知らなかったでは済まされない!無償ストックオプション発行時にスタートアップがミスしやすいポイント(3)~税制適格要件編~
はじめに
この記事は「無償ストックオプション発行時にスタートアップがミスしやすいポイント」シリーズの3作目の記事です。1作目,2作目を読まれていない場合は、下記よりご確認ください。
1作目(会社法編)
2作目(行使条件編)
3作目となる今回は、SOの中でも広く国内スタートアップで利用されている税制適格ストックオプションについて解説します。
略称一覧
ストックオプション:SO
無償税制適格ストックオプション:適格SO
無償税制非適格ストックオプション:非適格SO
無償ストックオプション(適格SOと非適格SOの総称):無償SO
有償ストックオプション(いわゆる時価発行新株予約権):有償SO
ベンチャーキャピタル:VC
租税特別措置法:租特法
租税特別措置法施行令:同施行令
税制適格ストックオプションの要件について(基礎知識)
国内スタートアップの資本政策の現場では、税制適格ストックオプション(以降、適格SO)が頻繁に利用されています。発行したストックオプションが税制適格となるためには、租税特別措置法及び同施行令の定める全ての要件を、適切なタイミングで、適切なやり方で満たす必要があります。今回の記事では、適格SOの税制適格要件をうっかり満たしていなかった、という事故が起きないためのポイントを紹介しますが、その前にまずは、基礎知識としての租税特別措置法及び同施行令に定める税制適格要件を読み解いていきます。
税制適格ストックオプションと租税特別措置法の関係
1作目「会社法編」に記載したとおり、SOは会社法上の新株予約権に該当します。一方で、適格SOは会社法に記載されているものではありません。適格SOとは、会社法の手続きに則って発行されたSOのうち、租税特別措置法 第29条の2(特定の取締役等が受ける新株予約権の行使による株式の取得に係る経済的利益の非課税等)及び同施行令第19条の3に記載の要件を全て満たすことで、当該「新株予約権の行使による株式の取得に係る経済的利益」が、「非課税等」となっているSOの総称です。
租税特別措置法 第29条の2の概要
それではさっそく、租措法が定める適格SOの要件を読み解いていきます。なお本記事はあくまで実務家の観点での解説につき、読みやすさを優先して特に重要な箇所以外を省略(「相続人」「社外高度人材」は全て省略しています)するとともに、適宜改行を入れています。
※原文まではさすがに・・・という方は、このセクションは読み飛ばしても問題ありません。また本記事は法令解説を意図するものではないため、同施行令第19条の3についての解説は行いません。
法令の原文ということで、非常に読みにくいですが、ゆっくり時間をかけて読み解き、ざーーーーーーーーーーっくり要約・意訳すると、概ね以下のように記載されていることが分かります。
続いて、「特定新株予約権」になるために必要な①~⑥の要件を読み解いていきます。この①~⑥の要件は、SOの付与時に契約にて定める条件とされていることから、実務上は、SOの割当契約書において税制適格に関する条項を定めることが多いと思われます。
長くなりましたが、上記6要件についても、ざーーーーーーーーーーっくり要約・意訳すると、概ね以下のように記載されていることが分かります。
というわけで、新株予約権を、特定新株予約権にするのに必要な付与時の6要件が分かりました。
なお租特法では、「付与時」の6要件に加えて、「行使時」も特定の要件を満たさなければならないとしていますので、参考までに行使時の要件も下記に記載します。通常これらの要件は、株式名簿管理人である信託銀行から提供される「新株予約権行使請求書(税制適格ストックオプション用)」の雛形に含まれていますので、雛形通り行使手続きをする限りにおいては、うっかり違反してしまうことはまず無いものと思われます。
※長くなってきましたので、原文を省略し、意訳のみ記載します。また、上記同様に社外高度人材に関するパートは省略します。
付与時に「取締役等」から除外されていた大口株主に関する要件です。雛形の行使請求書であれば、本誓約に関する文章があります。
同じ年に、異なる税制適格SO(会社を問わない)を行使していた場合、その有無を記載しなければならない、という決まりです。実務上は、年間1200万円までの計算上必要な手続きとなります。こちらも雛形の行使請求書であれば、記載欄があります。
当たり前ですが、書面を無くさないように、という決まりです。なお行使請求書は登記申請でも必要です。
というわけで、随分と前置きが長くなってしまいましたが、租税特別措置法における税制適格要件の概要を解説しました。それでは早速、税制適格ストックオプションの手続きにおいて、特にミスしやすいポイントを紹介していきます。
ミス①SOの付与対象者が「取締役、執行役若しくは使用人」になっていない
スタートアップがSOを発行する際に一般的に候補に挙がるのは、代表取締役、取締役、監査役、従業員、業務委託(外部協力者)、子会社代表取締役、子会社取締役、子会社従業員かと思われます。このうち、監査役と業務委託(外部協力者)を除く代表取締役、取締役、従業員、子会社代表取締役、子会社取締役、子会社従業員については適格SOの対象となる一方で、残念ながら監査役と業務委託(外部協力者)は適格SOの対象になりません。
※「社外高度人材」の要件を満たす場合は、上記の場合でも適格SOの対象になるケースがありますが、本記事では社外高度人材については取り扱いません(また別の機会に)。
