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知らなかったでは済まされない!無償ストックオプション発行時にスタートアップがミスしやすいポイント(1)~会社法編~

はじめに

スタートアップの現場では、役職員向けのインセンティブ報酬の1つとしてストックオプションがしばしば用いられています。ストックオプションは、適切な方法とタイミングで活用できればスタートアップにとって非常に有用な武器となりますが、法制度に基づく制約事項や、日本におけるスタートアップとベンチャーキャピタルの間の投資契約及び株主間契約の商習慣を把握しないまま安易に発行すると、本来得られたはずの経済的価値を得られないばかりか、場合によっては想定外の金銭的負担が発生することや、優秀な人材の流出に繋がることもあります。

本記事ではそのような事情を踏まえ、実務家の観点で、スタートアップのCEOやCFO、法務担当者、あるいはストックオプション発行に携わる支援家向けに、ストックオプションを発行する際にミスしやすいポイントや留意事項を紹介します。なお今回はあくまで無償SOの話に限定し、様々なSO(正確には、持株会や譲渡予約権等まで含めたあらゆる株式報酬)のスキームの中から、どのような要素を比較して無償SO、中でも適格SOを選ぶのかという点については割愛します(機会があればまた別の記事にでも)。

第1回目では、会社法関連でミスしやすい事項を取り上げます。

免責事項
本記事の内容は、2022年7月時点の国内各種法令および国内スタートアップの商習慣に基づき記載しておりますが、その正確性および最新性について何ら保証するものではありません。また本記事はあくまで、無償SO発行においてミスしやすい点を紹介する記事に過ぎず、個別具体的なアドバイスを行うものではありませんので、実際のストックオプション発行や権利行使価額の設計、登記等にあたっては必ずストックオプションの取り扱いに慣れた弁護士、税理士、司法書士、その他専門家等にご相談ください。本記事により損害が発生しても、損害の責任は負いかねますのでご了承ください。

前提知識について
本記事では、日本のストックオプション制度における基礎知識の説明は行いません。本記事は、基礎知識をある程度勉強された方向けの実践的コンテンツとなります。下記の理解度チェック用の質問に対して、7問中5問以上に回答できない場合は、本記事ではなく基礎知識の勉強から始めることを強く推奨します。
①ストックオプションとは?
②税制適格ストックオプションと税制非適格ストックオプションの違いは?
③無償ストックオプションと有償ストックオプションの違いとは?
④ストックオプションの行使とは?
⑤ストックオプションの権利行使価額とは?
⑥ストックオプションの権利行使時の時価とは?
⑦ストックオプションの権利行使期間とは?

略称一覧

ストックオプション:SO
無償税制適格ストックオプション:適格SO
無償税制非適格ストックオプション:非適格SO
無償ストックオプション(適格SOと非適格SOの総称):無償SO
有償ストックオプション(いわゆる時価発行新株予約権):有償SO
ベンチャーキャピタル:VC
租税特別措置法:租特法

SOと会社法の関係について

無償SOは、会社法上の新株予約権に該当しますので、その発行には会社法の制約が存在します。これは、発行しようとする無償SOが適格SOであろうと非適格SOであろうと変わりません。もし会社法に違反した状態で新株予約権を発行すると、最悪の場合、その新株予約権の発行決議の効力が無いものと判断される可能性もありますので、会社法における新株予約権の発行手続については入念な確認が必要です。なお税制適格ストックオプションは、あくまで租税特別措置法上に基づく概念であり、会社法上の概念ではありませんので、適格SOでも非適格SOでも会社法上の制約(根拠条項)は無償SOであれば基本的に変わりません。

それでは早速、無償SO発行時に会社法関係でミスしやすい事項を紹介します。

1. 株主総会招集通知を発送期限までに発送していない(SO以前の問題)

無償SO発行は、上場企業であれば内容によっては取締役会で発行可能ですが、非公開会社では何があろうと株主総会の特別決議、すなわち2/3の賛成が無ければ発行できません。スタートアップの場合、無償かどうかを問わず、SO発行自体が株主間契約における事前承認または事前協議事項に規定されていることが殆どかと思いますので、特別決議の賛成票が不足することはまず無いものと思いますが、それゆえに見落としがちな論点が株主総会の招集手続きです。

