知らなかったでは済まされない!無償ストックオプション発行時にスタートアップがミスしやすいポイント(2)~行使条件編~
はじめに
この記事は「無償ストックオプション発行時にスタートアップがミスしやすいポイント」シリーズの2作目の記事です。1作目を読まれていない場合は、下記よりご確認ください。
2作目となる今回は、無償SO設計における行使条件について解説します。
略称一覧
ストックオプション:SO
無償税制適格ストックオプション:適格SO
無償税制非適格ストックオプション:非適格SO
無償ストックオプション(適格SOと非適格SOの総称):無償SO
有償ストックオプション(いわゆる時価発行新株予約権):有償SO
ベンチャーキャピタル:VC
租税特別措置法:租特法
要項と割当契約書について(基礎知識)
無償SOの発行実務では、通常、新株予約権の発行要項あるいは発行要領(以下、「要項」と言います)と新株予約権の割当契約書(以下、「割当契約書」と言います)という2種類のドキュメントを作成します。今回紹介する行使条件は、この2種類のドキュメントのうち要項に記載される事項となりますが、基礎知識として要項と割当契約書契約書の主な役割について解説します。
要項
会社法第236条に規定されている「新株予約権の内容」を定義するドキュメントです。「新株予約権の内容」は、会社法に基づき決議される会社の事項であり、誰に対しても同じ内容となります。すなわち、誰に無償SOを付与しようと、要項で定める「新株予約権の内容」は共通で、無償SOの付与を受けていない人(例えばM&Aにおける買い手など)にとっても「新株予約権の内容」は同様となります。また加えて要項は、新株予約権の登記申請において必要となる「登記すべき事項」の内容のほぼ全てを記載するドキュメントでもあります。
登記の観点で見ると、要項の記載事項は、「登記すべき事項」と連動する項目と、「登記すべき事項」にならない(登記されない)ものの、会社法上の新株予約権の内容として記載する項目に分かれています。したがって、要項記載事項の全てが登記されるわけでは無いことまで知っておくと、登記簿が読みやすくなります。
(*1)登記簿における発行年月日とは、発行決議日でなく割当日を指します。割当日は、「新株予約権の内容」ではなく「新株予約権の募集事項」で定める事項であり、株主総会決議によって取締役会に委任も可能です。したがって、もし発行決議日と割当日が異なるケース(例えば申込割り当て方式を採用した場合、必ず1日以上ズレが出る)では、「発行年月日」は要項に連動するのではなく募集事項の決定の議事録(株主総会議事録または取締役会議事録)に記載される割当日と連動します。
(*2)登記すべき新株予約権の数は、総数引受方式による発行であれば、要項記載の数と同じとなります。一方で、申込割当方式による発行を採用し、もし申込があった数が予定より少なかった(辞退者が出たなど)場合は、申込があった数の合計となります。
(*3)会社法の条文を読む限り、新株予約権の行使の条件は「新株予約権の内容」として明記されいません。しかし、新株予約権の行使条件は、新株予約権の内容に含まれるものとして解されています(行使条件に反する新株予約権の行使による株式の発行の効力を争った平成24年4月24日付最高裁判例参照)。
割当契約書
要項で定義した「新株予約権の内容」に基づき発行される無償SOの付与にあたって、会社と付与対象者の間で個別に締結する契約が割当契約書(+別紙としての添付要項)です。
無償SOの付与にあたっては、募集事項に基づき発行されるSOに対して、「いつ」「誰が」「何個」の無償SOを引き受けるかを少なくとも決める必要があり、その情報を記載する書類が「割当契約書」です(*4)。逆に言えば、そのような情報さえ記載されている限り、その他の事項に何を記載しようと(法令の範囲内であれば)各社の裁量となります。すなわち割当契約書は、要項と違って項目レベルからフリーフォーマットの契約書ですので、柔軟な設計ができる反面、登記対象外かつ開示対象外につき、他社事例を確認することができないミスしやすい書類とも言えます。また、無償SOを適格SOとして取り扱うにあたって必要となる税制適格要件を記載する書類でもあります(詳細については次回以降で解説予定)。なお行使条件については、要項に記載するのが一般的ですが、要項と割当契約書を組み合わせて設計することも実務上は可能です。
(*4)登記実務上、「割当契約書」を利用して「募集新株予約権の総数引受契約を証する書面」もしくは「募集新株予約権の引受の申込を証する書面」としますが、専門的な話につき省略します。興味のある方は、弁護士、司法書士にご確認ください。
それは早速、SO発行における行使条件について解説します。
SOの行使条件とは?