もし監査役あるいは業務委託(外部協力者)に対して発行するSOを付与時に「税制適格SO」と伝えていた場合、仮に契約書が税制適格SOタイプのものを利用していても、行使のタイミングで「やっぱり非適格でした・・・」というコミュニケーションが必要となります。想定外の税負担を強いることにもなり、会社としても源泉徴収対応などが発生しますので、発行時の付与対象者の属性には入念な確認が必要です。
なお、あくまで本件は付与時の属性であり、従業員として付与された個人が監査役に就任したり、業務委託(外部協力者)に変わったり、あるいは退職した場合であれば、問題ありません。また「使用人」については、正社員に限らず、契約社員などの非正規雇用の方に適格SOを付与することも制度上は可能です(ただし就業規則やインセンティブ設計の方針等でNGとする会社も多くあります)。同様に、「取締役」は常勤の取締役に限りませんので、非常勤取締役や独立社外取締役に付与することも可能です。
ミス②株式比率1/3超の代表取締役に付与している
適格SOの対象となる「取締役等」には、発行済株式総数の1/3を超える数の株式を保有する人は含まれません。経営株主である代表取締役は、1/3はおろか50%以上の株を保有していることが一般的かと思われますので、多くの会社では代表取締役は適格SOの付与対象者となることができません。もし知らずに付与してしまった場合、仮に適格SOの契約書であったとしても非適格SOの扱いとなり、行使時に給与課税(キャッシュインなき課税)が発生しますので、取扱には注意が必要です。
ミス③SOの行使可能期間が、「付与決議の日後2年を経過した日から当該付与決議の日後10年を経過する日まで」になっていない
適格SOでは、会社と付与対象者で締結する契約において、必ず要件通りの行使期間を定める必要があります。租措法上は、もし行使期間が「付与決議の日後2年を経過した日から当該付与決議の日後10年を経過する日まで」の範囲から1日でも外にずれていた場合、特定新株予約権の要件を満たさないとされています。
なお、登記簿に記載される行使期間や、Iの部等の開示で記載される行使期間は、あくまでSOの要項にて定められた行使期間であり、割当契約書上の行使期間と異なる場合があります。従って、登記簿(=要項)上の行使期間が税制適格要件を満たしていない(例:付与決議の日の翌日~10年後)ように見えたとしても、割当契約書において行使可能期間を「付与決議の日後2年を経過した日から当該付与決議の日後10年を経過する日まで」と定めていた場合は、要件を満たすものと考えられます(国税局電話相談センター確認済み)。すなわち、登記簿だけでそのSOが実際に税制適格であったかどうかを100%正確に判断することはできません。
また、「付与決議の日」というのが、具体的に、株主総会における発行決議の日を指すのか、割当契約書の締結日を指すのか、あるいは、取締役会に募集事項の決定を委任した場合における取締役会の決議日を指すのか曖昧である、といった論点があります。この点については、もはやスタートアップ側が判断する領域をはるかに超えていますので、やはり専門家に相談すべきでしょう。
他社の登記簿や開示からSOの行使期間を参考にする場合は、見えない割当契約書の中身が自社のそれと全く異なるケースがあります。安易に他社事例を模倣せず、入念な設計と専門家への相談が必要です。
ミス④SOの権利行使価額の年間の合計を、1200万円以下に制限していない
一部のCXOや経営幹部向けのSOを除き、権利行使価額の年間の合計額が1200万円を超えることは滅多にないようにも思えます。しかし租措法上は、実態として権利行使価額の年間の合計額が1200万円を超えたかどうかではなく、契約において「新株予約権の行使に係る権利行使価額の年間の合計額が、1200万円を超えない」旨の記載が必要としていますので、契約書の記載には入念なチェックが必要です。
ミス⑤SOの権利行使価額が、会社の普通株式の株価よりも低くなっている
適格SOの発行において、最も重要かつ頻繁に発生する論点は、権利行使価額の設計です。適格SOとしての要件を満たすためには、権利行使価額について、SOの契約締結時点の株価と同額またはそれ以上に設定する必要があります。上場企業であれば、毎日終値が存在しますので株価は明らかですが、スタートアップの場合、何かしらの算定をしない限り、妥当な株価は原則として把握できません。
では、スタートアップにおける適格SO発行時の妥当な株価はどのように決まるのでしょうか。実務上は、直近に普通株式の「売買事例」がある場合はその株価を採用し、直近に普通株式の「売買事例」がない場合は、専門家に株価算定を依頼した上で、簿価純資産法やマルチプル法、DCF法など適切と考えられる手法で計算した株価を採用します。ただし簿価純資産法については、公正妥当な会計処理に基づく月次または年次決算がなされている場合は、専門家に依頼せずともBSから明らかですので、外部算定を依頼せずに発行直前月末の純資産をベースに計算する場合もあります。
一方で、VCがスタートアップに投資する際、特に赤字のシードやアーリーフェーズにおいて、簿価純資産法やDCF法を使って企業価値を算定することはまずありません。いわゆるVC法と呼ばれる、将来Exit時の企業価値と、投資してからExitするまでの経過年数をベースにした企業価値算定が行われます(もちろん各社によりロジックは異なりますので、この限りではありません)。そうなると当然、VC法による株価と、簿価純資産法もしくはDCF法等による株価には差が生まれ、評価額に100倍以上の差がつくという現象が発生することになりますが、このVC法ベースの株価は、「売買事例」に該当するのでしょうか?