書面あるいは電磁的方法での議決権行使制度を採用していない非公開会社(殆どのスタートアップはコレに該当するはず)の株主総会招集通知は、取締役会非設置会社が定款で別途定めている場合を除き、株主総会開催日の1週間前までに送付する必要があります(会社法第299条第1項)。この「1週間前までに」というのが紛らわしく、一般的な感覚では株主総会開催日の前週の同じ曜日と勘違いしそうですが、ここで言う「1週間前までに」は招集通知の発送日と株主総会開催日の間に7日存在する(中7日)という意味です。すなわち招集通知の発送期限は、株主総会開催日の前週の同じ曜日の前日です。というわけで、一般的な用語で言うならば、招集通知は開催日の8日前までに送る必要があります。なお、招集通知は将来の上場審査で必ず提出することになりますので、創業初期からこういった話には敏感になっておくことをオススメします。

ちなみに、株主が少なく、株主全員から「招集手続の省略に関する同意書」を確実に回収する方法を採用できる場合は上記を考慮する必要はありません(会社法第300条)。ただしレスが遅そうな株主が一人でもいる場合、招集通知を送付する本来の形式の方がはるかに安心です。「招集手続の省略に関する同意書」は一人でも書類が帰ってこなければアウトですが、招集通知は期限までに送付さえすれば、委任状が返送されてこなくても単なる欠席であり、会社法上の決議に支障はありません。比較的機動力の高いVCであっても委任状の返送には意外と時間がかかるものですので、スタートアップにおける株主総会運営では、委任状が総会開催日までに戻ってこない現象がごく当たり前に起きると想定しておく必要があります。
※弁護士や司法書士に株主総会議事録の作成を依頼する場合は、上記のような、帰ってこなかった委任状の存在に言及する必要があります。

2. 電磁的方法による招集通知の送付に関する承諾を取っていないのに、招集通知を書面で送っていない(SO以前の問題)

スタートアップでは、株主に対する招集通知をメール、Messenger、slack、Facebookの株主グループなどで送付しているケースが多いものと思われますが、書面以外で招集通知を送付する場合は、事前に電磁的方法で通知することの承諾を取得する必要があります(会社法第299条第3項)。第三者割当増資により株主が増え、株主間契約を締結する際に、セットでこの承諾書を回収していれば問題ありませんが、承諾書の回収を忘れていた場合、招集通知は書面で送付しなければなりません。これもありがちなミスです。「株主が増えたら承諾を取る」を鉄則にしましょう。

3. 種類株式(優先株式)発行済スタートアップが新たにSOを発行する際に、会社法上必須である「普通株主による種類株主総会」の決議が漏れている

シリーズAでA種優先株式を発行した場合、そのスタートアップには「A種優先株式」いう種類株式と、「普通株式」という種類株式が存在しています。このような種類株式発行会社では、あまり聞き慣れないかもしれませんが、いわゆる全体の「株主総会」とは別に「普通株主による種類株主総会」と「A種優先株主による種類株主総会」という「種類株主総会」が存在します。もしB種優先株式を発行した場合は、上記の2つに加えて、「B種優先株主による種類株主総会」まで誕生します。

先述した通りSOは会社法上の新株予約権に該当するので、発行にあたっては会社法の制約があります。SO(厳密には、譲渡制限付き普通株式を目的とする新株予約権)の発行では、「全体の株主総会」の決議に加えて、「普通株主による種類株主総会」の決議もとらなければなりません(会社法第238条第4項)。つまり、(通常であれば)同じ日に、「株主総会」と「普通株主による種類株主総会」を開催し、2種類の総会でSO発行決議を取る必要があります。
※「普通株主による種類株主総会」は、「普通株主を構成員とする種類株主総会」や、「普通種類株主総会」という呼び方をするケースもあります。Googe検索結果では、普通株主による種類株主総会>普通株主を構成員とする種類株主総会>普通種類株主総会の順で検索結果が多く表示されます。

