戸」は、昨年亡くなった二代目中村吉右衛門が松貫四という筆名で能の「藤戸」を舞踊劇として構成した演目です。源平の戦いで我が子を失った母の悲しみを描き、命の尊さを訴える舞踊劇。
吉右衛門の義理の息子・尾上菊之助、孫の尾上丑之助をはじめ、縁の深い役者による上演は、吉右衛門追善にふさわしい一幕になるでしょう。
ちなみに。浪曲にも能の「藤戸」を下敷きにした「恩讐藤戸渡り」があるというのを、「東京人 2022年9月号」の玉川奈々福・神田伯山・木ノ下裕一の座談会「芸人を育て、文化をつなぐ『城』」を読んで知りました。