さらには、このようなVCからの出資では優先株式が用いられることが多く、多くのスタートアップでは普通株式とA種優先株式といったように、複数の種類の株式が発行されているのが実情です。優先株式は、普通株式とは価値が異なるように思えますが、それでも「売買事例」に該当するのでしょうか?
また昨今の国内スタートアップでは、シードの資金調達を第三者割当増資による新株発行の形式ではなく、J-KISS型新株予約権という有償新株予約権スキームを用いて実施することが増えています。J-KISS型新株予約権による資金調達後に適格SOを発行する場合、J-KISS型新株予約権は「売買事例」に該当するのでしょうか?
米国のスタートアップシーンでは、種類株式発行会社が普通株式(Common Stock)のSOを発行する場合、過去に優先株式(Preferred Stock)を発行し、高い時価総額がついていたとしても、その優先株式ベースの株価をそのままSOの行使価額として採用する必要はなく、409A Valuationと呼ばれる普通株式のフェア・マーケット・バリュー(FMV)を算定する方法により決定される普通株式の株価を採用することが一般的です。すなわち、普通株式と種類株式は異なる価値のもの(二物二価)であるという整理がなされており、この409A Valuationで算定された普通株の株価は、優先株ベースの株価に対して、20%-40%程度の価値となることも珍しくありません。
一方で日本の現行税制では、種類株式の評価の考え方は存在するものの、スタートアップで頻繁に用いられるタイプの優先株式について、直接的に通達等はありません。2011年10月には経産省より下記の報告書が公開され、少なくともスタートアップの優先株式の発行が「売買事例」に該当しないことは明らかになりましたが、409A ValuationにおけるCommon Stockのように、普通株の計算方法が明確になったわけではありません。そのため、相談する専門家により普通株の株価に差が出る可能性があります。実務家の感覚としては、スタートアップのSOの行使価額算定の現状にはまだまだ課題が残っていると言わざるを得ません。
本記事では、どのタイミングで、どの手法で株価算定を行えば、日本のストックオプション税制における税制適格要件を満たすかという記載はできませんが、少なくともSOの権利行使価額の設計は、少なくとも一回以上は、実績のある信頼できる専門家に依頼することを強く推奨します。そして、SO発行のたびに毎回株価算定を取るべきか、もし取らない場合のリスクはどういったものがあるのかも、専門家に相談すべきと考えます。
なお、一般的なVCやCVCに、税制適格SOの権利行使価額の算定実務及び判断に長けている専門家は滅多にいません。仮にVCの担当者に「他の投資先はこのやり方でやっていたよ」と教えてもらった場合でも、個別具体的な各社の状況(たとえば直近ファイナンス実績・予定、事業計画、残キャッシュ等)によりその手法の採用是非は変わります。あくまで他社事例は参考情報とし、自社で専門家に確認するスタンスを常に忘れないようにしましょう。
補足:特定新株予約権の付与に関する調書について
新株予約権を適格SOとして発行した場合は、その付与日の属する年の翌年1月31日までに、管轄の税務署長に「特定新株予約権の付与に関する調書」を提出する必要があります(正確には調書合計表と調書の2種類)。
この調書の提出行為自体は、租税特別措置法及び同施行令を読む限り、また私が国税局電話相談センターに確認した限りでは、税制適格SOの要件には該当していないようですが、万が一調書の提出が漏れていた場合にどういった悪影響が発生するかは全く分かりません。
「調書の必要性を知らなかった」「発行時には知っていたがすっかり忘れていた」という話も聞きますので、税制適格SOの発行決議をする際は、発行と同時に翌年1月のカレンダーに調書提出の作業予定を入れるべきと考えます。もし忘れていた場合は、今すぐ提出しましょう。なお国税庁のページには、残念ながらこの調書のエクセルファイルは公開されておりません。対象者が多い場合、作成に1日以上かかる場合もありますので、余裕をもったスケジュールが必要です。
というわけで本記事では、無償SOが適格SOとして認められるために必要な具体的な要件とミスしやすいポイントについて解説しました。発行時にミスをした税制適格SOは、後から気付いても適格SOに戻すことはできませんので、入念な設計および専門家への相談を必ず行いましょう。
次回のストックオプションnote4作目では、金商法における勧誘規制とIPO準備実務について解説します。