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もしもピーター・パンと恋に落ちたら 『ライラ フレンチKISSをあなたと』


デヴィッド・スペードの魅力を紹介するコメディといえる

 『ライラ フレンチKISSをあなたと』(99)はデヴィッド・スペードとソフィー・マルソーのW主演作としてクレジットされており、日本でもマルソー主演作である点(のみ)が強調されているが、内容的には紛れもない「デヴィッド・スペードの映画」である。ラブストーリーではあるものの、決して甘ったるいムードは漂っておらず、この映画はむしろ、スペードのコメディアンとしての魅力を存分に紹介するコメディ映画だといえる。

 デヴィッド・スペードは1964年生まれのコメディアン。スタンダップコメディアンとしてキャリアを開始し、1988年に人気コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』(75〜)のキャストメンバーに起用される。芸能ニュースを伝えるコーナーで「すました顔で皮肉を言う」という芸風を確立し、コントではアンニュイなキャラクターを得意に演じた。『SNL』卒業後はNBCのシットコム『Just Shoot Me!』(97〜03)にレギュラー出演し、お茶の間の人気をさらに高めていく。『ライラ フレンチKISSをあなたと』が作られたのはその頃のことだ。


「愛を発見」するというシナリオはすっきりしていて

 この映画では、スペードならではの皮肉めいた「言葉の笑い」に加えて、「仕掛けギャグ」(計算されたシチュエーションの下で炸裂されるギャグ)もかなり多い。子どもが「特権」を使って気に入らない大人を性犯罪者扱いしたり、ライラ(マルソー)の愛犬が「人間用食品」のせいでトリップ状態になったり、その犬がテレビドラマの「忠犬が射殺されるワンシーン」を気にしてリピート再生したり──。いずれもほどよく知的で、『SNL』のコントとも通じるアメリカンコメディらしさを感じさせる。

 スペードの持ち味である細やかなコメディ演技(そもそも私は些細なコメディ演技の秀逸さがきっかけでスペードを好きになったのだった)や、ニール・ダイアモンドのモノマネ(?)歌唱シーンなども映画の見どころだろう。さらに、ジャックがハリウッドボウルで「想像」をめぐるメッセージを話すシーンは、本作では共同脚本を兼任しているスペードの「表現者」としての哲学までもが伝わってくる。

 フランス人の登場人物同士がなぜか英語で会話しているというツッコミどころが悪影響してか、この映画は興行的には失敗に終わった。しかし、「愛犬を見失ったライラ」と「親友から預かった指輪を紛失したディラン」がドタバタの末に「愛を発見」するというシナリオはすっきりしていて、シチュエーションコメディとしても優れている。本作は決して知名度の高くない作品だが、少なくとも「佳作」と呼ぶに値する一本ではある。


観進めていくうちに「決して欠かせない」存在だと分かった

 脇役キャストの好演も特筆に値するだろう。『SNL』の裏番組として放送されていたFOXのコント番組『マッドTV!』(95〜09)の初代レギュラー、アーティ・ラングが、ディラン(スペード)のストーカー的な部下・ウォーリー役を演じている(スペードの『SNL』在籍期間とラングの『マッドTV!』在籍期間は被っているから、本作では裏番組の元ライバル同士がバディとして共演を果たしていることになる)。当初、私はこのウォーリーというキャラクターは不要な人物ではないかと思っていたが、映画を観進めていくうちに「決して欠かせない」存在だと分かった。

 コメディ畑で活躍してきた大ベテラン女優4名(エステル・ハリス、マーラ・ギブス、ローズ・マリー、キャロル・クック)がディランと同じアパートで暮らすポーカー仲間として登場し、映画に奥深さをもたらしているのもありがたい。ミッチェル・ホイットフィールドやクリスチャン・クレメンソンといったバイプレイヤーも、本作を見応えのあるコメディ映画にするべく盛り上げてくれている。スペードより一世代上の『SNL』メンバーであるジョン・ロヴィッツが、ウォーリーの叔父の「犬の透視師」役で出てくるというオマケも、アメリカンコメディのファンとしては嬉しい。


この世界から自分自身を防御するための手立てだからだ

 前述の通り、スペードは皮肉なジョークを得意とするコメディアンだ。スペード本人に限らず、彼がコントやドラマで演じるあらゆるキャラクターも「ちょっと意地悪な皮肉屋」であり続けてきた。しかしその言動は観客を不快にするものではなく、逆に好感を抱かせるものである。それはスペード(と彼の演じるキャラクター)が外見的にも内面的にも「ひ弱」であり、彼にとっての皮肉や自虐は、あくまでもこの世界から自分自身を防御するための手立てだからだ。

 『ライラ フレンチKISSをあなたと』の劇中で、スペード演じるディランが友人の女性から「あなたは第一印象は最悪だったけど、付き合っていくうちに優しいひとだと分かった」と告げられる場面がある。まさにスペード(と彼が演じるキャラクター)が発する皮肉なジョークは、馴染めば馴染むほど彼の愛嬌として理解され、愉しめるようになっていくものだ。このような「芸風」で成功した人物は、スペード以外にはピーター・パンぐらいしかいないのではないだろうか。その意味で『ライラ フレンチKISSをあなたと』は、現実世界に「大人になったピーター・パン」が実在した場合のラブストーリーだと捉えてみていいのかもしれない。

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