もしこの「普通株主による種類株主総会」のSO発行決議が漏れていた場合にどうなるかというと、なんと、SO発行の効力が生じない(なかったことになる)可能性があります。つまり、「株主総会」で決議して発行したつもりでも、「普通株主による種類株主総会」での発行決議が無ければ、実際はそのSOは存在しなかった、ということになります(恐ろしい)。もし万が一、数年後、それも上場審査期間中にこれが発覚した場合に何が起きるのか・・・。ご想像にお任せします。

ちなみに、そもそも本来上記のようなケースでは、登記申請添付書類として種類株主総会議事録が必要(商業登記法第46条第2項)なので、それが添付されていない登記申請が通らないタイミングでミスに気付くのでは・・と思ったりもしますが、現実として上場準備の過程で過去のSO発行の種類株主総会決議が漏れていたことに気付いたという話はちらほら耳にしますので、登記自体はできてしまうものと思っています(このあたり、あまり詳しくないため、なぜ登記できるのかご存知の方がいらっしゃればぜひ教えていただけると幸いです。)

なお一部のスタートアップでは、上記のような種類株主総会の決議漏れという致命的事故を防ぐために、種類株式を発行するタイミングで、定款に会社法第238条第4項に関する文言を入れるケースがあります。

(種類株主総会)
~~、会社法第●●●条第●項、第 ●●●条第●項及び第238条第4項の規定による(普通株主を構成員とする)種類株主総会の決議を要しない。

定款記載例の抜粋

会社法第238条第4項の規定というのは、下記の太字箇所を指しています。

種類株式発行会社において、募集新株予約権の目的である株式の種類の全部又は一部が譲渡制限株式であるときは、当該募集新株予約権に関する募集事項の決定は、当該種類の株式を目的とする募集新株予約権を引き受ける者の募集について当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議を要しない旨の定款の定めがある場合を除き、当該種類株主総会の決議がなければ、その効力を生じない。ただし、当該種類株主総会において議決権を行使することができる種類株主が存しない場合は、この限りでない。

会社法第238条第4項

つまり、定款のどこかに「第238条第4項の規定による種類株主総会の決議を要しない。」という文言があれば、普通株主による種類株主総会を忘れていても開催しなくても、SOを全体の株主総会だけで発行できるようになります。会社法では、SOに限らず種類株主総会の決議を不要にできる定めが他にも複数ありますので、スタートアップの実務担当者は本件について弁護士に確認の上、種類株式発行のタイミングでこのような文章を定款に追加することを強く推奨します。

なおVCが反対するのでは?という意見も考えられますが、一般的な投資契約において役職員向けストックオプションの発行は、事前承認事項もしくは事前協議事項、すなわち会社法の外で対応がなされる事項のため、そちらでカバーされている場合にわざわざ種類株主総会の開催の必要性を残すのはナンセンスかと思います。

4. 株主総会議事録における新株予約権の募集事項と新株予約権発行要項の記載内容にズレ(転記ミス)がある

無償SOを発行する際は、株主総会で新株予約権の発行決議を行う必要があります。具体的な手続きとしては、会社法第238条に規定される新株予約権の募集事項を決定します(募集事項の決定を取締役会に委任することも可能ですが、募集事項の決定の委任については長くなるため割愛)。

無償SO発行の場合、新株予約権の募集事項としては、下記の募集事項を決定する(=決議する)必要があります。

  • 募集新株予約権の内容及び数

  • 募集新株予約権と引換えに金銭の払込みを要しないこと

  • 募集新株予約権を割り当てる日(いわゆる割当日)

「募集新株予約権の内容」というのは、いわゆる新株予約権の発行要項あるいは発行要領(以下、「要項」と言います)で定める事項(正確には会社法第236条に規定する事項)のことですが、実務上、株主総会議事録の作成方法として、この「募集新株予約権の内容」を別紙としての要項添付で決議する方法と、要項を添付せずに、要項の内容を議案に転記して作成する方法の2パターンがあります。