無償SOに限らず新株予約権の発行では、その行使条件を設定可能です。設定される条件は各社により異なりますが、よく見られる条件としては、下記などが存在します。
一方で、全てのスタートアップにとってオススメの行使条件は当然に存在しません。無償SOを初めて発行するスタートアップの多くは、弁護士から提供される雛形を利用するものと思いますが、行使条件の検討が不十分なまま設計すると、新株予約権者に対して本来意図しなかった制限を加えてしまいます。雛形、あるいは他社事例を鵜呑みにせず、自社に合った行使条件を入念に設計する必要があります。
ところで、SOの行使条件は、有償無償を問わず新規上場申請のための有価証券報告書(Iの部)における必須記載事項ですので、Iの部の【ストックオプション制度の内容】を確認することで誰でも開示対象期間に発行されたSOの行使条件を調べることができます。というわけで今回は、実際に2022年上期にマザーズ市場/グロース市場にIPOした会社のIの部より行使条件の事例をピックアップすることで、その条件の設計背景や留意点を深掘りしてみたいと思います。
条件①行使時の在籍を必須とする
日本では、税制適格要件の制約から、適格SOの付与時において会社の取締役、執行役または従業員である必要があります。では適格SOとして扱うために行使時にも在籍要件が設けられているかというと、実は税制適格の要件において、行使時に会社に在籍している必要はありません(たまに誤解されているケースが見られます)。
すなわち租特法では、会社が認める限り、適格SOを付与された翌日に退職しても適格SOを保有し続けることが可能です。あるいは、一度他の会社に転職して出戻りしたメンバーのSO行使を認めることも設計上は可能です(退職時にSOを消却していなければ)。そうなりますと、(モラルの観点を無視すると、)適格SOを付与される立場からすれば、適格SOを貰えるスタートアップからスタートアップへどんどん転職したほうが、1社で働き続けるよりも金銭的インセンティブが発生します。
一方、スタートアップがSOを発行する理由の多くは既存の役職員に対するインセンティブですので、付与後すぐに転職されては、付与する意味がないどころか資本政策上もマイナスでしかありません。従って多くのSOでは、一定期間働いた人に対するインセンティブとして機能させる目的から、行使時の在籍要件が設定されているものと考えられます(雛形や過去事例をベースに盲目的に設定されている可能性もあります)。
記載例としては下記などがよく見られます。行使時の在籍要件は、8割以上のIPO企業で採用されている行使条件です。
将来的なグループ経営や委員会設置会社への移行を想定し、上記例のように子会社や執行役といったケースまで記載すると使い勝手がよい条件となります。また、権利行使期間の前に定年退職を迎えてしまう方がいるケース、役員任期満了で退任するケース、幹部社員が病気や事故等で退職せざるを得なくなるケースなど、現実では何か起こるかわかりませんので、そういった場合を想定し「顧問」「社外協力者」「取締役会が認めた場合はこの限りではない。」などを入れておくと機動力が上がります。
条件②ベスティング
ところで、無償SOにおいて「一定期間働く人に対するインセンティブにしたい」という目的を満たす手段は、「行使時の在籍要件」しかないのでしょうか?実は別の手段として、「ベスティング」があります。
SOにおけるベスティングとは、行使期間に到達したSOであってもすぐに100%行使することを認めず、段階的に行使可能とする設計のことです。ベスティングには、期間型ベスティングと業績型ベスティングの2種類があり、無償SOを発行した新規上場スタートアップの1~3割程度で採用されています(メジャーと言えるほどではありません)。
期間型べスティング
期間型ベスティングとは、付与日以降、あるいは上場日などの特定の条件を満たす日以降から、一定期間毎に行使可能なSOの割合が増えていくという条件です。「一定期間働く人に対するインセンティブにしたい」という目的を満たす手段としての期間型べスティングであれば、付与日からのべスティングで問題ありませんが、「IPOをきっかけに退職するのを防止したい」などの目的も満たす手段として設定される場合は、IPOを起点として2年~4年程度で全てのSOを行使可能とする設計となります。2022年上期のIPO企業では、2月25日上場の㈱マーキュリーリアルテックイノベーター、4月4日上場のセカンドサイトアナリティカ㈱、4月27日上場のモイ㈱、4月28日上場のクリアル㈱、6月23日上場の㈱坪田ラボ、6月27日上場の㈱サンウェルズ、6月28日上場の㈱M&A総合研究所などで採用されており、会社によってべスティング条件が異なることが分かります。
IPO起点の期間型べスティングを設計する際は、行使期間に留意する必要があります。通常の適格SOでは、行使期間の最終日は付与決議日の10年後となりますので、仮にIPO当日から1年毎に25%行使可能な期間型べスティングを付与した場合かつIPOのスケジュールが当初の想定より遅れて付与決議日の8年経過後に上場となった場合は、一部のSOが行使不可能になってしまいます。IPO準備の世界では、下記画像のような「永遠のN-2」と呼ばれるN-2期からなかなか前に進めないなどの悪夢も実際に存在しており、シードから上場まで5年以上かかることの方がむしろ一般的と考えてべスティングを設計する必要があります。
上記を考慮すると、IPOを起点とする期間型べスティングは、IPOが相当先になるシード/アーリーフェーズのスタートアップで推奨されるものでなく、あくまでIPO予定時期が見えているN-3期、あるいは監査法人と契約済みであるN-2期以降でのみ採用するのが良いと考えます(実際に、上記で紹介した2社もN-2期以降のSOで採用しています)。仮にN-3期にIPO起点4年べスティングのSOを発行した場合は、下記の画像のような行使が可能となります。
もしくは、2022年6月27日上場の株式会社サンウェルズのように、万が一行使期限ギリギリでの上場となった場合IPO起点べスティングを無視して行使できるよう設計する方法も考えられます。
業績型べスティング
なお上記では期間型べスティングの事例を紹介しましたが、ごく稀に、業績型べスティングを採用するケースもあります。業績型べスティングとは、目標とする業績を達成する毎に付与済のSOが行使可能とする設計です。業績のいかんによらず「待っていれば行使可能」とも言える期間型べスティングと異なり、業績型べスティングでは業績が未達になった瞬間にSOが消えてしまいますので、より役職員のコミットが必要なタイプのSOとなります。ただし、業績は役職員のコミットだけなく市況にも大きく影響されますので、外部環境に大きな変化があった場合のリスクを承知の上で設計する必要があります。昨年のIPO事例となりますが、2021年6月30日上場の株式会社プラスアルファ・コンサルティングが5%刻みの業績型べスティングを採用し、そして本記事公開日現在において、100%達成見込みとなっています(2021年9月期は達成済み、2022年9月期は業績予想ベースで達成見込)。
条件③株式公開後しか行使できない(M&Aでは行使不可能 or M&Aでも行使できる)
IPOを起点とする期間型べスティングを紹介しましたが、べスティングの無い、いわゆる「エグジット縛り」という行使条件も存在します。SOの行使期間に入った場合であっても、株式公開後またはM&A後しか当該SOを行使できない、というものです。こういったエグジット縛り要件は5~6割程度のIPO企業で採用されています。
SOを発行する会社は通常、資本政策としてIPOもしくはM&Aを想定していると思われます。もしIPOもM&Aも想定していない非公開会社であれば、譲渡制限株式を自由に売買することはできませんので、SOを行使できたところで役職員にとっては費用がかかるばかりで、金銭的メリットはありません(セカンダリー市場は存在しないと仮定します)。したがって、IPOもM&Aも想定していない会社の場合、そもそもSOを付与しても行使するインセンティブが殆どありません。結果として、IPOまたはM&Aが発生しない限りは行使不可という条件を設定する合理性が生まれます。
なお上記はSO全般に関する話ですが、SOが適格SOの場合には条件を「IPO縛り」に限定する合理性も生まれます。詳細は別記事にて解説としますが、適格SOでは、発行したSOを適格SOとして行使するために、租特法の定めに従って、行使後の株式の保管委託に関する契約を証券会社等と締結する必要があります。一般的な非公開会社は、IPO準備に入っていない限り証券会社等と契約することはまずありません(*5)ので、結果的に、IPO準備企業しか適格SOの行使はできないものとなっています。ただし、後述する事例のように、適格SOとして発行した無償SOを、M&Aをトリガーとして、非適格SOに切り替えて行使可能とする設計も存在します。
(*5)最近は、非公開会社向けに、適格SO行使にあたって必要となる保管委託を請け負う事業者も存在します。
そうなりますと、行使条件の設計の選択肢としては、「IPOしたら行使できる」「M&Aが発生したら行使できる」「IPOでもM&Aでも、いわゆるエグジットが発生したら行使できる」という3パターンの設計が妥当な選択肢として考えられます。ただし実務上は、IPOしたスタートアップという性質から、「IPOしたら行使できる」もしくは「IPOでもM&Aでも、いわゆるエグジットが発生したら行使できる」の2パターンが多く見られます。下記に主な事例を掲載します。
なお経営メンバーが「M&Aによるエグジットの可能性は、我が社ではゼロである」と考えた場合、M&Aを想定した条項は必要ないという判断になりますので、実務上必ずしもM&Aに関する行使条件を記載する必要があるとは言い切れません。逆に、M&Aの可能性を従業員に示唆すること自体がネガティブに捉えられるカルチャーの会社では、こういった条項の取り扱いに気をつける必要があるとも考えられます。
条件④税制適格要件
SOの行使条件に、ごく稀に、税制適格要件の一部を記載するケースが見られます。ただ観測する限り殆どの新規上場スタートアップでは、SOの行使条件に税制適格要件を満たすための条件は記載されていません(≒割当契約書側に記載していると思われます)ので、税制適格要件の記載方法については次回以降の記事で取り扱うこととします。
というわけで本記事では、無償SO発行時における行使条件について解説しました。雛形や他社事例を鵜呑みにせず、自社に合った行使条件を入念に設計しましょう。次回のnoteでは、税制適格要件について解説します。