前者であれば通常ミスは起きにくいのですが、株主総会の直前(あるいは招集通知発送日の直前)になって、要項に定める行使期間や行使要件、権利行使価額に変更が入るケースがあります。特に権利行使価額については、株価算定がギリギリになることも多く、直前までは●●円となっているケースも多いと思われます。そうなると、要項側は直したのに、招集通知および議事録に転記した内容は直していなかった!という凡ミスが発生する可能性があります。

会社法上有効となるのは、あくまで株主総会で決定された募集事項ですので、別紙としての要項添付形式をとらない場合は、転記ミスに最大限の注意を払うようにしましょう(こういった転記ミスは慣れていないと気付きにくく、繰り返しとなりますが、SO発行ではリーガルチェックを外部に依頼することを強く推奨します)。

5. 無償SOの有利発行決議が漏れている

無償SOの発行においては、「金銭の払込みを要しないこととすることが当該者に特に有利な条件であるとき」に、株主総会において取締役が、その条件で「募集新株予約権を引き受ける者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない」という制約があります。(会社法238条第3項)。無償SOを発行する場合、弁護士により見解は異なると思いますが、少なくともスタートアップ(非公開会社)においては、会社法上の有利発行決議をとっておくのが望ましいと思われます。

会社法上の有利発行決議の要否については、割当対象者が発行会社の従業員だけであり、株価算定書に基づく公正な権利行使価額が設定されている等の条件が揃っていれば。有利発行決議は不要と考えられる場合もあります。しかし、仮に1回目のSO発行が弁護士確認の上、有利発行に該当しないものと判断できたしても、2回目以降のSO発行の内容と割当対象者によっては、有利発行と判断しうるケースもありえます。各回のSOが有利発行かどうかの判断を何度も何度もSO毎に検討するのはスタートアップにとって負担が大きく、またスタートアップの社内手続きとしても「前回と同じドキュメント一式で発行すればOKのはず」と2回目以降のリーガルチェックを省略しがちですので、仮に1回目のSO発行では有利発行決議が不要であったとしても、最初から保守的に有利発行決議を取るのが無難ではないかと思います。

6. 役員報酬決議が漏れている

有利発行と同様に見落としがちな論点が、無償SO発行決議とセットで必要な役員報酬に関する株主総会決議です。無償SOをスタートアップの取締役あるいは監査役に付与する場合は、発行決議とは別に、役員報酬の決議を取る必要があります。株主総会でどのように無償SOの報酬決議を取ればよいか?というのは弁護士に相談すべきテクニカルな論点ですので、こちらも弁護士に相談することを強く推奨します。

7. 取締役へ付与する場合において、特別利害関係者かどうかを検討していない

会社法には、取締役会決議を行う場合において、「特別の利害関係を有する取締役は、議決に加わることができない。」という記載があります(第369条第3項)。詳細は割愛しますが、ざっくり言えば、過半数の賛成が必要な取締役会決議において、もし特別の利害関係を有する取締役が存在すると、いわゆる「出来レース」が成立しますので、特別の利害関係を有する取締役はその議決から排除しなければならないというものです。

無償SOの発行は、通常は株主総会決議で行うと先ほど記載しましたが、取締役会に募集事項の決定を委任することも可能です。そのような場合、無償SOを付与する相手先が従業員だけであれば問題ありませんが、もし取締役にも付与する場合、その取締役は取締役会における無償SO発行決議において特別の利害関係を有するのか?という論点が発生します。

無償SOの付与を受ける取締役が特別の利害関係を有するかどうかの判断は、実務的には、そのSO発行の担当弁護士の見解次第です。もし特別の利害関係を有すると考える場合は、通常の決議方法を採用できず、少し変わった決議方法を採用する必要があります。特別の利害関係を有する取締役がいる取締役会決議を実施した経験がない場合は、取締役会議事録の記載方法はおろか、具体的な決議方法もイメージできないと思われますので、やはりこの点についても弁護士に相談することを強く推奨します。


というわけで、無償SOを発行する際にミスしやすいポイントを会社法の観点から7個紹介しました。次回のnoteでは、無償SO発行における発行要項と割当契約のデザイン、税制適格要件の契約設計においてミスしがちなポイントについて解説します。


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